「僕は平成生まれ、でも昭和が似合うんだ」(小林写函撮影)
「僕は平成生まれ、でも昭和が似合うんだ」(小林写函撮影)

行ってしまうんだね おじいちゃん子の元保護猫「サスケ」が激しく鳴いたあの日のこと

 日付が変わる頃、「サスケ」が大声で鳴き始めた。「ニャア、ニャア」とかつてないほど激しく、やむ気配がない。

「どうしたんだろう、珍しいね、サスケが夜中にこんなに鳴くなんて」

 具合でも悪いのだろうかと、幸代さんと家族が心配するうち、サスケは落ち着いた。それで各自、寝室に引き上げた。

 その数時間後、家の電話が鳴った。

(末尾に写真特集があります)

必死に助けを求めていたずぶ濡れの子猫

 都内の住宅地で母親と大学生の娘、高校生の息子と暮らす幸代さんの家にサスケ(オス・推定8歳)がやってきたのは、今から約8年前の雨の日だった。

「お母さん、子猫の鳴き声がするよ!」と、買い物に行く途中で空き地の前を通りがかったとき、一緒にいた娘が声を上げた。

 草むらをかき分けると、小さな白黒のハチワレ猫が、あらんかぎりの声をふりしぼっていた。

 子猫は目が潰れており、ずぶぬれで見るも哀れな姿だった。鳴き声に導かれて人が集まり、「病院に連れて行かなきゃだめだ」「このままでは死んでしまう」「母猫に置いて行かれたのかな」などと口々に言い合った。

 幸代さんの家には、これまで歴代4匹の猫がいた。半年前には、13年暮らした猫を看取(みと)ったばかりだった。

 猫が亡くなるのはつらい。もう二度と動物は飼わない。そう決めていたが、そのまま放置することもできず、幸代さんは子猫を保護して動物病院に連れて行った。

「うちで飼ってあげよう」

 しばらくは通院しながら様子を見ることになった。目は見えるようにならないかもしれない、病院ではそう言われたが、元気になったら、引き取ってくれる家を探すつもりだった。

 だが結局、幸代さんの家の猫になったのは、当時元気だった幸代さんの父親、「おじいちゃん」の一言だった。

「うちで飼ってあげよう、かわいそうだよ」

「こんにちは、僕に会いに来たの?サスケだよ、よろしく」(小林写函撮影)

 幸代さんは、子どもの頃から家に猫がいる環境で育った。それは、両親が猫好きだったことが大きい。

 どの猫も、ある日突然庭にやってきて、両親がご飯をあげているうちにそのまま居着くようになった元野良猫だった。

 猫たちは、家と外とを自由に行き来していた。だがサスケの場合は、完全室内飼いにしようと幸代さんは決めた。幸い視力には問題はなかったが、まだ子猫だし、そのほうが安全だと考えたからだ。

 協力を家族にも仰いだが、おじいちゃんと、幸代さんの母親である「おばあちゃん」は、これまでの習慣が抜けず、何度幸代さんが注意しても外出を容認していた。

 庭で洗濯ものを干しているそばをトコトコと横切って行く様子を、「いってらっしゃい」と見送っている。外の猫と喧嘩(けんか)をして怪我(けが)したり、しばらく姿が見えず、やきもきさせられたりすることもたびたびあった。でもサスケは、必ず家に戻ってきた。

サスケはおじいちゃん子

 おおらかで人見知りもせず、食べることが大好きなサスケが、もっとも心を許していたのは、おじいちゃんだ。

 おじいちゃんはサスケのご飯当番だった。自分の食べているものを欲しがると、隠れて与えたりもしていた。

 食事のとき以外でも、テレビを見るときも、寝るときも、おじいちゃんのそばにはサスケがいた。

「このロフトが寝るのにいいんだけど、おじさんたちには無理か」(小林写函撮影)

 歴代のどの猫も、おじいちゃんはかわいがっていた。だがサスケの場合は、サスケのほうからそばに寄っていった。おじいちゃんは、常になでたり話しかけたりして、ほかの家族の誰よりも長い時間、サスケと交流していた。

 口数は少なく、会社を定年退職してからは菜園での野菜作りに精を出すような、ごく普通の「昭和のお父さん」だった。幸代さんが学生時代、帰宅が遅れて玄関先で怒られたときも、猫を腕に抱いていたほどの猫好き。そして笑顔がとても魅力的だった。

 サスケが家に来てから数年後にがんを患った。手術をし、予後は良好で自宅で元気に過ごしていたが、数年後に転移がわかり、入院した。

 サスケは、ひとりでおじいちゃんのベッドで寝るようになった。

見えないものが見えている

 おじいちゃんが入院して、2カ月が過ぎた夜だった。

 日付が変わる頃、サスケが大声で鳴き始めた。「ニャア、ニャア」とかつてないほど激しく、止む気配がない。

「どうしたんだろう、珍しいね、サスケが夜中にこんなに鳴くなんて」

 具合でも悪いのだろうかと、幸代さんと家族が心配するうち、サスケは落ち着いた。それで各自、寝室に引き上げた。

 その数時間後、家の電話が鳴った。

 おじいちゃんが亡くなった、という、病院からの知らせだった。

「旗代わりの僕のシッポについて来て、ここが頂上だよ」(小林写函撮影)

 サスケは、人の死に対して敏感に何かを感じ取るようだ。

 7年前、幸代さんの夫がくも膜下出血で急逝した夜には、突然息をハアハアさせてあえぎ始めた。まるで夫が、家族と離れてひとりでこの世を去るのが寂しくて、サスケを道連れにしようとしている、そう思わせるような光景だった。

 幸い、動物病院に連れて行って入院させ、事なきを得た。

 おじいちゃんのときは、サスケの体調には変化はなかった。不在を寂しがり、鳴いたり、姿を探してウロウロしたり、ということもなかった。

 今サスケは、家族が出払ってしまった日中、家でひとりで過ごすおばあちゃんにいつも寄り添っている。

 おじいちゃんとしていたのと同じように、一緒にテレビを見て、食事をする。毎日ご飯をくれるおばあちゃんの話相手になり、なでてもらい、満足そうにしている。

 サスケは今も、おじいちゃんの寝ていたベッドで、ときどき昼寝をしている。

(次回は7月14日公開予定です)

【前の回】飼い主思いの“スーパーキャット” 初代猫、悪性リンパ腫からの奇跡の回復と最期の日

宮脇灯子
フリーランス編集ライター。出版社で料理書の編集に携わったのち、東京とパリの製菓学校でフランス菓子を学ぶ。現在は製菓やテーブルコーディネート、フラワーデザイン、ワインに関する記事の執筆、書籍の編集を手がける。東京都出身。成城大学文芸学部卒。
著書にsippo人気連載「猫はニャーとは鳴かない」を改題・加筆修正して一冊にまとめた『ハチワレ猫ぽんたと過ごした1114日』(河出書房新社)がある。

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この連載について
あぁ、猫よ! 忘れられないあの日のこと
猫と暮らす人なら誰しもが持っている愛猫とのとっておきのストーリー。その中から特に忘れられないエピソードを拾い上げ、そのできごとが起こった1日に焦点をあてながら、猫と、かかわる家族や周辺の人々とのドラマを描きます。
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