看板猫と一杯いかが 新橋の路地裏、8匹の猫がいる小料理屋

閉店後、客のいなくなった店内で、我が物顔でカウンターに座るみんちょくん(2歳)。右奥がマスターの吏さん=てまり
閉店後、客のいなくなった店内で、我が物顔でカウンターに座るみんちょくん(2歳)。右奥がマスターの吏さん=てまり

 東京・新橋の烏森神社かいわい。飲み屋がひしめく路地に、猫8匹が出迎えてくれる小料理屋がある。

 (末尾にフォトギャラリーがあります)

  人も猫も自然と集まる店の魅力はなに?

  夜6時。家庭料理と書かれた提灯に明かりがともる。小料理屋「てまり」には、客が1人、また1人と、暖簾をくぐってやってきた。

 「いらっしゃいませ」

  出迎えるのは、割烹着姿の女将、山口高子さん(73)と、息子でマスターの吏(つかさ)さん(53)。白木のカウンターには五目卵焼き、鶏もも柚子胡椒焼き、揚げ茄子ポン酢和えやポテトサラダなど大皿料理が並び、奥に小上がりが続く。一見、普通の店だが……。

  ふと見れば、女将の足元に猫、お酒が置かれた棚に猫、さらに座敷にも。え、何匹いるの?

 「8匹ですよ!」と吏さんが笑う。「人見知りで隠れている子もいますが」

  キジ模様で尾が長いおにいちゃんと、尾の短いちまくん、その兄弟の黒ひげ模様ダンくん(3匹とも10歳)。白いソックスを履いたような黒猫こつぶちゃん、その兄弟のみんちょくん(共に2歳)、こつぶたちの父親ちみとくんと母親つぶつぶちゃん(ともに推定5歳)、そしてエビが好物の真っ黒猫えびちゃん(9歳)……。

  猫たちの名と関係性を教えてもらっていると、ガラガラと引き戸を開けてまたお客さんが来た。開いたすきに、なんと猫もご来店だ。

「今来たのは地域猫のまるちゃん。ふらっと遊びにくることがあるんです。うちの8匹の猫は表には出ませんけどね」と女将の高子さん。

猫のお客さんの、こつぶ=「てまり」
猫のお客さんの、こつぶ=「てまり」

 店を始めたのは30年ほど前。最初は一本向こうの路地に店を構えたが、15年前に今の場所に移転。その時、可愛がっていた地域猫の三毛が追うようについてきたのだという。

「ピーちゃんっていう三毛で、その子がすべてのはじまり。ピーがこの店で産んだ雌猫が3匹の雄(ちま、おにいちゃん、ダン)を産んで、そこから集まりだしたんです」

 もともと親子は動物好き。吏さんの子ども時代、父親の存命中から、家で犬やインコを飼っていた。

 今は猫一辺倒。吏さん親子にとって、猫は「切れない縁」で、招き猫でもある。

「最近は猫に会いにくるお客様も増えたし、見知らぬお客様同士、猫を介して話がはずむこともある。1人でいらして猫と遊ぶ方も」。吏さんがそういう傍らで、ぴょんと、ちまが空いた席に乗る。すると、「お、元気そうだな」と常連の男性客が頭を撫でた。その男性は、知人にこの店を教えてもらったという。自宅で猫を飼い、さらにボランティアで外の猫を世話する猫好きだ。

 かと思うと、「私は猫ちゃんが来ると(こわくて)固まっちゃう(笑い)。でも気にならない。お料理が好きで通うのよ」という女性客も。小上がりでは、女性の2人連れが、黒猫のえびちゃんや、こつぶの写真を撮っている。2匹とも撫でられておとなしくしている。こつぶは女性客の座布団の端に、ちょこんとお座りした。

  いつしか高子さんの腕には、ちまが抱かれている。

 

いつしか女将に甘えるちま=てまり
いつしか女将に甘えるちま=てまり

 「ちまはいい年なのに、甘えて。重い、重い。人間の生後5カ月くらいはあるわね(笑い)。でも人好きな猫も性格はいろいろで、こつぶやえびちゃんなんかは、抱かれるのはだめね」

  小上がりの隅には座卓があり、猫にフードをあげるための大皿が置かれている。その下には猫用システムトイレが二つ並ぶ。

 「ほらごはんにする? おいで」。高子さんが座敷に移ると、猫たちもお皿の周りに集まった。

  この10年間、いろいろなことがあったという。

  営業前に猫が急に具合が悪くなり、慌ててタクシーを呼んで目黒のほうの動物病院まで連れて行ったり、しばらく姿を見せなかった地域猫が、弱った体でハアハアと店にたどりついて、そのまますうっと息をひきとったり……。

 「昔はよく、猫は亡くなるときに姿を消すといったものだけど、うちを最期の地に選んだ子も何匹かいた。不思議ね」と高子さんがしみじみ。

  こんなこともあった。ある客が「店に猫がいていいのか」とクレームをつけて、保健所が店を見に来たのだ。でも高子さんは動じなかった。

 「一日3回、掃き掃除、拭き掃除をして出来る限りの清潔を心がけているんです。(保健所の)係の人に『問題ないでしょう』と言われました」

 

カウンターにあごを乗せるちま=てまり
カウンターにあごを乗せるちま=てまり

  コロコロ(粘着テープ)も店内にいくつも置いてあり、落ちた毛はすぐに取る。そうした配慮が、心地よい共生を作り上げている。猫を見せるための場ではない。猫のいる空間なのだ。

  ちなみに、店は夜中12時で閉まる。すべての客を見送ると高子さんが家に戻り、それから吏さんが朝7時ころまでかかって後片付けをする。その間に、隠れていた、つぶつぶや、ちみとが出てきて、床に寝そべったり、ばーっと脚をひろげてくつろいだりする。

 「夜中に思わず1人で笑うこともあります。このお店に猫がいる、いないでは大違いだと、あらためて思いますね。お客様ばかりでなく、僕自身も癒やされているわけで」

  冬場は、すべての皿を片付けたあと、カウンターに空き箱を並べる。そこに8匹が入って寝るそうだ。夏場は床や座敷や椅子など、それぞれ好きなところに寝る。

 「朝、僕が猫たちに見送られて家に帰り、昼に、母が出勤して猫たちに迎えられる。そうして、また新しい一日が始まるんです」

  いらっしゃい。

  優しい声と料理と猫が、今宵も烏森で誰かを待っている。

 (藤村かおり)

 

■「てまり」
東京都港区新橋2-9-11 電話03-3592-2280
カウンター10席、4人掛けテーブル2卓(全席禁煙)
日曜定休、混雑することもあるので、事前に電話で確認を
sippo
sippo編集部が独自に取材した記事など、オリジナルの記事です。

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