みんなでぺったんこ(山口さん提供)
みんなでぺったんこ(山口さん提供)

動物病院で楽しい思い出作りを 愛玩動物看護師が始めた「ぺったんこ会」

 愛玩動物看護師など動物看護職の方々にお話を聞く連載。山口悠さん(おひさま犬猫クリニック勤務)のエピソードの後編です。「この仕事は天職」と言ってくれた飼い主たちに応えたい。そんな思いで始めたのが、楽しさ満点の「ぺったんこ会」です。ユニークなその中身は?

(末尾に写真特集があります)

不安だらけの動物病院だから

「この仕事はあなたの天職だから、辞めないで」

 前編で紹介したとおり、たくさんの飼い主からもらった言葉を胸に、仕事を続けてきた山口悠さん。だが、やがてこう考えるようになった。

 飼い主の期待に応えるためにも、このままじゃダメだ。一人前の動物看護師になりたい。でも、一人前の動物看護師って何だろう?

「私の中では、パピークラスや飼い主向けセミナーを開くなど、『飼い主さんに提供する人』が、一人前の動物看護師だと思ったんです」

 では、自分には何が提供できるのか。悩んだ末、「動物病院で楽しいことを提供しよう」と始めたのが、「ぺったんこ会」と言う名のイベントだ。

 飼い主に、愛犬や愛猫と一緒に来院してもらい、肉球のスタンプを紙に‟ぺったんこ”。家族写真の記念撮影も行う。

 肉球スタンプは山口さんが持ち帰り、その子の写真とともにデジタル化。木のボードにプリントした「ぱうっどボード」を完成させて、後日自宅に郵送している。ぱうっどボードは、パウ(肉球)とウッドボードを合わせた山口さんの造語だ。購入したひのきの木材をカットするところから、手作りしている。

「特に動物が歳を取ってから行く動物病院って、飼い主さんにとって心配な場面も多いもの。そんな不安だらけの動物病院で、何か一個でも楽しい思い出が作れないかなと思って始めました。もし動物が亡くなっても、つらい治療ばかりではなく、『この病院でこんなことしたよね』と思い出してもらえたら」

ぺったんこ会に来てくれた全員の肉球。「若い子からお年寄りまで、幅広い年齢の動物が参加してくれます」(山口さん提供)

必死に探し出した肉球写真

 病院でぺったんこ会をしたいと考えた際、感触を探るため、まずはまわりの知人に声をかけた。すると、友人の一人が「やってみたい」と名乗り出てくれたと言う。

 ところが一つ、問題があった。友人の愛犬であるボストン・テリアの「ドット」は、数年前に他界していたのだ。

「でも、肉球の写真があればできます。そう伝えたら、家族全員で、必死に肉球の写真を探してくれたんです」

 かいあって、唯一発掘されたのが、肉球をあらわに、ヘソ天で寝ているカット。

「その後も、使用するとっておきの写真はどれにするか、家族会議を開いたそうです。友人には、『ドットは亡くなったけれど、家族全員でドットの話ができてすごく楽しかった』と言ってもらえました」

 ぱうっどボードの制作が、愛犬を思い、家族皆で話す貴重な時間となっていた。「これなら病院でも提供できる」と、手応えをつかんだ出来事だった。

 友人に完成品を届けたところ、さらなるうれしい展開も。

「ぱうっどボードは、普段はドットのお骨のそばに飾ってあるそうですが、夕飯の時間になると、同居しているおじいちゃんがテーブルに立てかけて、ドットと一緒にご飯を食べていると教えてもらいました」

家族の宝物になったドットのぱうっどボード(山口さん提供)

ぺったんこ会がもたらしたもの

 実際のぺったんこ会は、どんな雰囲気なのだろうか。

「動物たちは、初め病院に入ってきた時は緊張していることが多いのですが、『あれ? 病院なのに、今日は痛いことしないかも』ってわかると、楽しそうにしてくれます」

 そんなうちの子を見て、飼い主も自然と笑顔に。飼い主の笑顔を見て動物も、『飼い主さんも楽しそうだから、まあいっか』と、機嫌よく過ごしてくれるのだとか。動物病院とは思えない、ほほえましい光景が繰り広げられているのだ。

 ぺったんこ会は当日はもちろん、その後にも良い影響を及ぼしている。特に犬は、楽しい思い出がある場所からだろう、楽しそうに病院に入ってきてくれると言う。

 動物だけでなく、山口さん自身にも変化があった。

 ぺったんこ会の参加者が、動物の具合が悪くなり来院した際。飼い主とはすでに親しくなっているうえ、ぺったんこ会で何げなく話した動物やお家の情報などを踏まえて会話できるため、飼い主対応がスムーズになり、問診も、より細かく聞き取れるようになったのだ。

 動物は、自分の体調を言葉で話せない。代わって説明する飼い主からの、問診の精度が上がれば、適切な診断や治療につながる。ぺったんこ会の開催は、思いがけず、山口さんの看護の質を上げてくれた。

ぱうっどボード制作の様子。時間をかけて一つずつ手作りしている。ひのきの香りも好評(山口さん提供)

 前編では、飼い主に「この仕事が天職」と言ってもらい、それまでしてきた看護が間違っていなかったと教わった。今回、ぺったんこ会を始めた時も、自信はなかったと語る。

「ぺったんこ会は、動物看護師じゃなくてもできること。正直、『これをすることで、私が目指す一人前の動物看護師になれるのだろうか』と不安でした」

 だが、会を通して飼い主との距離は近くなり、おかげで看護面でも前進できた。

「ぺったんこ会の開催は間違っていなかったと、また飼い主さんから教えてもらいました」

 飼い主と動物と山口さんの共同作業で出来上がる、世界に一つしかない宝物。さわやかなひのきの香りのぱうっどボードが、動物を笑顔に変え、山口さんと飼い主の絆を深めている。

●山口さんが運営する「ぱうっど工房」のインスタグラム:@pawood_workshop

※愛玩動物看護師の国家資格化に伴い、現在、この資格を持たない人は、動物看護師などの肩書は名乗れません。しかし、国家資格化以前は動物看護師という呼称が一般的でした。本連載では適宜、動物看護師、または看護師などの表現を用いています。

【前の回】私のやり方は正しいのかな? 動物看護師の不安をかき消した飼い主の言葉

保田明恵
ライター。動物と人の間に生まれる物語に関心がある。動物看護のエピソードを聞き集めるのが目標。著書に『動物の看護師さん』『山男と仙人猫』、執筆協力に動物看護専門月刊誌『動物看護』『専門医に学ぶ長生き猫ダイエット』など。

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この連載について
動物の看護師さん、とっておきの話
動物の看護師さんは、犬や猫、そして飼い主さんと日々向き合っています。そんな動物の看護師さんの心に残る、とっておきの話をご紹介します。
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