競り市を通じて、子犬・子猫は全国へと流通していく。埼玉県上里町の関東ペットパークにて(太田匡彦撮影)
競り市を通じて、子犬・子猫は全国へと流通していく。埼玉県上里町の関東ペットパークにて(太田匡彦撮影)

気付けば猫は「買う」ものになりつつある ペットの流通で「奴隷」となる猫や犬

 犬や猫などのペットは間違いなくかわいい。かわいい犬や猫に接したり、動画を見たりしていると確かに癒やされる。だが、犬や猫の「かわいさ」だけを一方的に消費することは、命への無関心と表裏の関係にある。無関心は、かわいさの裏側にある、過酷な運命をたどらざるを得ない犬猫たちの存在から、目をそむけさせる。

 結果として、ペットビジネスの現場で苦しむ犬、そして猫たちは救われることなく、その苦しみはそのまま次の世代にも受け継がれていく。

 この状況に風穴をあけたい。そう思い、取材を続けてきた朝日新聞社の太田匡彦記者。著書『猫を救うのは誰か ペットビジネスの「奴隷」たち』(朝日文庫)から一部を抜粋・編集し、紹介する。

「8年でほぼ2倍」増える猫の流通量

 いつの間にこうなったのか。気付けば猫は「買うもの」になりつつある。

 動物愛護団体がいま一生懸命に野良猫を捕獲し、不妊・去勢手術を施し、元いた場所に戻す「TNR活動」を行っている。外で暮らす猫を徐々にでも減らし、殺処分されてしまう不幸な命が生まれるのを防ぐためだ。

 外で暮らす猫をゼロにするのは遠い道のりだ。でも進んでいけば、確実に「殺処分ゼロ」に近づく。地域単位では、屋外で猫を見かけなくなったところも出てきた。

 ただ、懸念がある。この活動が成果をあげていった先にある世界では、猫は「買わなければ手に入らないもの」になるかもしれない。

 ペットビジネスの犠牲になる猫がいまより格段に増えていくのではないか――。そんな不安をおぼえる。

 ペットショップの店頭では、はやりの純血種の子猫がずらりと並ぶ様子が当たり前になっている。2016年のゴールデンウィークには、競り市での落札価格が例年の3~4倍まで高騰し、子犬より高値がつく子猫も出て、業界内で話題になった。

 朝日新聞の調査では14年度以降、猫の流通量は前年度に比べ平均1割増のペースで増えてきた。全国の動物取扱業にかかわる事務を所管する地方自治体に対し、13年9月以降にペットショップや繁殖業者に提出が義務づけられた「犬猫等販売業者定期報告届出書」について集計値を調査し(各年度とも回収率100%)、合算した結果わかった。14年度と22年度とを比べると、猫の年間流通量はこの8年で89%増、つまりはほぼ2倍になっていることがわかる。 

 全国で約130店を展開する「AHB」では15年度、犬の販売数が前年度比7%増だったのに対し、猫は同11%となった。ペットショップチェーン大手「コジマ」でもこの数年、前年比2割増のペースで猫の販売数が増えているという。

 18年に入ると、ペットショップにおける販売数の増加はさらに過熱。「猫は仕入れるとすぐに売れるため、地方都市まで回ってこない」(大手ペットショップチェーン従業員)という状況になり、この年のゴールデンウィーク前後には、猫の仕入れ値はさらに急騰したという。競り市では、子犬の落札価格を上回る子猫はもはや珍しくなくなった。

「増産態勢」——コントロールされる発情期

 このように人気が過熱し、価格が高騰し、流通量が増えるということは、当然ながら生産量が増えることを意味する。

 猫ブームの裏側で2010年代半ば以降、猫は完全に「増産態勢」に入っていた。

 16年初夏、ある大手ペットショップチェーンが都内で開催した繁殖業者向けのシンポジウムを取材した。講師を務めた同社所属の獣医師は、集まった繁殖業者らを前にこんなふうに語りかけた。

「猫の販売シェアが年々増加しています。昨年は約18%でしたが、今年のゴールデンウィークには20%を超えました。猫のブリーダーの皆さまにはたいへんお世話になっております。本日は、猫の効率の良い繁殖をテーマに話をさせていただきます。犬の繁殖とは大きく異なりますので、よくお聞きください」

 獣医師は様々なデータを用いながら、猫は日照時間が長くなると雌に発情期がくる「季節繁殖動物」であることなどを説明。そのうえで、繁殖用の雌猫に1日12時間以上照明をあてつづけることを推奨した。

「普通の蛍光灯で大丈夫です。長時間にわたって猫に光があたるよう飼育していただきたい。光のコントロールが非常に大切です。ぜひ、照明を1日12時間以上としていただきたいと思います。そうすれば1年を通じて繁殖するようになります。年に3回は出産させられます」

 実は猫は「増産」が容易な動物なのだ。

 この獣医師が言うとおり季節繁殖動物である猫は、日光や照明にあたる時間が1日8時間以下だと発情期がこず、一方で1日12時間以上照らされていると1年を通じて発情期がくる。だから日本で暮らす野良猫は、一般的に1月半ばから9月にかけて発情する。

 つまり繁殖業者は、繁殖用の雌猫に1日12時間以上照明をあて続け、生まれた子猫をなるべく早めに出荷・販売すれば、年3回のペースで出産させることが可能になるのだ。

 発情が周期的に、6~8カ月ごとにくる犬では、こうした「増産」は難しい。一般社団法人「日本小動物繁殖研究所」所長の筒井敏彦・日本獣医生命科学大学名誉教授(獣医繁殖学)はこう話す。

「積極的に子猫を産ませようと思うブリーダーがいれば、年3回はそう難しくはありません。ただ、繁殖能力が衰える8歳くらいまでずっと年3回の繁殖を繰り返せば、猫の体にとって確実に大きな負担となってしまう。また子猫を長く一緒に置いておくと繁殖のチャンスが減るということを、多くのブリーダーが理解している。このことで、子猫の社会化に問題が出てくる可能性も否定できません」

「奴隷」となった犬、そして猫

「二種類の動物だけが、捕虜としてではなく人間の家庭に入りこんできて、強いられた奴隷の身分とは別の身分で家畜となった。イヌとネコである」

 ノーベル生理学・医学賞を受けた動物行動学者コンラート・ローレンツ氏は著書『人イヌにあう』(訳:小原秀雄、原題:So kam der Mensch auf den Hund、初版:1949年)でそう記した。

 確かに、現代において犬たち、猫たちは人間にとって「家族の一員」と言えるまでの存在になっている。だが一方で、同書の初版発行から年月を重ね、日本には「奴隷」の身分を強いられる犬、そして猫が存在するようになった。命の「大量生産」「大量消費(販売)」を前提とするペットビジネスの現場にいる犬、猫たちのことだ。

 狭いケージに閉じ込められたまま生産設備として扱われ、その能力が衰えるまでひたすら繁殖させ続けられる犬、猫たち。物と同じように市場(いちば)で競りにかけられ、明るく照らされたショーケースに展示され、時に「不良在庫」として闇へと消えていく子犬、子猫たち。

 繁殖から小売りまでの流通過程では、劣悪な飼育環境下に置かれるなどして毎年、少なくとも2万5千匹前後の命が失われている。

 
※登場する人物の所属先や肩書、年齢、団体・組織の名称、調査結果のデータなどはいずれも原則として取材当時のものです

『猫を救うのは誰か ペットビジネスの「奴隷」たち』
著者:太田匡彦
発行:朝日新聞出版
定価:792円(税込)
発売日:2024年9月6日
A6判並製  304ページ 
※画像をクリックすると朝日新聞出版の該当ページに飛びます

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sippo編集部が独自に取材した記事など、オリジナルの記事です。

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