動物支援ナースは埼玉県災害支援ネットワーク「彩の国会議」に所属している。所属団体が年に一度集まって行う「協働型避難訓練」で、避難所でのペットの様子を再現した(西村さん提供)
動物支援ナースは埼玉県災害支援ネットワーク「彩の国会議」に所属している。所属団体が年に一度集まって行う「協働型避難訓練」で、避難所でのペットの様子を再現した(西村さん提供)

看護の力で被災地を支える「動物支援ナース」 声にならない声をひろう

 動物医療と人医療、両方の看護師としてのキャリアを持つ西村裕子さん。フリーランスの講師として、動物看護師に「看護」の力を伝えてきました。そんな西村さんが現在尽力しているのが、災害をテーマに活躍する動物看護師の育成です。

(末尾に写真特集があります)

猫とまた暮らすために頑張る患者

 動物が好きな動物看護師として、山口県の動物病院で働いていた西村さん。ところがいつしか、「もっと看護を学んでみたい」と思うように。7年間勤めた動物病院を辞め、人の看護学校の門をたたいた。動物医療から、長い看護の歴史を持つ人医療の世界へ飛び込んだのだ。

 卒業後、正看護師として病院で働き始めた。ある時、足を骨折した高齢女性の患者を受け持った。女性は猫を飼っていると言った。

「元通り歩けるようになるのは難しく、家族は介護施設に入ることを勧めました。でも、『猫のミューちゃんが待っているから、絶対家に帰りたい。立てるようにならなきゃ』って、リハビリを頑張る姿が印象的でした」と、西村さんはその時の様子を語る。女性にとって、「猫とまた一緒に暮らす」という目標が、リハビリの目覚ましい活力源となっていた。

 西村さんは、この目標を踏まえて看護計画を立てた。理学療法士と連携を取り、家庭訪問を依頼。バリアフリー化のアイデアを出してもらう。助成金を申請し、自宅を改修した後に退院できるよう調整した。女性は杖歩行にはなったが、見事猫の待つ自宅へ帰る思いをかなえた。

「回復を促したり、いつもの生活を取り戻すお手伝いをしたり、病があっても健やかに暮らせるよう支えたり。そんな看護の力を実感した出来事でした」

白黒猫
西村さんの愛猫「ふくまる」。漫画『おじさまと猫』に登場する猫のふくまると、模様が似ていたのが名前の由来(西村さん提供)

 6年たった時、古巣である動物医療のニュースを耳にする。当時動物看護師は民間資格だったが、将来国家資格化を目指し、業界全体が動き始めたというのだ。レベルの高い人材育成のために新しく作られたカリキュラムを、教える教師が必要とされていた。

 自身が感じた看護の力を、動物看護師のたまごたちに伝えたい。西村さんは病院を辞め、動物看護師を養成する専門学校に就職する。看護を実践する側から、教える立場へと変わった瞬間だった。

災害支援で求められる看護の力とは

 現在は山口県で活動する西村さんだが、講師になって2年後、家族の転勤で一時期関東に住むことになった。これを機に、人と動物の両方の看護師として教えるフリーランスの講師になった。

 引っ越しは西村さんに、もうひとつ転機をもたらした。

「関東に来てみたら、とにかく地震が多くて驚きました。当時、犬を2匹飼っていたのですが、『もし災害が起きたら、この子たちを連れてどう避難すればいいんだろう』と不安になり、防災について勉強を始めました」

2匹の犬
現在の西村さんの愛犬。ミニチュア・シュナウザーの「小梅」と、ビション・フリーゼの「珠子」(西村さん提供)

 学びを深めるうちに、「災害支援は動物看護師が活躍できる分野」と確信するようになる。

「震災発生直後は、けがをした動物を治療する獣医師を支える役割が多いかもしれませんが、その後長期にわたる、被災した人や動物をいつもの日常に戻すための支援では、動物看護師にできることはたくさんあります」

 震災でペットを失った人の心のケア。動物の様子がおかしいと飼い主に言われたら、体調が悪いのか、震災におびえているのか、プロの目で動物を観察できる。必要なら、被災地でも開いている動物病院に連絡を取り、獣医師へつなぐことも可能だ。

「平常時でも避難先の受付でも、自分の家族である動物を守りたい飼い主さんと、人の対応に手いっぱいで、動物どころではない行政とで信念対決が始まる光景が見られます。そんな時も、動物のプロであり、つねに飼い主さんと獣医師の間で、俯瞰(ふかん)して物事を見るのに慣れている動物看護師が、上手に仲介できるでしょう」

 日頃の備えを啓発する際も、能力を発揮できる。例えば、ケージに入れるとほえる犬や、猫の多頭飼いなど、ペットとの避難が一筋縄ではいかないケースもある。普段の業務で、各家庭に合わせたケアや飼い方指導を行っている動物看護師なら、飼い主と一緒に行動計画を考えられる。

 逆に言えば、個別に合わせた目標や計画を作り支援する。そうした流れを考え実践できる。動物看護を行う上で必要となるこれらのスキルを、災害支援というテーマを通して学べるということになる。

 やがて、チャンスがめぐってくる。千葉科学大学動物危機管理教育研究センターの特命研究員として、動物の災害支援を学ぶプログラムの作成に携わることになったのだ。受講対象者は社会人である動物看護師に限定。修了すると「災害支援動物危機管理士®」の資格が取得できるというものだ。

大学での演習風景
千葉科学大学動物危機管理教育研究センターでの演習風景(西村さん提供)

必要な物資を必要な数届ける

 2018年には、この資格取得者を集めて「動物支援ナース」を立ち上げた。動物支援ナースの隊員は、普段は地元のイベントなどで、災害に関する普及啓発を行う。いざ自分の住む地域で災害が起きれば現地に駆けつけ、他県の隊員は物資を送るなど後方支援をする。

 2019年の東日本台風では、動物支援ナースが所属する、埼玉県災害支援ネットワーク「彩の国会議」の一員として埼玉県に、2020年の豪雨では熊本県人吉市に、それぞれ地元の隊員が支援に入った。すると他の隊員は協力して、熱中症にならないための湿度計や温度計、また粉じんがひどいとの現地情報を得て、ペットの目の洗浄剤も送った。

「日頃から顔の見える関係でつながった団体だからこそ、現地のニーズを正確に把握し、必要なものを必要な数だけ届けることができます」

 動物支援ナースの理念は「声にならない声をひろう」だ。埼玉県を支援した時は、隊員が避難所を訪問して、困りごとはないかを聞いて回った。

「ある被災地では飼い主さんがペットに水をあげていたら、『自分たちで飲め』と怒られてしまったそうです。『人間が大変な中、動物のことなんて口にできない』と、肩身の狭い思いをしながら耐えている人も多い。そんな中、動物支援ナースが訪問すると、安心して相談してもらえると感じています」

イベントでのブース
イベントでブースを出し、啓発活動を行う。動物看護師が、地域の飼い主と話せる貴重な機会となっている(西村さん提供)

 災害に関する活動は、動物看護師が動物病院から地域に出る、よいきっかけになるという。

「飼い主さんから相談や質問が飛び交い、それに対して専門知識にもとづいたアドバイスができる。専門職としてのやりがいを、地域の皆さんからいただけるんです」

 現在隊員は40人。今後も人数を増やし、支援の手が各地に伸びてゆくのが願いだ。

「いつか、獣医師の指示を仰ぎながら、動物看護師がタブレットひとつ持って飛び回れるような動物医療のスタイルを作っていきたいですね。これが確立できたら、家庭への訪問動物看護や、災害時にも活躍の幅が大きく広がるはずです」

 看護の力を身につけた動物看護師が、家庭へ、地域へ、被災地へ羽ばたく。西村さんと「教え子」たちが、災害支援の、そして動物看護師の未来を変えてゆく。

(次回は8月23日に公開予定です)

【前の回】悲しむ飼い主にどう言葉をかければ? 模索続けた動物看護師が10年後に見つけた答え

保田明恵
ライター。動物と人の間に生まれる物語に関心がある。動物看護のエピソードを聞き集めるのが目標。著書に『動物の看護師さん』『山男と仙人猫』、執筆協力に動物看護専門月刊誌『動物看護』『専門医に学ぶ長生き猫ダイエット』など。

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この連載について
動物の看護師さん、とっておきの話
動物の看護師さんは、犬や猫、そして飼い主さんと日々向き合っています。そんな動物の看護師さんの心に残る、とっておきの話をご紹介します。
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