2021年7月9日、熱海市伊豆山土石流災害で流された家屋の中を捜索したココ。泥水の中、胸までつかって懸命に捜索した。人間は泥水に体が埋まってしまい、身動きが取れないほどだった
2021年7月9日、熱海市伊豆山土石流災害で流された家屋の中を捜索したココ。泥水の中、胸までつかって懸命に捜索した。人間は泥水に体が埋まってしまい、身動きが取れないほどだった

輪島市に到着し災害救助犬ココが捜索へ 小雨がちらつき、夕闇が迫る

 ジャーナリストで災害救助犬のハンドラーとしても活動する河畠大四さんが、愛犬であり信頼を寄せる災害救助犬の「ココ」(ボーダーコリー/メス11歳)との生活に込められた、喜びや挑戦を伝えていきます。

(末尾に写真特集があります)

ココはしっかり捜索できるだろうか

 NPO法人日本救助犬協会の能登半島出動チームは1月3日16時前、石川県輪島市に入った。道路の損傷箇所は多くなり、倒壊した家屋が一段と増えた。

 1階が押しつぶされた家は、地面に屋根があり、2階がそのまま1階になっている。能登半島地震は元日の16時過ぎに起きたが、普通ならちょうどくつろいでいる時間だ。倒壊家屋を見るたびに中にいた人は無事だったろうかと思う。家屋が完全に倒壊していなくても、斜めに傾いていたり、屋根が波打っていたりする家もあった。

輪島市内に入ってくると倒壊した家屋が目立ち始めた。1階はぺしゃんこで、2階も波打っている。余震が続いており、とても危なくて中には入れないだろう

 余震が続く中、いつ倒れてもおかしくない家があちこちにある。傾いていない家でも、おそらく中は家具が倒れ、食器や本などが散乱しているに違いない。

 そんな全半壊した家屋をいくつも通り過ぎた16時10分、目的地の輪島消防署門前分署に着いた。広い駐車場には、愛知県内の各地から駆けつけた緊急消防援助隊の救急車や消防車が所狭しと並んでいる。私たちの車は分署内の建物の裏に駐車した。

 ここに着くまで15時間ほど、私は車をずっと運転してきたが、全く疲れを感じない。いや感じないというより、被災の惨状に圧倒されて動揺し、緊張していた。その上、災害救助犬の出動要請が今にもあるかもしれないと身構えた。

 なんとか行方不明者(要救助者)を見つけたいという思いと、果たしてココでどれほど捜索できるだろうかという心配とが入り交じっていた。

思い出されるのは伊豆山土石流

 名古屋市消防本部に到着の報告に行った仲間から、「出動の要請があったので、今から捜索現場に向かいます」と伝えられた。

 やはり、ことは切迫していた。私たちのチームは夜を徹して千葉や東京、神奈川から駆けつけたものの、すでに発災から48時間がたっていた。生存率が低下すると言われる72時間まであと24時間しかない。

 16時24分、ココにおしっこをさせる余裕もなく、消防車の先導ですぐに現場へ向かった。そういえば、2021年7月に起きた熱海市内の土石流災害で出動したときも消防の車に先導された。

 熱海の大きなホテルの駐車場に全国各地の救助犬団体が集結した。いくつかのグループに分かれた後、私たち日本救助犬協会の熱海出動チームは消防関係の車両に導かれて、熱海・伊豆山の土砂崩れが起きた東側の現場に向かった。

 片側一車線の急坂を登ると坂道沿いに東京消防庁や警察、自衛隊の車が軒を連ねるように上の方まで駐車していた。上から降りてくる車とは時折空いたスペースですれ違った。現場近くの民家の駐車場に停め、そこから100mほど歩いて上がったところに災害現場が広がっていた。家は流されて土砂に埋もれ、2階だけが出ている。道も、樹木も、住宅も何もかもが土石流によって流されていた。息をのむその光景にただただ圧倒された……。

熱海市伊豆山の土石流で押し流された家屋の周辺を捜索する熱海出動チーム。遠くに捜索している自衛隊が見える

最初にココが捜索、動きや状態を確認

 輪島市門前町の中を真っ赤な消防車に先導されて、ゆっくりしたスピードで走る。時折ひび割れた道路に出くわす。大きい亀裂のときは反対車線に回り、小さいときはその上を乗り越えた。通りの両側には家が立ち並び、郵便局があるなど、集落のメインストリートのようだ。

 道路脇の電柱は傾き、垂れ下がった電線には注意喚起するためだろう、黄色いテープが貼られていた。倒壊家屋が右に左に散見され、その惨状は輪島に入るまででもっとも激しかった。そんな通りに捜索現場はあった。門前分署からわずか5分ほどのところだ。

 それにしてもすさまじい倒壊家屋だ。1階は押し潰されて屋根しかない。そこに傾いた2階が乗っかっている。屋根には四角い50センチ四方の穴が2つほど空いていた。消防隊がここから入って捜索したという。1階にあった居間と仏間の上らしい。

 夕闇が迫る中、車から降りるとヘルメットをかぶり、手袋をはめ、ヘッドライトを点灯させた。

 ココは少しキョトンとした表情でケージの中からこちらを見ている。ハンドラーの緊張した雰囲気が伝わらなければいいのだが。いつも通り、訓練通りに捜索ができることに越したことはない。

 自分の身支度が終わるとココをケージから出してリードをつけた。地面に降りたココは前脚をぐっと伸ばして背伸びをする。初めての場所を捜索する場合、いつもならその場所に慣らすためにゆっくりと周囲を歩いておしっこなどをさせるのだが、今日はその時間がない。刻々と迫る夜の闇との闘いだからだ。

捜索対象の家屋の周囲を歩く救助犬ココとハンドラーの私。小雨がちらつき、夕闇が迫る

 隊長から「最初にココから捜索させてください」と言われた。今回出動したTEAM7の救助犬3頭の中では、現場に出動した経験があり、最近の捜索訓練でも調子が良かったからだろう。

 どの場所から捜索を始めるか、倒壊家屋の東側や北側を歩きながらココの動きや状態を確認する。10メートルぐらいの距離に人が閉じ込められていたなら、風向きによっては反応する。ゆっくりと歩いてみたが、おしっこをしないところ以外はいつも通りで、これといった動きは示さない。

 チーム員が空中に粉をまいた。白い幕を張った粉は、東から西に緩やかに流れた。

 災害救助犬は、空気中に浮遊するストレス臭を嗅ぎ分けて要救助者を探す。ストレス臭とは、閉じ込められた人などがストレスを感じて出す体臭のことだ。そのため、捜索エリアの風下から出すのが鉄則だ。

 災害救助犬は捜索中、鼻を高く上げるときがある。高鼻という。それはストレス臭を嗅ぎつけるためのしぐさだ。ココは果たして高鼻をするだろうか――。

災害救助犬認定審査会の服従試験は10項目ある。そのひとつ、「水平はしご渡り」。途中、脚を踏み外してしまったココ。いままでそんなことはなかったのに。やはり老いが忍び寄っているのだろうか

(次回は5月15日に公開予定です)

【前の回】災害救助犬の出動「これが最後であってほしい」と願う 眼前の光景に気持ちが揺らいだ

河畠大四
フリージャーナリスト、編集者、災害救助犬ハンドラー、日本救助犬協会 救助犬部副部長。1984年小学館入社、ビッグコミックで手塚治虫担当ほか。1989年朝日新聞社入社、週刊朝日、経済部などで記者、編集者を務める。2020年に早期退職して、テントと寝袋を積んで日本縦断自転車ひとり旅に出る。自転車旅と救助犬育成を中心にX(@e37TQUBRKJcf49z)「ココ&バイク」で発信中。

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この連載について
災害救助犬、ココと行く
ジャーナリストで災害救助犬のハンドラーとしても活動する河畠大四さんが、愛犬であり信頼を寄せる災害救助犬のココとの生活に込められた喜びや挑戦を伝えていきます。
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