戦争で奪うことのできないもの 「できることを」と被災犬の散歩のため人々が集まる

散歩する市民

 ウクライナへロシアが侵攻してから1年以上が過ぎた。戦争状態が長引くにつれて、人々の暮らしも変わってきたと聞く。海外に避難していた人たちが国内に戻ることも少なくない。どんな過酷な状況でも人はできることを見つけて試みていくのだと思う。

 昨春、ウクライナへ取材に行った。戦禍のなかでも動物を救おうとする人たちに出会い、その勇気と熱量に圧倒された。2011年3月、福島県で起きた原発事故の時もそうだったが、命の危険があっても動物のために奮闘する人間がいる。その存在にはいつも希望をもらう。

 今回は空襲警報が鳴り響く中、被災した犬や猫のために動き出した、ごく普通の人達についてです。

(末尾に写真特集があります)

被災地から救われた犬250匹、猫150匹

 2022年5月、ポーランドの動物愛護団体であるケンタウロス財団のボランティアとともに、ウクライナ西部の都市リヴィウに向かった。避難してきた犬や猫へフードを届けるのが目的だった。ポーランドの国境の町、メディカにあるシェルターから山ほどのフードや医療品、ケージを積んで出発した。車でおよそ2時間、リヴィウに着いた。ユネスコの世界遺産に登録された歴史地区のある美しい街だ。建物の多くは養生され、ロシアからの攻撃に備えていた。

 車は中心部を抜け、小さな丘を登っていく。街のはずれにあるズネシンニャ公園に着いた。公園の中には小規模な野生動物園があり、山羊や野鳥がいた。車は動物園の奥にある巨大な倉庫の前に停まった。

 倉庫の中をのぞくとそこは被災地から救われた犬たちのシェルターになっていた。三畳ほどに仕切られたスペースに数匹ずつ犬がいる。私たちが入っていくと、どの犬も大きな声でほえ立てた。中型犬や大型犬が多く、倉庫のなかに鳴き声がこだましていた。およそ250匹がここで暮らしているという。

 隣に設置されたコンテナには猫がいた。びっしりとケージが並び、1匹ずつ静かに体を丸めている。こちらも被災地から救われた猫たちだ。その数は150匹を超える。

倉庫のなかはシェルターに

被災犬の散歩を志願する人々

 ボランティアスタッフは次々とフードやケージを運び込んだ。その様子を撮影している時、倉庫の前に人が並んでいることに気がついた。家族連れや若いカップルなど、休みの日に公園を訪れたごく普通の人達に見えた。いったい、何のために並んでいるんだろう。目新しいお菓子でも売っているのだろうか。

 彼らの様子を観察していると、倉庫から犬を連れた人が出てきた。シェルターで働くスタッフである。彼はリードのついた犬を並んでいた家族連れに手渡した。小学生くらいの子どもが犬を見て大喜びする。母親とおぼしき人が犬のリードを持つと、一家は公園に向かって歩き出した。少し待つと次の犬が連れてこられ、今度は若い女性2人組がリードを託された。

 シェルターで働くスタッフに尋ねると、リヴィウの一般市民が被災犬のためにボランティアで散歩をしてくれると言う。数人しかいないスタッフでは250匹の犬を毎日散歩させるのは不可能だ。困っていたところ、「手伝いましょう」と声を上げる人が生まれ、いつしか自然に列ができたという。

散歩を待つ市民

 被災犬と散歩している女性2人連れに話を聞いた。2人とも市内在住の大学生だった。

「今は難しい状況ですが、自分にとってボランティアは簡単なことだから。手伝えるなら、なぜやらない? 助けを必要としていることがたくさんある時に、やらない理由なんてないです」

 力強い言葉だった。もう1人はこう話してくれた。

「たくさんの国の人たちが助けに来てくれたことに感銘を受けました。こうなるまで、世界にそんな善なるものがあるとは知らなかったんです。今は厳しい状況だけど、ウクライナ人として東部の人たちを助けるのは当然です。だから自分でできることをやっています。まずは犬の散歩から」

 2人は犬を連れて、公園に歩いていった。彼女達の笑顔が強く印象に残った。

被災犬の散歩をする

戦争で奪うことのできないもの

 戦禍にあっても、助けの必要な人や動物へ手を差し伸べようとする人がいる。彼らは特別な人ではない。ごく普通の市民なのだ。

 その日も数回空襲警報が鳴った。リヴィウは比較的安全と聞いていても、絶対ではない。でも、そんな状況下でも縁もゆかりもない犬のために、自分の時間を差し出すひとがいるのだ。彼らに悲愴感はなかった。子どもを連れた母親は、「犬と散歩が出来て、子どもの気分転換にもなっていいんですよ」と言った。やはり笑顔だった。彼らの笑顔は戦争状態であっても、奪うことのできない貴重な輝きだと思った。彼らの無事を今も祈っている。

猫舎でも人々が懸命に世話をする

【前の回】ウクライナのセンターを訪問 犬たちは「さみしいよ、つらいよ、遊んでくれ」

山田あかね
テレビディレクター・映画監督・作家。2010年愛犬を亡くしたことをきっかけに、犬と猫の命をテーマにした作品を作り始める。主な作品は映画『犬に名前をつける日』、映画『犬部!』(脚本)、『ザ・ノンフィクション 花子と先生の18年』(フジテレビ)、著書『犬は愛情を食べて生きている』(光文社)など。飼い主のいない犬と猫へ医療費を支援する『ハナコプロジェクト』代表理事。元保護犬のハル、ナツと暮らす。

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この連載について
ウクライナの犬と猫を救う人々
ロシア軍によるウクライナ侵攻が始まり、映画監督で作家の山田あかねさんは現地に向かいました。ポーランドとウクライナで動物を助ける人達を取材した様子を伝えていきます。
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