ポーランド人女性が懸命に保護 動物パスポートがウクライナの犬猫の命をつないだ 

ポーランドにあるイガ・ジョホフスカさんの犬舎にて

 ウクライナへのロシアの攻撃が終わらない。2022年の4月、戦争が始まって2カ月後のポーランドとウクライナへ行った映画監督で作家の山田あかねさん。今回は、「動物パスポート」によって救われた命と、彼らを引き受けたひとりのポーランド人女性のお話です。

(末尾に写真特集があります)

犬や猫たちの命を守るイガ・ジョホフスカさん

 ウクライナへのロシアからの侵攻が始まって、もうすぐ1年になる。1年も戦争状態が続くなんて本当につらい。建物は次々と破壊され、多くの人が命を落とした。厳寒のなか、停電が続き、職を失う人もいて、絶望的な状況だと思う。当然、巻き込まれるのは人だけではなく、動物も多くが犠牲になった。

 が、そんな時でも動物の命を救おうと手を伸ばす人達がいる。自分たちの命が危ない時にでも、である。それは希望なんじゃないか。自分のこと、自分の国のことしか考えない人間もいるけれど、人間以外の命のことを考え、守ろうとする人がいる。彼らの存在は希望だ。

 ロシアの侵攻が始まってすぐに、隣の国ポーランドでは、ペットが簡単に入国できるように「動物パスポート」を臨時に発行した。その数は2022年4月までに2万4千を越えた(現在はしくみが変わっています)。発行された動物パスポートによって救われた命と彼らを引き受けたひとりのポーランド人女性のお話です。

 ウクライナと国境を接する街、ポーランドのプシェミシル。首都ワルシャワから車で4〜5時間の、小さな美しい街だ。ロシアの侵攻が始まってから、ウクライナの避難民が押し寄せる様子が何度も報道されてきた。プシェミシル駅にあふれるウクライナの人達の映像を覚えている人も多いと思う。大きな避難所もあり、世界中からやって来たメディア関係者でにぎわっていたが、2022年4月に訪れた時は、想像していたよりずっと静かで平穏に見えた。

プシェミシルの町

 プシェミシル市には「プシェミシル日本文化センター」がある。ポーランドの小さな街に日本文化を紹介する施設があるなんて、とても珍しい。センター長を務めるのはポーランド人、イガ・ジョホフスカさん。30年近くにわたって、ピアニストの小川敦子さんとともに、日本語教室を開いたり、ピアノコンサートを主催して、日本文化の紹介をしてきた。着物や日本人形の飾られた事務所で聞いた小川さんのピアノ演奏は、迫力があって素晴らしかった。

戦争の傷は動物たちにも残る

広々とした庭にて

 イガさんは動物保護活動を熱心に行っている。プシェミシル郊外の自宅を訪れると、ゆるやかな坂の上に、広大な庭と緑色の一軒家があった。ここでイガさんは保護した100匹近い犬と猫と暮らしている。

 敷地内に入ると10匹くらいの犬が歓迎してくれた。庭のあちこちに犬舎、猫舎が点在して、犬たちは自由に走りまわっている。毎日、犬舎ごとに順番に庭に放すという。庭を散策しながら、犬舎、猫舎をまわる。自然豊かな場所で犬と猫に囲まれて暮らすのはかなり理想的に見えた。

 イガさんは30年近く、行き場のない犬と猫の保護を自宅で行ってきた。フードは手作りで、イガさん自ら、キッチンで大きな鍋でお米と鶏肉を煮込んで作る。家の中にもあちこちに猫がいて、フードができるといっせいに集まってきた。

フードはすべて手作り。猫たちがいっせいに集まってきた

 ロシアの侵攻が始まると、イガさんはウクライナから犬と猫の保護を始めた。2022年3月10日には、ウクライナ中部の都市、タルノポル(Tamopol)に出かけ、13匹の猫を連れて帰った。24日にはオデッサで保護された6匹の猫と1匹の犬、4匹の迷い猫を引き取った。合計24匹になる。

 ウクライナの猫がいる猫舎を見せてもらった。攻撃の激しかったオデッサから来た猫は、隠れていて出てこない。おびえがひどく、警戒心も強くなっているという。フードをそっと差し入れ、猫舎に布をかぶせて、その場を離れた。戦争の傷は動物たちにも残る。

猫舎

 イガさんは心理カウンセラーとして働きながら、ポーランドの動物管理官を10年間務めた。動物が遺棄された現場に駆け付けたり、保護施設を見回るなどの公的な活動を行ってきた。引退後は自宅で保護活動を続けてきた。

「ロシアからの侵攻が始まって、自分でできることをしたいと思って、ウクライナの犬と猫を引き受けてます。それが出来たのは動物パスポートを臨時に発行できたからなんです」

動物パスポートの臨時発行が命をつないだ

 イガさんの紹介で、プシェミシル市の動物管理省(検疫などをつかさどる部署)の獣医師に話を聞くことができた。

 ポーランドでは、ロシアの侵攻が始まってすぐに、ウクライナのペットの受け入れを始めた。通常は動物パスポートのない動物は入国できない。EUでは2004年に動物パスポート制度を導入して、検疫の証明書として国外移動する時の必須アイテムとなっている。しかし、パスポートの申請、発行には1カ月近くかかる。それでは間に合わないと、ポーランド政府は臨時パスポートを発行し始めたのだ。

 その数は侵攻が始まった2月末から4月中旬までに2万3千を超えた。国境沿いの施設に国中から獣医師が集まり、夜を徹してワクチンを打ち、パスポートを発行したという。いわば、動物たちが命をつなぐためのパスポートなのだ。

 イガさんは、そうやって国境を越えてきた犬と猫を受け入れて来た。

「ポーランド政府、獣医師、ボランティア、みんなが集まって、1匹でも多くの命を救おうとしている。人間が起こした戦争で犠牲になる動物を少しでも救わないといけないの」

庭でくつろぐイガさん

 動物を救おうとする人達の連帯にはいつでもどこでも頭が下がる。

 次回はイガさんとともにウクライナに入り、タルノポリのシェルターを訪問した時の話をお伝えします。

【前の回】生き延びた犬を保護するポーランドの動物愛護団体 過酷な状況でも「頑張るしかない」

山田あかね
テレビディレクター・映画監督・作家。2010年愛犬を亡くしたことをきっかけに、犬と猫の命をテーマにした作品を作り始める。主な作品は映画『犬に名前をつける日』、映画『犬部!』(脚本)、『ザ・ノンフィクション 花子と先生の18年』(フジテレビ)、著書『犬は愛情を食べて生きている』(光文社)など。飼い主のいない犬と猫へ医療費を支援する『ハナコプロジェクト』代表理事。元保護犬のハル、ナツと暮らす。

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この連載について
ウクライナの犬と猫を救う人々
ロシア軍によるウクライナ侵攻が始まり、映画監督で作家の山田あかねさんは現地に向かいました。ポーランドとウクライナで動物を助ける人達を取材した様子を伝えていきます。
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