壁に閉じ込められた兄妹猫 ぐったりする妹猫のそばで兄猫は必死に鳴き続けた
駅前のどこからか聞こえる子猫の声。その声は必死さを増していく。個人で保護活動をしている高橋さんが声の元を突きとめたのは6日目。外食チェーン店の外壁の中からだった。個人ボラたちによる救出チームはすぐ動いた。
壁に穴を開けることに了解を得るため、多方面に連絡が必要で、大工さんを呼んで壁に穴を開けたのは深夜を過ぎていた。まだ幼い茶白のオス猫、そして、その奥にはぐったりと動かないサビ柄のメス猫がいた。
一緒に迎えてよかった!
海辺の町で、ゆりさんは夫と猫2匹と暮らしている。猫たちは兄妹で、茶白の小筆とサビ猫の墨である。2匹はきょうも朝からいっぱい遊んだ。窓から冬日が差し込み、重なり合ってうとうとするその光景は、幸せそのものだ。
去年の夏の終わりにやってきたときと変わらず、2匹はすこぶる仲がいい。「ああ、兄妹を一緒に迎えてよかった」と、ゆりさんたちは心から思う。いとおしさは日に日に増すばかりだ。
去年8月に越してきたこの海辺の家は、「猫を迎える」ことを基本条件に見つけた中古の家である。他の家具よりも何よりも最初に入れたのはキャットタワーだった。外から操作できるエアコンや、チャイルドロックできるIHコンロも、これから出会って家族になる猫のためだった。
ゆりさんは、動物好きの家庭に育って、いろいろな生き物と暮らしてきた。「とりわけ猫の寄り添ってくれる感じが好きでした」
旅好き一家に育ち、動物と暮らしたことはなかった夫も、ゆりさんに猫指南を受け、保護猫カフェに一緒に行ってみたら、猫の魅力にドハマりしてしまった。
引っ越したら「猫を迎える」とふたりで決め、越してきた家で、何度も通う保護猫カフェ「鎌倉ねこの間」のホームページを眺めていた夫は、「この子だ!」と、運命の子を見つけてしまう。ちょっとポワンとした表情でこっちを見ている、やさしげなサビ柄の子猫。茶白のお兄ちゃん猫と共に預かり先からねこの間にやってきたばかりで、まだ名はなかった。
サビという柄をまだ知らなかった彼は、なんて不思議な美しい毛色なんだろうと見ほれた。
引き離せない兄妹
さっそく、ふたりでその子に会いに行った。ねこの間のオーナーの永田さんからは「この子は壁に閉じ込められたとき、お兄ちゃんが守ったいのち。すごく仲がいいので、できれば一緒にもらってくれるご家庭が希望」と聞かされた。お目当てのサビの子が夫のひざにやってきた。すると、すかさず茶白の子もやってきて、いっしょにひざに乗るではないか。彼は、ゆりさんに言った。
「ゆりちゃん、こいつら、引き離したらアカン」
ゆりさんに異存はなかった。
「でも、2匹は想定外だったので、経済的なことを話し合ったり、迎える準備をセットし直したりしてから、トライアルを申し込みました」と、ゆりさん。
トライアル開始日は、ゆりさんが仕事で家を空けていた。ゆりさんの元には、夫からこんなメールが届く。「ゆりちゃん、猫いる。尊い。おれ、どうしたらいい?」
そんな彼を見て、2匹を連れてきた永田さんは笑って言った。「この子たち、一緒なら、なんにも心配ありませんよ」
壁の穴から1匹、奥にもう1匹
2匹が一緒にもらわれていくと決まったとき、保護してしばらく預かった高橋さんも、譲渡先を見つけるために「鎌倉ねこの間」に迎えた永田さんも、その感慨はひとしおだった。幼くして壁の中で死を前にするという怖い体験を共にし、弱っていく妹のそばで必死にSOSを発し続けた兄。2匹にはぜひ温かい家庭で一緒にしあわせになってほしかった。
当時、生後3カ月ほどと思われる2匹の命はすんでのところで救われたのだった。個人で保護活動を続けている高橋さんが、知人からこんな知らせを受けたのは、昨年7月のこと。駅前を歩いていたら、子猫の鳴き声が聞こえたというのだ。高橋さんはすぐに歩いてみたが、鳴き声は聞こえなかった。そのあと、また別の知人から同じ知らせが来た。「毎日、同じ場所を通ると子猫の鳴き声がする」
このビルの壁から聞こえてくると、ようやく探り当てたのは、最初の知らせから6日目の朝。外食チェーン店の壁だったが、店内ではなく、外階段の壁の中からである。耳を当てると、鳴き声はもう必死で、命の限界が迫っているようだった。一刻の猶予もない。
すぐさま、救出チームを組んだ。「壁に穴を開けて、閉じ込められている子猫を救う」ことに了解を得るためには、店のスタッフ、店長、チェーン店のオーナー、不動産屋、ビルのオーナーとたどっていってやり取りをする必要があったため、最終了解を得たのは、深夜を過ぎていた。
すぐに知り合いの大工さんが駆け付け、壁に耳を当てて居場所を特定し、ドリルは危ないので、ドライバーや小さなのこぎりで少しずつ慎重に穴を開けていく。
小さな穴が壁に開くや、そこから茶白の子猫が顔を出した。その子を救い出したあと、念のために奥に手を伸ばすと、そこには、ぐったりと動かない子猫がいた。サビ柄の子である。茶白の子が鳴き続けてくれたので、場所が特定できて、ぎりぎり救われた二つのいのちだった。
ノラの母猫と共に移動するとき、または、母猫が子猫を隠したとき、天井裏から壁の隙間に落ちてしまったと思われた。幼い子猫が生き延びるためにできることは、ただ声を限りに鳴き続けることだった。
なくてはならない存在として
小筆と墨。互いになくてはならぬ、ぴったりの名をもらった2匹は、迎えたふたりにとっても、なくてはならぬ存在だ。
猫と暮らしてみてすぐわかったことが3つあると、夫は言っている。「ものすごく柔らかいこと。僕たちと会話ができること。心の隙間にポッコリ入ってくること」だそうだ。
そして、こう会得した。「猫と僕とは、お互いにいなくても生きてはいけるけど、いた方がお互いにずっとしあわせになる存在だ」と。
そんなことはとっくに承知のゆりさんは言う。
「私たち、そんなにケンカはしないんですけど、ちょっと険悪になりそうになると、小筆が周りをウロウロし始めるんです。それを見て、ふたりで『うふふ』ってなっちゃいます。猫がいるだけで、うふふの毎日です」
外にいる猫たちのために日々心を砕いている人たちのことを知ったゆりさんたちは、自分たちにできることをと、1年前には預かりボランティアも体験している。今後も預かりなどできることは続けるつもりだ。
「いずれ3匹目を迎えるとしたら、女の子だったら『硯(すずり)で、男の子だったら『文鎮』かな」「書道3きょうだいね」
そう言って笑い合うふたりの2匹への願いは、高橋さんや永田さんと同じ。のんびり、のびのび、そろって長生きしてほしいことだ。
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