あふれる猫愛 映画「世界から猫が消えたなら」に猫好きが共鳴

映画「世界から猫が消えたなら」の一シーン=東宝提供
映画「世界から猫が消えたなら」の一シーン=東宝提供

 世はにわかに空前の猫ブームである。本作も猫好きの興味をそそる題名だが、ただそれだけの映画ではない。映画プロデューサー川村元気のベストセラー小説を、CM界で活躍している永井聡が映画化した。

 

「僕」(佐藤健)は30歳。キャベツという名の猫と暮らしていたが、脳腫瘍(しゅよう)で余命わずかと宣告される。茫然(ぼうぜん)自失の僕の前に現れたのは、同じ風貌(ふうぼう)をした「悪魔」。この世界から僕の大切なものを1つ消せば、1日の命をあげるとささやく。
 

 悪魔がまず選んだのは電話。すると、電話のおかげで知り合った昔の恋人(宮﨑あおい)との思い出が消えた。次に映画を選ぶと、映画マニアのタツヤ(濱田岳)との友情が消えた。時計が消えるときには、時計屋を営んでいる不器用で無口な父(奥田瑛二)と、優しくて最高の理解者だった母(原田美枝子)のことが心に浮かんだ。同時に、恋人と行った南米の楽しい旅と、時間(=時計)をめぐる感慨にひたった。そして、悪魔は次に猫を消すと言う。
 

 電話が消えると携帯ショップが文房具店に変わり、映画が消えるとビデオ屋が本屋に変わる……。映画はセンスのいい流麗な映像でその変化を見せ、適度な感傷をうまくからみ合わせて物語を語る。切なくて、時におかしくて、いとおしい生の瞬間が身近なエピソードの中できらきらと輝き、心に響いてくる。
 

 大切な恋人、友人、家族……。消えた過去は自分の人生そのもの。それを捨て去って生きることに何の意味があろう。僕は過去を振り返り、葛藤する。そして、生と死に向き合い、死を受け入れていく。
 

 年季の入った猫好きは、この映画に横溢(おういつ)する猫への愛に共鳴し、人生を慈しむ気持ちに素直に感動した。

 

(稲垣都々世・映画評論家)

 

「世界から猫が消えたなら」 =東宝提供
「世界から猫が消えたなら」 =東宝提供

 

朝日新聞
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