保護猫シェルター付きのカフェ 心強いかかりつけの獣医師はまるで正義の味方みたい

 東京23区の北東部の町にある保護猫シェルター併設カフェ&スペース「すあま商會」は、長く猫の保護活動をしてきた店主のすあまさんが、ライターという本業を持ちながら今年2月に開業した店だ。「コーヒーを1杯飲むだけで、保護猫たちの生活を支えることができる」というコンセプトで運営している。

(末尾に写真特集があります)

少しずつ距離を縮めて

 カフェの奥にある保護猫シェルタースペース、通称「猫部屋」は、明るいイエローの壁に窓から自然光が差し込む約10平方メートルの空間だ。壁に取り付けた猫ベッドやキャットステップなどの猫用グッズは、モダンなマンションのインテリアにもなじむ上質なものを選び、「猫との生活」が想像できる雰囲気に仕上げた。

 猫部屋では常時5〜6匹の保護猫が暮らす。生後4カ月程度の子猫から貫禄のある成猫まで、年齢も保護された背景もさまざまだ。

 外にいた猫たちは、最初は人間を警戒し、シャーシャーと激しく威嚇をする場合が多い。子猫は比較的環境に順応しやすいが、成猫は時間がかかる。すあまさんは、どの猫に対してもしんぼう強く、毎日少しずつ距離を縮めていく。

2匹の猫
「よう主膳(しゅぜん)。俺テレビに出てるんだ。ん?入ってるのか」(小林写函撮影)

 そうして、「ちゅーる」を手から食べてくれたり、なでられて気持ちよさそうにしてくれたり、お客さんとおもちゃで遊ぶようになっていく姿を見るとうれしい。

 そこまで心を開いてくれなくても、ここは安全な場所だと理解した猫たちの表情がやわらぎ、ひっそりと隠れながらでもくつろぐ姿を目にすると、威嚇されてもいとしさがこみあげる。

 けんかをしたりじゃれあったり、ときには接触を避けながら、狭い空間内で猫たちは折り合いをつけて社会を形成している。そこからは、動物としての賢さと、たくましい生命力を感じる。

偶然の出会い

「すあま商會」には、近くに心強いかかりつけの動物病院がある。

 その病院の院長先生と知り合ったのは、今から5年ほど前の夏の夜のこと。たまたま夜散歩をしていたすあまさんが、散歩中の小型犬、パグが車に跳ねられたのを目撃したのがきっかけだった。

 飼い主のおばあさんが目を離したすきの出来事だった。車はそのまま走り去り、すあまさんは動揺しているおばあさんの手を取り、ぐったりしているパグを抱えてその場でタクシーを拾った。近所に24時間夜間緊急受け付けを行っている病院があるということは知っており、携帯で検索して電話をかけると院長先生が出たので、事情を説明した。

猫トンネルと猫
「この足形をたどるには後ろ向きに歩くのかな」(小林写函撮影)

 病院に着くと、短パンにTシャツ、サンダルばきの長身で体格のいい中年の男性が現れた。彼が院長先生だった。自宅が近所らしく、そこから駆けつけてくれたようだった。

 パグは幸い大事には至らず、診察室で応急処置をしてもらった。

 最初は、少しぶっきらぼうな対応に感じた。だが、日をまたぐ時間帯だったにもかかわらず丁寧にパグを診察し、処置をする姿に接するうち、朴訥(ぼくとつ)で誠実という印象に変わった。

正義の味方のごとく

 この先生のことは、常に頭の片隅にあった。

 だから、すあま商會を開業して間もない頃、保護主が連れて来た成猫がキャリーバッグからケージに移す際に飛び出して、猫部屋のエアコンの上に登って天井との間に「籠城(ろうじょう)」してしまうという事件が起きたとき、まっさきに先生に電話をした。

 猫は連れて来られたときから爪にけがをしていた。興奮して威嚇が激しく、手に負えなかったため往診を頼んだ。

ケージと猫
「おまえんちのフード、食べないならいただくぜ」(小林写函撮影)

 看護師は連れずに1人でやって来た先生は、パンチを繰り出してくる猫にちゅうちょすることなく、右手を伸ばして鎮静剤の注射を打った。猫がおとなしくなったところで、けがの処置をしてくれた。

 以来すあまさんは新しい猫を迎えるたびに、血液検査やワクチン接種、駆虫などの初期医療を、通院と往診でこの先生に頼んでいる。

猫
「クッシーです……」(小林写函撮影)

 通院は、猫にとっては大きなストレスとなる。往診をしてくれるのは本当にありがたい。

 先生は、どんな状況にも動じない。部屋の隅っこに隠れてかたまっている猫にも、威嚇してくる猫にも、片手で器用にブスッとワクチンなどの注射を打つ。子猫の場合は、首根っこをひょいと捕まえて駆虫薬を一刺しだ。どんなに人なれしていない猫でもお手のもので、猫たちはあらがう暇もない。

 任務が終わると長居は無用とばかりに立ち去る姿は、猫たちの健康を守る正義の味方のヒーローのごとくだが、猫たちにとってはそうでもないようだ。

 先生が猫部屋に入ると、それまでくつろいでいた猫たちが急にそわそわし出し、警戒態勢に入る。すっかり人なれしたはずの子猫がボワッと毛を逆立てるのを見ると、その豹変(ひょうへん)ぶりにすあまさんが笑いを抑えられない。

猫も人も幸せに

 すあまさんの目標は、開業したばかりの店を継続させること。そして将来は、後継者を見つけて「保護猫シェルター付き店舗」を広めることだ。カフェでなくても、美容院でもブティックでも、花屋でも、業態はなんでも構わない。

 わざわざ保護猫に会いに出かけるのではなく、いつも立ち寄る町の商店の一角に、保護猫シェルタースペースがあたりまえのようにある。そんな世の中になれば、猫も人も幸せになれると考える。

(※この記事の写真の猫は、すでにシェルターを卒業した猫も含まれています)

(次回は11月12日に公開予定です)

【前の回】保護する人も猫も、幸せになれる形を目指して シェルター併設のカフェを開いた

宮脇灯子
フリーランス編集ライター。出版社で料理書の編集に携わったのち、東京とパリの製菓学校でフランス菓子を学ぶ。現在は製菓やテーブルコーディネート、フラワーデザイン、ワインに関する記事の執筆、書籍の編集を手がける。東京都出身。成城大学文芸学部卒。
著書にsippo人気連載「猫はニャーとは鳴かない」を改題・加筆修正して一冊にまとめた『ハチワレ猫ぽんたと過ごした1114日』(河出書房新社)がある。

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この連載について
動物病院の待合室から
犬や猫の飼い主にとって、身近な存在である動物病院。その動物病院の待合室を舞台に、そこに集う獣医師や動物看護師、ペットとその飼い主のストーリーをつづります。
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