ビル屋根裏に猫が180匹 過剰多頭飼育の現場ルポ

猫たちは金網張りの猫舎に閉じ込められている。この猫は人恋しいのか、こちらに向かって泣き続けていた=北九州市
猫たちは金網張りの猫舎に閉じ込められている。この猫は人恋しいのか、こちらに向かって泣き続けていた=北九州市

 前代未聞の180匹もの猫を飼育している過剰多頭飼育の現場が北九州市にあると聞いた。猫たちが住むビルは、地元では知る人ぞ知る存在という。いわば「猫舎の迷宮」。飼育している女性Aさん(71)の了承を得て取材した。

 

(末尾に写真特集があります)

 

 2階へのらせん階段を上がると、悪臭が鼻を突いた。

 

 鉄筋コンクリート一部木造の2階建てテナントビル。この2階部分の一部、約50平方メートルと、屋根裏の約100平方メートル、計150平方メートルが、猫180匹を飼育するために使われているという。

 

 2階の一角では、Aさんが今もサービス業を細々と営んでいる。いま猫たちのために使っている空間は、かつてAさんが大きな飲食店を経営していた場所という。

 

 天井高は2メートル50センチほど。猫の世話のために使う厨房があり、猫用トイレ砂やキャットフードなどがいくつも積まれている。奥まったところにある幅約50センチの木の階段を10段ほど上がると木造の屋根裏に出る。そこが猫の収容施設だった。

 

 蛍光灯とLEDで照らされ、外光はほとんど入らない。照明のない場所もある。ネズミの糞やゴキブリの死骸でコンセントが詰まり、電源が使えないためという。

 

天井裏の空間を上下左右にベニヤ板などで間仕切り、いくつもの猫舎が作られていた=北九州市
天井裏の空間を上下左右にベニヤ板などで間仕切り、いくつもの猫舎が作られていた=北九州市

 施設全体が鍵付きの木製の扉で5ブロックに仕切られている。猫たちが外へ出てしまうのを防ぐためという。屋根までの2メートルほどの空間に床を増設し、ところどころに、猫の世話をする人が上り下りするための4、5段のはしごがかけられている。

 

 各ブロックの中は、金網が張られた猫舎が計30ほど並ぶ。猫舎の中には、1匹から10匹くらいずつ、猫が収容されている。猫舎の間の通路に放し飼い状態の猫もいる。それぞれの猫舎と通路には、複数のトイレ、キャットフードが山盛りの器、水をはった器が置かれている。

 

 猫たちが激しいストレスにさらされていることは、一見して明らかだった。いずれも毛の色つやが悪く、表情はうつろだ。救いを求めるように網に取りすがり、鳴き続ける猫もいた。

 

「今、この中にいるのは180匹」と、Aさんは話す。

 

 過密なだけでなく、不衛生な環境であることも見て取れた。猫の世話をするのは、Aさんと従業員の2人だけという。毎日、すべての猫舎や猫部屋の排泄物を処理し、清潔な水とフードを与えているかと尋ねると、Aさんは明言を避けた。月に1、2度、ボランティアが集まって清掃をしているというが、清潔さを保つのは難しいだろう。

 

 猫を飼育する場合、感染症を予防・管理することは重要だ。だがAさんは、ウイルス検査についても、したことはないと話す。猫白血病や猫エイズのキャリアーの猫も、いっしょに収容されている可能性があるわけだ。健康な猫たちも罹患し、猫舎全体に病気が広がっているかもしれない。

 

金網に取りすがって泣き続ける猫。猫舎には外から鍵がかけられている=北九州市
金網に取りすがって泣き続ける猫。猫舎には外から鍵がかけられている=北九州市

 Aさんが数多くの猫を飼育するようになったのは20年ほど前という。きっかけは、路上で命を落とす野良猫に心を傷めたこと。Aさんが当時経営していた飲食業とサービス業の3店が繁盛しており、100万円の費用をかけて収容施設を作り、保護するようになった。当初は、女性従業員5人が猫たちの世話をした。私財を投じての救済活動のつもりだった。

 

 ところが、10年ほど前から経営が悪化。従業員が次々と辞めて、猫たちの世話が行き届かなくなった。不妊・去勢手術の費用も払えなくなり、みるみる頭数が増え、一時は280匹まで増えてしまったという。

 

 うわさは、サービス業の店の客を通じて広まり、2011年にボランティアが支援のためのブログを立ち上げた。キャットフードなどの支援物資と医療費へのカンパが集まるようになった。獣医師の協力を得て、すべての猫に不妊・去勢手術を施し、際限なく頭数が増え続けるという最悪の事態は免れられた。その後、死ぬ猫もいて、現在の頭数まで減ったという。

 

 Aさんがいま頭を悩ませているのは、家賃滞納により、ビルからの退去を迫られる可能性があることだ。「家賃さえ支払うことができれば、このまま自分が猫たちを飼い続けたい」と訴える。猫を他の人へ譲ることについても、「昔、猫を譲ったら、行方不明にされたり、殺されたりしたから嫌」と、難色を示している。

 

 だが、この状態は動物虐待にあたると、動物福祉を啓発する一般社団法人「&PETS」理事の旭爪(ひのつめ)利砂さんは指摘する。「過剰多頭飼育、いわゆる『アニマルホーディング』に陥った経緯を聞くと、同情の余地はある。しかし、適正な世話と健康管理がされているとは言い難く、動物虐待の一つ、ネグレクトと言える状態だ」

 

猫舎と猫舎の間の通路部分には、猫たちが放し飼い状態に。たこ足配線が見られ、漏電火災が心配になる=北九州市
猫舎と猫舎の間の通路部分には、猫たちが放し飼い状態に。たこ足配線が見られ、漏電火災が心配になる=北九州市

 動物愛護管理法に照らすと、適正に動物を飼育していない状態はネグレクト、つまり虐待の一種として、法律違反による取り締まりの対象になる。だが、ネグレクトはどこからが虐待なのか、判断の基準や要件はあいまいだ。そのため実際には、動物愛護管理法違反で警察が捜査・立件する事件は極めて少ない。Aさん自身も、現状が動物虐待であるとは認識していない。

 

 旭爪さんはこう話す。「海外の専門家は、アニマルホーディングは精神疾患だとしています。北九州市のこの過剰多頭飼育の事例は、完全に崩壊する前に、動物保護団体、獣医師、セラピスト、法律の専門家等、動物と人間それぞれの福祉の専門家とボランティアが、チームとして行政と協働で介入するべきでしょう」

 

 一般的に、過剰多頭飼育への介入はきわめて難しい。ペットは民法上、個人が占有する財産だからだ。保健所など自治体も警察もボランティア団体も、個人が屋内で飼育する猫たちを取り上げることはできない。最近よく報道される多頭飼育崩壊は、飼育者が死亡したり入院したりして現実的に飼養できなくなったことをきっかけに、行政や支援団体などが介入したケースがほとんどだ。飼育者が説得に応じて介入を受け入れることも、ゼロではないが、極めてまれだ。

 

 幸い、北九州市のこの過剰多頭飼育の場合、猫たちを救出する動きもある。Aさんは最近、ボランティアたちの説得に応じ、協力を申し出た人に猫2匹を一時預けることに同意したのだ。協力者がそのまま新しい飼い主となる可能性がある。そうなれば、多頭飼育が解消される、はじめの一歩になるかもしれない。

 

(香取章子)

 

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sippo編集部が独自に取材した記事など、オリジナルの記事です。

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