「ナナよ。たらいはとても落ち着くの。お風呂と同じよ」(小林写函撮影)
「ナナよ。たらいはとても落ち着くの。お風呂と同じよ」(小林写函撮影)

猫たちがしたいように、自由に穏やかに 多くの猫を看取りたどり着いた境地

 都内で夫と小学生の娘と暮らすM美さんの家には、10年ほど前まで13匹の猫がいた。そのほとんどはM美さん自身が保護し、家に迎えた。

(末尾に写真特集があります)

もう、これ以上動物を増やすつもりはない

 そのうち11匹はすでに亡くなり、今、家にいるのは白グレーのメス「おとめ」と、黒白のオス「ブー」で、それぞれ19歳と17歳。そこに数年前にキジ白のメス猫「ナナ」と、保護犬のオス「小次郎」が加わった。ナナは、高齢の飼い主が介護施設に入居することになったために引き取り、小次郎は、夫の知り合いを通じて北海道から受け入れた。

 もう、これ以上動物を増やすつもりはない。自分たちの年齢や体力を考慮すると、そのほうがよいと考えている。今いる子たちを見送ったら、これまでできなかった家族旅行にのんびりでかけるつもりだ。

1日でも長く生きられるよう、できるだけのことを

 これまで、動物病院の世話になった回数は数え切れない。

 猫を迎えたらまず診察と検査、子猫の場合は時期がきたら避妊・去勢手術、その後もちょっとした体調不良や風邪、けがをすればすぐに近所のかかりつけ医のもとへ走った。マンションの3階に住んでいた頃には誤ってベランダから落ちて骨折をし、3カ月間入院した猫もいた。

 おとめは、尿路結石症のために過去3回入院して手術をし、石を取り出してもらっている。

 当時、家にはまだ大勢の猫がいた。トイレで血尿をみつけたが、誰がしたものかはわからない。M美さんは「犯人」を見つけるために一日中外出を控え、砂を掻く音がしたらトイレに飛んで行って確認した。それでおとめのものだと判明した。

眠る猫
「おとめです。ここで生まれ育って来年で20年になるのよ」(小林写函撮影)

 看取りは、何度経験しても慣れない。いつかくる別れの日は、1日でも先にのばしたい。病気だとわかれば、できる限りの治療はしたいと思う。

 だが、それは猫の年齢や、病気の種類による。高齢で完治が望めない場合は別だ。

 そう考えるようになったのは昨年、三毛猫の「はっち」を15歳で看取ってからだった。

はっちは突然息を引き取った

 はっちは、1歳ぐらいのときにブーと一緒に家にごはんを食べに来ていたところを保護し、家の猫にした。人なつっこいブーとは違い、人間に対しての警戒心が強く、何年たってもM美さんとの間には微妙な距離があった。膝に乗って甘えることもなかった。

 ただブーのことは大好きで、いつもあとをついてまわり、寝るときもぴったりくっついていた。

 はっちは、ある時期から気管支炎をわずらうようになった。喘息のような状態になると病院に連れて行ったが、毎回、捕まえてキャリーバッグに入れるのはひと苦労だった。

 病院では投薬などの対症療法しかないようで、症状が著しく改善されることはなかった。

 そんなとき、知人から評判のよい近所の病院をすすめられた。M美さんはセカンドオピニオンを受けるつもりで足を運んだ。

 その病院では、酸素室に入れてもらった。おかげで呼吸がだいぶ落ち着き、効果を認めたM美さんは酸素室をレンタルし、家に設置して在宅ケアをすることにした。

 だが、はっちは酸素室を嫌がり、入れようとしてもすぐにくるりと向きを変え、ブーのところへ一目散に走って行ってしまう。

猫2匹は仲良し
「あなたが近くにいてくれると安心よ、ブー」(小林写函撮影)

 それでもなんとか掴まて、酸素室に入れた。すぐに、ぜいぜいしていた呼吸が落ち着いてきた。ああ、よかった、楽になったと安心したのもつかの間、はっちはそのまま、すーっと息を引き取った。

 唖然として、すぐには涙も出なかった。

 これが、寿命だったのだろう。苦しまずに旅立てたことは、よかったのかもしれない。

 そう思えるようになったのは、だいぶ時間が経ってからだ。それでも、無理をして知らない病院に連れて行ったのがストレスで死期を早めたのではないか、酸素室ではなく、多少苦しくてもブーのそばで旅立たせてやるべきだったのでは、という悔いは残った。

雑種
「小次郎です。かっこよく撮ってよ」(小林写函撮影)

 現在、19歳のおとめと17歳のブーにも気になる症状は出ている。

 おとめは3年ぐらい前から夜中に突然「ぶぎゃー」と鳴き叫び、家の中を疾走するようになった。

 ブーは夜中にミャアミャア鳴き、ご飯をねだるようになった。必ずしも空腹というわけではなさそうだが、フードを与え、そのあと膝にのせてなでてやると安心した様子をみせる。

 こんな日が続くと人間は寝不足になる。猫の夜鳴きを緩和させる薬を処方してもらえると聞いたこともある。だが、そのために病院に連れて行き、場合によっては検査を受けさせなければならないことを考えると二の足を踏む。

 ブーは診察台の上ではいつも肉球にべったりと汗をかき、ときに粗相をする。おとめは、通院後は疲れ切った様子でよろよろと家の階段をのぼる。

猫のリズムに合わせて余生を送らせる

 2匹と一緒に過ごせるのは、あと数年だろう。もうストレスのかかることはさせたくない。人間のほうが生活リズムを猫に合わせ、睡眠時間を確保すればいいだけの話と、M美さんは割り切ることにした。

 食事も、おとめはキャットフードは口にせず、刺し身ばかりを欲しがる。人間用の鯖缶の缶汁やバター、のりなども大好物だ。

 本当は猫に与えるのはよくないこととわかってはいる。でも、食べたいものがあり、それを食べられるのは幸せなことだ。

 M美さんの父は生前、テレビで医療ドキュメンタリー番組を見ながらポツリと言ったことがある。

「人間らしい生活ができず、管につながれた病院のベッドでいつまでも生かされるのは嫌だな」

 それはきっと、猫も同じだ。

(次回は4月8日公開予定です)

【関連記事】世話できたのは13匹まで 遺棄、虐待、出産、野良…次々と訪れた不幸な猫との巡り合い

宮脇灯子
フリーランス編集ライター。出版社で料理書の編集に携わったのち、東京とパリの製菓学校でフランス菓子を学ぶ。現在は製菓やテーブルコーディネート、フラワーデザイン、ワインに関する記事の執筆、書籍の編集を手がける。東京都出身。成城大学文芸学部卒。
著書にsippo人気連載「猫はニャーとは鳴かない」を改題・加筆修正して一冊にまとめた『ハチワレ猫ぽんたと過ごした1114日』(河出書房新社)がある。

sippoのおすすめ企画

sippoの投稿企画リニューアル! あなたとペットのストーリー教えてください

「sippoストーリー」は、みなさまの投稿でつくるコーナーです。飼い主さんだけが知っている、ペットとのとっておきのストーリーを、かわいい写真とともにご紹介します!

この連載について
動物病院の待合室から
犬や猫の飼い主にとって、身近な存在である動物病院。その動物病院の待合室を舞台に、そこに集う獣医師や動物看護師、ペットとその飼い主のストーリーをつづります。
Follow Us!
編集部のイチオシ記事を、毎週金曜日に
LINE公式アカウントとメルマガでお届けします。


動物病院検索

全国に約9300ある動物病院の基礎データに加え、sippoの独自調査で回答があった約1400病院の診療実績、料金など詳細なデータを無料で検索・閲覧できます。