埼玉にある日本救助犬協会の訓練場で、捜索するココ。1階の屋根に登り、迂回(うかい)して建物の中に隠れている人を探し当てた
埼玉にある日本救助犬協会の訓練場で、捜索するココ。1階の屋根に登り、迂回(うかい)して建物の中に隠れている人を探し当てた

訓練された犬でも集中できるのは約10分 災害救助犬のココとエマが暗がりの中で捜索

 ジャーナリストで災害救助犬のハンドラーとしても活動する河畠大四さんが、愛犬であり信頼を寄せる災害救助犬の「ココ」(ボーダーコリー/メス11歳)との生活に込められた、喜びや挑戦を伝えていきます。

(末尾に写真特集があります)

災害現場での不安

 1月3日、夕闇が迫る17時前、石川県輪島市門前町にある倒壊家屋で、私は愛犬のココと要救助者の捜索をしていた。

 2階の下敷きになった屋内駐車場の閉ざされた空間をココは鼻を使いながらぐるりと回って、閉じ込められた生存者が出す体臭(ストレス臭)を探している。ゆっくり一歩ずつ円を描くように。しかし、ココはストレス臭をかぎ取ったときのような反応は示さない。

 駐車場の捜索を終えたココはその奥にある玄関に通じる小さな隙間を見つけると、自らためらうことなくその暗がりの中へ入っていった。

 とうとう私の視界から消えた。

 ハンドラーが見えなくなると犬の中には不安になったり、ストレスを感じたりして、捜索エリアから離脱したり、草をはんだり、おしっこやうんちをしたりする犬もいる。

 ココは捜索の訓練を積んでほぼ10年、今ではそういう行動はまず見せない。倒壊家屋の中での捜索でもそうであってくれと祈るような気持ちだった。

 その一方で、暗がりの中ではケガはしないか、余震が発生して建物が崩れてこないか、何か食べ物でも落ちていてあさっていないか……そういうことにはならないと信じつつも、訓練場とは全く違う災害現場での捜索に一抹の不安がよぎる。

屋内の駐車場を探すココを見守るハンドラーの私。ココは駐車場の捜索を終えると、奥の玄関の中へと入って姿を消した

災害救助犬の集中力は10分ほど

 1分、2分……捜索しているココの足音でもしないかと、耳をそばだててじっと聞いていたが、物音は聞こえてこない。体重14キロの体では当然か。

 すでに捜索に出してから2カ所で8分あまりがたっていた。

 とそのとき、TEAM7の隊長から声が掛かった。

「エマを出しますから、ココを引き揚げてください」

 結局ココは、居間、屋内駐車場、玄関とその奥を捜索したが、これといった反応は示さなかった。

 災害現場の捜索で、訓練された犬の場合、集中できる時間は10分ほどとも言われている。一般の犬がしつけをするときに集中できるのは5分ぐらいと言われているのと比べると結構長い。

 生存者の捜索は犬にとって「かくれんぼ」のようなものだ。訓練のときには隠れ役の要救助者を見つけてほえると、その人からごほうびのおやつやボールがもらえる。そしてハンドラーは犬がほえるのを邪魔しないようにそっと後ろから近づいて、大げさなぐらいほめる。そのごほうびとほめられることで、犬は集中力を長く保てるように訓練される。

 ココの場合、訓練場で15分ぐらいは集中して捜索を続けられる。

 4月に実施された日本救助犬協会の災害救助犬認定審査会でココは、制限時間の12分間を集中力を途切らせることなく捜索を続けた。小学校の校庭の半分ほどの広さに要救助者4人が土管の中やがれきの山の中、倒壊家屋に模した建物の中に隠れている。そのうちココは3人を見つけることができた。試験だから見つけてほえてもごほうびは出ない。ハンドラーがほめるだけだ。

 受験した犬の中では11歳と最高齢だったが、昨年に引き続き合格した。

 協会では通常、災害救助犬の任期は2年だが、10歳を超えると1年に制限される。

 一般に犬は7歳を超えるころからシニアと呼ばれ、さまざまな機能が衰えていくようになるらしい。特に大型犬は中小型犬に比べて早いようだ。ココも最近は後ろ脚の踏ん張りが弱くなってきて、階段を踏みはずすときがたまにある。以前はそんなことがなかったのに。

ココからエマに交代

 暗闇が迫る中、隊長は8分ほど捜索したココを引き上げて次の救助犬に交代させると判断した。

 自宅のある千葉県から輪島市まで、車で長い時間かけて移動してきたうえ、到着後すぐに出動した。しかも小雨が降る中での捜索だったから犬にはそれなりに疲労がたまっているに違いない。

 隊長は全体を統括し、安全第一を考える一方で、ハンドラーや犬の負担をできるだけ軽くして、捜索に集中できるように腐心する。それを考えると、ココを8分ぐらいで切り上げて、待機していた救助犬に交代させるのが適切だ。ハンドラーはなんとか要救助者を探そうと捜索にのめり込んで、ついつい時間の感覚を忘れがちだから。

 ココと捜索を交代するエマは、昨年、災害救助犬の認定試験に初めて合格した伸び盛りのジャーマンシェパード(メス/4歳)だ。

 ココとは性格が反対で、捜索現場を前に意欲が高く、捜索を始める前から「早く捜索に出してよ」とでも要求するように「ワン、ワン」とほえる。この日も訓練と同様にエマは捜索直前にほえた。

 私はココを呼び戻すため、「ココ、来い!」と少し低めの通る声で指示した。すると、最初に入った駐車場の隙間からではなく家の左奥、倒壊した屋根の隙間から出て、私のところに戻ってきた。どこかに外へ抜ける隙間があったのだろう。

「ココ、来い」とひと声かけて呼び戻す。ほどなくココは入っていったところとは別の外側の屋根の隙間から出てきた。玄関から奥の部屋も捜索したに違いない

 16時55分、ココの捜索が終了し、エマに変わった。

 エマも居間から捜索を始めるらしい。

 ハンドラーがエマを屋根にできた亀裂の隙間まで登らせようとした。エマは雨にぬれたツルツルの瓦で2、3度脚を滑らせたものの何とか屋根の隙間に登った。ハンドラーがその先にある穴から居間の中へ入るように指示すると、エマはためらうことなく、すぐに穴の中へ入っていった。

 部屋の中に入ると2、3度ほえたが、これは「ママ、探すからね」というエマのいつもの合図だ。エマの場合、ストレス臭をかぎ取ると、できるだけ近くに行ってけたたましくほえる。だから単発でほえる場合と人のストレス臭を探し当てたときの反応がまったく違うのだ。

ハンドラーの指示のもと、屋根の亀裂の間に入り、捜索を始めるエマ(写真中央)。4月に実施された災害救助犬の認定審査会では、要救助者4人全員を制限時間12分以内で発見した

 しかし、部屋の中に入って直接捜索してもそういう反応は示さない。ハンドラーは屋根に登り、開いた穴から中をのぞき込む。

「そうだ、そっちだ」とエマを鼓舞する。

 2、3分探させたもののエマの動きに変化がないので、ハンドラーはエマを呼び戻した。

 とそのとき、「ココが水を飲んでますよ」とサポーターから声が掛かる。

 足元のココを見ると何かにたまった雨水を飲んでいた。

 そういえば金沢手前の高速道路のサービスエリアで休憩して以来、水を飲ませていなかった。道路脇に寄せて止まった車に戻って水を飲ませ、ケージの中でココを休ませた。次の捜索はやはり8分後か。そのためにも力を蓄えたい。

 しかし、真冬の17時、夜のとばりは容赦なくあたりを暗くした。

(次回は7月3日に公開予定です)

【前の回】元気さゆえに2階から地下へ落ちたか 災害救助犬はつねに危険と隣り合わせ

河畠大四
フリージャーナリスト、編集者、災害救助犬ハンドラー、日本救助犬協会 救助犬部副部長。1984年小学館入社、ビッグコミックで手塚治虫担当ほか。1989年朝日新聞社入社、週刊朝日、経済部などで記者、編集者を務める。2020年に早期退職して、テントと寝袋を積んで日本縦断自転車ひとり旅に出る。自転車旅と救助犬育成を中心にX(@e37TQUBRKJcf49z)「ココ&バイク」で発信中。

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この連載について
災害救助犬、ココと行く
ジャーナリストで災害救助犬のハンドラーとしても活動する河畠大四さんが、愛犬であり信頼を寄せる災害救助犬のココとの生活に込められた喜びや挑戦を伝えていきます。
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