引退供血犬と過ごした波乱の6年間 犬は何歳から迎えても素晴らしい家族になれる
愛玩動物看護師など動物看護職の方々にお話を聞く連載。愛玩動物看護師の島田由梨子さんによるお話の後編です。前編で紹介したとおり、島田さんは、トリマーの羽田真紀さんとルームシェアして、引退供血犬の禅子を家族に迎えました。やがて禅子はメラノーマを発症。二人は抗がん剤治療はしないと決断します。
シャンプー中、爪の異常を発見
禅子が10歳の時。羽田さんが禅子をシャンプーしていると、右の前脚の爪に亀裂が入っているのが目に入った。
「爪が長くて、コンクリートを歩いているせいで欠けちゃったのかな」
そう思い、爪をこまめに切るようにしたが、3カ月たっても亀裂は治らない。
ある日、オテをしていると、爪がプクッと腫れているのに気づいた。病院で診察してもらい、抗生物質を飲ませると、腫れは引いたが、今度は黒いできものが大きくなってきた。そこで改めて皮膚の専門医に診てもらい、細胞の検査をすると、メラノーマ(悪性黒色腫)と診断された。メラノーマは悪性度の高いがんだ。
「そこですぐに、腫瘍(しゅよう)のある指を取る手術をしてもらいました」(島田さん)
獣医師からは抗がん剤による治療も勧められたのだが。
「職業柄、抗がん剤治療で体に負担がかかり、生活に影響が出るケースを見てきました。そこで二人で相談して、抗がん剤治療はしないことにしました」(島田さん)
結果的にこの決断は大正解だった。転移は起こらないまま約3年間、禅子は本当に健康に過ごしたのだ。
「定期健診での血液検査でも、毎回数値に何の問題もなくパーフェクト。この年齢でどこも悪くないことを、獣医師におほめいただくほどでした」(羽田さん)
大好きな旅行先で驚きの回復
だが、13歳を迎えた頃から急に足腰が弱ってきた。そして毎年恒例の北軽井沢旅行を数日後に控えた矢先、禅子はけいれん発作を起こしてしまう。
「悩みました。でも、もしかしたらこれが禅子と出かけられる最後の旅行になるかもしれない。禅子が大好きな場所だから、行こうと決めました」(島田さん)
不安を抱え目的地に着いた瞬間、目を見張った。支えがないとフラフラして歩けないほどだったのが、車から降ろした途端、「自分で行く!」とばかりにスタスタと走り始めたのだ。気持ち次第でこれほど力がわいてくるものかと驚かされた。
滞在中もずっと元気だった禅子だが、帰宅すると旅行前の状態に戻ってしまい、具合が悪そうだった。そして6日後、ついに寝たきりになってしまった。呼吸が荒く、熱もある。命の火は急速に細くなっていくのがわかった。
「ああ、そろそろ逝くのかな」
そう思いつつ二人でかわるがわる休みを取りながら、24時間看病した。皮下点滴をして体調を安定させ、床ずれができないよう体位を変え、発作が起きたら座薬を入れる。
寝たきりになり3日目。仕事が休みで、自宅にいた羽田さんから、「危ないかもしれない」と島田さんに連絡が入った。獣医師が「早く帰っていいよ」と言ってくれたため、島田さんは早退して家路を急いだ。2時間後、二人に見守られながら、禅子はお空にお出かけしていった。
折り目正しい旅立ち
さて、去りゆく直前に、禅子は2つの奇跡を残していった。
1つめは、まさに息を引き取る瞬間のこと。電話が鳴った。禅子を家族に迎えて、最初に会ってもらった友人からだった。
「具合が悪いことは伝えていたので、様子うかがいにかけてきてくれたんです」(島田さん)
きっと、旅立ちの時を禅子が自分で知らせたのだ。電話のスピーカーをオンにして、禅子に声をかけてもらいながら、禅子は眠りについた。
もう1つの奇跡はこんな具合だ。やはり禅子をかわいがってくれていた友人が、亡くなる間際にも駆けつけてくれた。赤ちゃんを連れていたため、「子どもを家に置いて、また来るね」といったん帰宅。禅子が息を引き取ったのは、そのわずか10分ほどあとのことだった。
「禅子はお友達が来ると、必ずお見送りする子でした。この時も、ちゃんとお見送りがしたかったんだろうな」(羽田さん)
友人に礼を尽くし、家族がそろうのを待ってからの、折り目正しい旅立ちだった。
訃報(ふほう)は瞬く間に広まった。すると、何と30人ほどの弔問客が、禅子にお別れをしにやって来た。
「禅子とかかわってくれたほぼすべてというぐらいの人が、わざわざ会いに来てくれたり、お花を送ってくれたりしました」(島田さん。以下同)
病院犬時代は問題行動でまわりを振り回したが、じつは皆、禅子のことが大好きだったのだ。あふれんばかりの供花が、禅子の人柄を物語っていた。
供血犬という尊い仕事
禅子の人生の、前半は病院で働く「仲間」として、後半は家族として生涯をともにした島田さん、禅子から多くのことを教わったという。
禅子のいた病院では、禅子を最後に供血犬を廃止。かわりに、事前に登録してもらった一般の家庭犬から、血液を分けてもらうシステムに変更した。
犬たちの協力の輪で、命を助け合う制度は素晴らしいものだが、病院で輸血が必要になった時、血液がすぐ手に入るという点では、供血犬に勝るものはない。
「禅子がそんな大切な仕事をしていたことは尊敬に値します。供血犬という犬の存在について、世の中の人々にもっと知ってもらえたら」
家に引き取り環境が変わったことで、問題児だった禅子の行動はガラリと変化した。環境がいかに犬に影響を与えるかを痛感した体験を、島田さんは看護業務に生かしているという。動物が入院する際は、家でどんなふうに過ごしているかを飼い主にヒアリング。お気に入りの毛布があれば持ってきてもらうなど、少しでも家の環境に近づけている。
そして何より、禅子が教えてくれたこと。それは、犬は何歳になってからでも、真の家族になれる!
「日本では、『犬を飼うなら子犬から』との風潮が強いですが、成犬や、禅子のようにシニアになってから迎えても、こんなに素晴らしい生活が送れることを、いつか情報発信できたら思っています」
すべてを愛し、何事にも全力で、自分そのままに生きる。これが二人が語る禅子像だ。波乱を乗り越え、禅子とともに駆け抜けた6年間の記憶は、これからも輝きを放ち続ける。
(次回は1月30日に公開予定です)
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