「小次郎、鼻が長いね」「近眼なので鼻がぶつかっちゃうんだよ、ブー」(小林写函撮影)
「小次郎、鼻が長いね」「近眼なので鼻がぶつかっちゃうんだよ、ブー」(小林写函撮影)

世話できたのは13匹まで 遺棄、虐待、出産、野良…次々と訪れた不幸な猫との巡り合い 

「うち、猫は3匹しかいないんですけど、それでも大丈夫ですか?」

「猫についての話を聞かせて欲しい」と、友人からの紹介でM美さんに最初に電話をしたとき、こう返事が返ってきた。M美さんは都内で夫と建築業を営み、小学生の娘が1人いる。

 3匹といえば、普通は多いと考える。少なくとも、少なくはない。それを「しか」と表現するのはもっともだった。10年ほど前まで彼女は、13匹の保護猫と暮らしていたからだ。

(末尾に写真特集があります)

動物に囲まれて育つ

 今、M美さんの家で暮らす猫は白グレーのメス「おとめ」、黒白のオス「ブー」、キジ白のメス「ナナ」で、それぞれ19歳、17歳、15歳。ほかに、推定6歳の保護犬「小次郎」がいる。

 高齢猫ならではの心配ごとはある。それでも13匹の世話をしていた頃に比べると、今の生活は比べようもないほど穏やかだ。

 日差しがたっぷり差し込むリビングでは、おとめとブーがぴったりとくっついてまどろんでいる。壁には、その光景を見守るように、この家から旅立って行った歴代の猫たちの写真が飾られている。

テーブルの下の猫
「おとめと申します。生まれも育ちも東京のこの家よ」(小林写函撮影)

 生活の中にたくさんの動物がいることは、M美さんにとってはあたりまえのことだった。

 犬猫だけでなく、ハムスター、ウサギ、アヒル、ニワトリ、コイや熱帯魚……と数えきれないくらいの動物に囲まれて育った。犬は5匹、家と外とを自由に行き来させながら飼っていた猫は多いときは10匹はいたと記憶している。

また猫を迎えるように

 動物好きな両親は自宅で建設業を営んでいたため飼育に十分な敷地があり、野良猫も来やすい環境だった。

 M美さんは結婚してしばらくは社宅暮らしになったため、一時的に動物との縁は切れた。それが家業を手伝うことになり、実家の近くのマンションに暮らしはじめたことを機に、猫との暮らしが再びはじまる。

猫をなでる
「私、頭いいから重いでしょう」(小林写函撮影)

 1匹目の黒猫には、当時実家で飼っていた犬を動物病院に連れて行った際に出会った。待合室に保護した2匹の子猫を連れてきた女子高生がおり、もらい手が見つかっていないというのでそのうちの1匹を引き取った。

 2匹目の白黒猫も、動物病院がきっかけだった。待合室で知り合った保護猫ボランティアから「虐待された猫がいる」と聞き、心を動かされて会いにいき、そのまま連れて帰った。

 3匹目の茶トラは、夫が仕事先から帰る途中に立ち寄ったスーパーの駐車場で、いつの間にか車の下に潜り込んでいた子猫だった。からだが汚物まみれで放って置けずに連れてきた。夫は、無類の猫好きだった。

まさかの出産で一気に4匹増えた

 マンション住まいでは3匹が限界だ。そう思っていたところへ予期せぬことが起こる。

 M美さんの父親が入院し、本格的に仕事を引き継ぐことになったのだ。M美さん夫妻は、マンションから実家に戻ることになった。

 当時、家の前には事務所として使用している建物があり、そこにはグレーと白毛のメス猫がおなかを空かせて訪ねてきていた。整った顔立ちのとても人慣れした猫で、決まったオス猫と連れ立って来ることもあった。寒くなるとM美さんは寝床をつくってやり、夜でも中に入れるように事務所の窓を少し開けておいた。

脱衣所に猫
「ナナよ。騒がしい居間より、静かな脱衣所が気に入ってるの」(小林写函撮影)

 ある朝、事務所の扉を開けて中に入ると、昨日とは違う空気にM美さんの心はざわついた。生温かいような、何か知らない生き物の匂いがした。

 恐る恐る猫の寝床を見に行く。そこにはまだ目も開かない毛の濡れた3匹の子猫が、グレーの母猫にぴったり寄り添っていた。

 これでM美さんの家の猫の数は3匹から一気に7匹に増える。最初は、子猫は人に譲ろうとチラシも作ったがご縁がなく、情が移って手放せなくなった結果だった。この3匹の子猫のうちの1匹が、今19歳のおとめだ。

最も多い時で猫が13匹

 7匹いたら、もう何匹増えても同じ。そう考えていたM美さんは、それから4年の間に次々と猫を迎えることになる。

 それは、母猫に育児放棄されたらしい、ヘソの尾がついたままの息も絶え絶えの赤ちゃん猫だったり、夫が仕事の現場で拾ってきた子猫だったり、家や事務所にご飯を食べに来る成猫だったりした。今、家にいる17歳のブーも通い猫の1匹で、人も他の猫も大好きな様子だったので家に迎えた。

写真
「僕たち私たちみんなお世話になったんだ」(小林写函撮影)

 猫は無条件にかわいい。自分で見つけた場合でも、誰かが拾ってきた場合でも、1日でも面倒を見てしまうと離れがたくなる。

 朝昼夕方と日に3回掃除機をかけ、食事は朝晩2回、猫ごとの好みに合わせて調整したフードを器に並べ、大きなトレーにのせて運ぶ。トイレはすぐに汚れるので掃除は欠かせず、猫砂とキャットフードはあっという間にストックがきれた。まだネット通販が一般的でなかった時代、ときにバイクでディスカウントショップを日に何度も往復し、重い袋を運んで腰を痛めたこともある。

 猫が13匹になったとき、さすがにこれ以上の世話は無理だと考えた。それからは、出会いがあっても涙をのみ、譲渡先を探した。

 猫を迎えるのをやめて4年後にM美さんに娘が生まれ、同じ年に初代猫が亡くなった。

 それから1匹、1匹と猫たちは空へ旅立っていった。縁あってナナと小次郎を迎えたのは、猫たちの数が半分に減った頃だった。

 次回、後半へと続きます。

(次回は3月25日公開予定です)

【前の回】猫の多頭飼い、この子のためは自分のため 長い時間をかけてたどりついた2匹の姿

宮脇灯子
フリーランス編集ライター。出版社で料理書の編集に携わったのち、東京とパリの製菓学校でフランス菓子を学ぶ。現在は製菓やテーブルコーディネート、フラワーデザイン、ワインに関する記事の執筆、書籍の編集を手がける。東京都出身。成城大学文芸学部卒。
著書にsippo人気連載「猫はニャーとは鳴かない」を改題・加筆修正して一冊にまとめた『ハチワレ猫ぽんたと過ごした1114日』(河出書房新社)がある。

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この連載について
動物病院の待合室から
犬や猫の飼い主にとって、身近な存在である動物病院。その動物病院の待合室を舞台に、そこに集う獣医師や動物看護師、ペットとその飼い主のストーリーをつづります。
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