多頭飼育崩壊で保護された猫 抜群にお利口だが、苦労刻んだ外見でもらい手探しは難航
愛玩動物看護師など動物看護職の方々にお話を聞く連載。愛玩動物看護師の吉田奈央さんが働く苅谷動物病院グループ 三ツ目通り病院(東京都江東区)では、猫の保護活動を行う団体や個人と協力し、譲渡活動を行っています。ある時病院で預かったのは、多頭飼育崩壊で保護された猫。性格は良いのに、いくつかの理由から、2年たっても希望者は現れませんでした。
取り残された17匹の猫たち
病院で猫の譲渡活動を中心となって推進するのは、獣医師と愛玩動物看護師で結成する「ホストファミリー担当」のメンバーだ。保護された猫を預かり、体調チェックや、必要なら治療や人なれもさせたうえで、もらい手を探すまでを担う。
さて、吉田さんが新人だった頃。もらい手募集中の1匹の猫がいた。だがとても臆病で、1年ほどたつのに、誰にも心を開かない。
「なれてくれないかな」
そう思った吉田さん、キレられたり引っかかれたりしながら、毎日地道にさわったり、おやつを差し入れたりしていたところ、何と吉田さんからだけごはんを食べるようになったのだ。
猫は吉田さんの家族になった。さらに、その手腕を院内で見込まれたのかは不明だが、自然な流れで吉田さんはホストファミリー担当に就任。以来、猫の譲渡に力を注いできた。
ある日、病院に連絡が入った。何でも、高齢の夫婦が急に体調を崩して入院。そのお宅に通っていたヘルパーさんから自治体に、「自宅に17匹の猫が取り残されている」と連絡があった。そこで自治体は、協働する保護団体に応援を求め、現在複数の動物病院に猫の受け入れをお願いしているという。
飼い主夫婦は現在、十分に会話ができない状態らしい。とはいえ、飼い主の所有権があるため、勝手に猫を保護するわけにはいかない。保健所と保護団体、夫婦の代理人が話し合い、ようやく自宅に入り猫を保護できることになったのは、飼育崩壊が発覚して4カ月たってからのことだった。その間は、特別に家に入ることを許された人が、週に何回かえさを置きに行っていたようだ。
保護に入った初日。当然ながら激しく逃げ回る猫たち。
「そんな中、一番初めに『ヒョイッ』と簡単に捕まった猫がいたそうです」
と吉田さん。それが、吉田さんの病院にやって来た「モーツァルト」、通称「モーちゃん」だ。
モーちゃんは真っ黒で、長毛ぎみのミックスのオス猫。年齢は5~7歳ぐらい、あるいはもっと上か。
「おそらく度重なる耳血腫(じけっしゅ)という耳の病気で、特に左耳がひどく変形していました。猫風邪で鼻からは膿汁(のうじゅう)が垂れ、涙もひどく、歯もボロボロ。『ああ、大変だったのかな』と思わせる見た目でしたね」
病院ではさっそく治療を開始。耳を切開し、たまった膿(うみ)を出す処置をした時のこと。
「絶対痛いはずなのに、最後に『アッ』と小さな声を上げただけ。『すごくいい子だな』というのが第一印象でした」
スタッフ人気は絶大なのに
2週間ほど治療に専念したモーちゃん。耳の膿は慢性的なもののようで、涙もたまに出るものの、体調は良くなった。
「そこでモーちゃんを、待合室デビューさせることにしました」
待合室デビューとは、日中、病院の待合室に設置したケージで、もらい手募集中の猫を過ごさせること。来院した人や、猫が平気そうなら窓越しに、通行人にもお披露目し、未来の家族との出会いを作るのが目的だ。
ここでもモーちゃんは立派だった。
「待合室デビュー初日はフリーズしてしまう子が多い中、ケージに手を入れるとスリスリしてきたり、ごはんも食べてくれたんです」
「これならすぐに、もらい手は見つかる」。頼もしく思う半面、不安もあったという。
涙が出たり、耳が変形し、汚れて臭うなど、モーちゃんは一般的な「すごくかわいい」とは遠いルックスだ。年齢も高めだ。
くわえて不利に働いたのは、極度に「動かない猫」だったことだ。
「置物かお地蔵様みたい(笑)。まわりには子猫や、見た目のきれいな子、愛嬌(あいきょう)のある子がいる中、モーちゃんにはなかなかお声がかかりませんでした」
滞在が長引くにつれ、吉田さんたちには葛藤が生まれた。家庭で幸せになってほしいと願う一方、情が移り、「ずっと一緒にいたい」との思いも芽生える。
しかし私情を振りきり、何とか声をかけてもらえるようにと知恵を出し合った。
「動かず寝てばかりだから、待合室デビューって、モーちゃん本来のかわいさが伝わらないよね」
そんな声を受けて、モーちゃんのいろんなポーズを撮影し、アルバムを作成。待合室で見てもらえるようにした。
だがいかんせん黒猫は、写真写りが良くない。
「お菓子のマカロンを置いてみようよ。カラフルなものがそばにあれば“映える”んじゃない?」
何しろこんなにお利口なのだ。幸せになってもらわないと! モーちゃんのスタッフ人気は絶大だった。
実らなかった最初で最後のご縁
病院に来て1年2カ月がたった頃、水を飲む量が増えた。検査をすると糖尿病と判明。そこで1年近くインスリン治療を続けたところ、血糖値がある程度安定しため、いったん治療を離脱することにした。そのタイミングで何と! 「モーちゃんを飼いたい」という人が、ついに現れたのだ。
だがその人は、これまで動物を飼ったことがないという。吉田さんたちは、現在血糖値は安定しているものの、今後どうなるかはまだわからないと伝えた。
説明を受けその人は、「初めての猫としては難しい」と断念。話は流れてしまった。
2年たってももらい手は現れなかった。愛玩動物看護師長である吉田さん、仕事で夜、一人残ることもあった。そんな時、モーちゃんを猫舎のケージから出して放した。
外に出ても動かず、足元で「コロン」と寝転がって過ごす。おっとりとした姿に、何度癒やしてもらっただろう。
吉田さんの家には冒頭の、他の猫をまったく受け入れない猫がいたため、モーちゃんを引き取ることはできなかった。
「でもモーちゃんのことは本当に、自分家の猫のように思っていましたね」
寄り添い続けた最後の日々
糖尿病の治療を停止して約1年後。再び血糖値が上昇してきたため、治療を再開した。
食欲が落ち、下痢をしたりたまに吐いたりと、明らかに体調が悪い。インスリンでの血糖コントロールが、少しずつできなくなっていった。
「何とか食べてもらいたくて、食べるタイミングを狙ってごはんをあげたり、フードを温めたり冷たくしたりと、スタッフ皆で試行錯誤しました」
だがいよいよ食べなくなったため、鼻からカテーテルを入れ、流動食を流した。日中、モーちゃんの面倒をみてくれるのは入院担当のスタッフだ。外来担当の吉田さんは、1日の診療が終わるとモーちゃんのもとへ駆けつけた。
さらに朝は早く出勤。夜も遅くまで寄り添い、病院に泊まり込む日もあった。ホストファミリー担当の獣医師と協力しながら、危ない状態のモーちゃんを、極力一人にしないようにした。
その日、吉田さんはグループ病院合同の師長会議に出席するため、他の病院に行かねばならなかった。そこで、一緒にモーちゃんをみてくれている獣医師に頼み、朝来てもらった。
明け方。異変に気づいた獣医師が急いで救命処置を試みるが、そのまま息を引き取った。病院で暮らし始めて3年半がたっていた。
もはや病院の猫のような存在になっていたモーちゃん。だが、病院はお預りしている立場であり、本来は保護団体の猫だ。
「そのためお返しするのが本当なのですが、先方にお願いして、私と院長と、一緒にモーちゃんをみてくれていた獣医師とで火葬させてもらいました。今は病院近くの納骨堂に、歴代の病院の犬猫たちと一緒に眠っています」
毎年の命日、吉田さんは欠かさずモーちゃんに会いに行く。
譲渡のための面談は真剣勝負
この病院では希望者に対し、猫を無条件で譲ることはしないという。
「譲渡の条件は結構厳しいですよ(笑)。『今すぐ連れて帰りたい』とかいう人には、絶対にお譲りしません」
かつては具体的な条件を希望者に伝えていたのだが、すると、虚偽の申告をする人が出てきてしまった。
そこで現在は条件は伏せ、面談を重ねる中で情報を引き出しながら、猫の生涯を託すにふさわしいかどうかを審査。面談の回数は、多いと5回にも及ぶという。
「猫の寿命やかかるお金、猫アレルギー発症などのリスクもご説明。万が一の時、代わりに飼ってくれる保証人も必ず立ててもらい、その人とも直接お話しします。将来飼えなくなってしまう可能性を、少しでもなくしたいから」
「モーちゃんをはじめ、人間の事情にほんろうされてきた猫たちをたくさん見てきました」と吉田さん。そのかかわりから、面談で人を見る目はより真剣味を増したという。猫の幸せをつかむため、吉田さんの「本気の譲渡」に磨きがかかる。
(次回は2月13日に公開予定です)
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