セラピー犬、病院常勤広がる 病気の子どもを癒やしたい
ワンちゃんとふれあうことで、病気やけがの治療効果を高めたり、心や体を癒やしたりするセラピードッグが活躍する医療機関がじわりと広がっています。つらいリハビリや単調な入院生活を送る患者にとってストレスを和らげたり、治療に前向きになったりと効果も上々なのだとか。そんなワンちゃんが働く子ども病院の現場を訪ねました。
やる気や元気引き出す
こんにちは。ぼく、子ども病院(神奈川県立こども医療センター)で、スタッフの一員として働く真っ白なゴールデンレトリバーのベイリー(8)。みんなセラピードッグって知ってる?
病院とか介護施設とかにボランティアでやってきて、遊んだりするワンちゃんなんだ。でも、ぼくの正式名称は「ファシリティドッグ」。何が違うのって? 日本のセラピードッグの多くは、患者さんに寄り添って癒やしを与えてくれる(動物介在活動)。ぼくも同じような存在だけど、病院に常勤して、病室だけでなく小児集中治療室(PICU)にも出入りし、医師の治療プログラム(動物介在療法)にも加われる訓練を米ハワイのトレーニングセンターで受けているんだ。
ぼくと二人三脚で活動しているのが、ハンドラーと呼ばれる森田優子さん(34)。看護師経験があって、ぼくたちファシリティドッグを扱う専門の訓練も受けているんだ。ぼくは森田さんと暮らしていて、一緒に病院に通って病室で子どもたちに添い寝したり、安心して手術ができるように手術室まで付き添ったり、リハビリの歩行訓練にお付き合いして励ましたり――といった忙しい毎日を送っているんだ。
さあ、青いベストの制服を着けたら仕事のスタート。病室を回るからついてきて。「あっ、ベイリーだ。おはよう」。ほら、廊下でぼくたちを見つけると、入院中の子どももスタッフも声をかけてくれるんだ。入院中だと自由に散歩に行けなかったり、好きな食べ物を食べられなかったりして楽しみが少ないみたい。そんな中で、ぼくは「病院のアイドル」的な存在らしいよ。
今日の仕事は、診察室のベッドに横たわって、子どもたちの予防接種の付き添いさ。注射が怖くても、ぼくの頭をなでなでして、森田さんとお話している間に済んでしまうってわけ。強い痛みを伴うこともある「骨髄穿刺(せんし)」という検査だって、ぼくと一緒なら平気だよって言ってくれるんだ。やる気と元気を引き出すのがぼくの役目なんだ。
この間は、ぼくの8回目の誕生日。入院中の新倉昌将君(16)が、「人間で言えば還暦だね」って、赤いちゃんちゃんこと頭巾を手作りしてくれて、ぼくの控室がある事務局のみんながケーキでお祝いしてくれたんだ。ぼくもこの病院に通うのが大好き。最後に、ぼくと森田さんが、一番大事にしているものを見せてあげるね。退院してった子がくれた手紙さ。「ありがとう。ベイリーがいたからがんばれたよ」
保険の負担軽減も課題
アニマルセラピーは和製英語で、国際的には三つに大別される。
「癒やし」を重視した動物介在活動(アニマル・アシステッド・アクティビティー=AAA)、子どもたちへの教育を重視した動物介在教育(アニマル・アシステッド・エデュケーション=AAE)、医療現場で動物を使って治療やリハビリをする動物介在療法(アニマル・アシステッド・セラピー=AAT)だ。
国内での大半の取り組みは、教育のAAEや、慰問の側面が強いAAAだが、欧米では治療行為に踏み込んだAATが盛んだという。日本の病院でもセラピードッグに治療を補助してもらうAATに注目が集まってきている。
2010年1月、米ハワイの専門施設でAATにも対応できるように養成された専門犬が、静岡県立こども病院(静岡市)に常勤し始めた。ベイリーだ。看護師の資格をもち、犬に指示を与える「ハンドラー」の森田優子さんとのコンビで、AATプログラムに臨んだ。このコンビは12年7月から神奈川県立こども医療センター(横浜市)に移り、後任には、ゴールデンレトリバーのヨギ(オス4歳)が新しいハンドラーとともに常勤している。
2頭ともNPO法人「シャイン・オン!キッズ」(東京都中央区)に所属。その活動は個人や団体、企業からの寄付でまかなわれている。昨年4月からは掛川東病院(静岡県掛川市)でも、イングリッシュ・コッカー・スパニエルのオーヴ(オス1歳)が常勤で病院の「医療チームの一員」として活躍を始めるなど、AAT導入の動きは徐々に広がりをみせる。
セラピードッグを病院に導入する効果はどの程度あるのか。静岡県立こども病院が、小児がん患者3人についてベイリーが導入されてからの気持ちの変化を「快」から「不快」までの6段階で追ったところ、全員の気分が5~4段階向上していた。「直接的な体の痛みや、吐き気などの化学療法の苦痛は軽減できないが、『安心できる』『ストレスが減った』『鎮痛剤を使わず検査ができた』など、前向きな気持ちを引き出せていた」という。
しかし、「日本にAATが根付くまでには、まだまだ壁がある」とセラピードッグに詳しい日本保健医療大学の熊坂隆行教授(41)は指摘する。
「欧米のように臨床結果が十分に得られておらず、病院スタッフの理解が足りない。保険適用外の治療行為のため、患者の経費負担が大きくなってしまい、NPOやボランティア活動に頼らざるを得ないのが実情だ」
ハンドラーの森田さんはいう。「ベイリー導入時にも、衛生面や、危害を加えないかという懸念が病院側にあって、反対の声の方が強かった。
けれど、実際にふれあった患者から『もっと一緒にいたい』という要望が寄せられ、スタッフの理解と信頼が徐々に深まった。今では手術準備室への入室も認められ、治療方針を決めるカンファレンスにも参加できるまでに。『10』嫌な入院生活が『0』にはならなくても間違いなく軽減できる。もっと活躍の場が広がっていけば」
(進藤健一)
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