猫を保護する人も猫も、幸せになれる形を目指して シェルター併設のカフェを開いた

 東京23区の北東部の町にある、都内有数のアーケード商店街から1本入った路地に建つビルの2階。レトロ調の黒いドアを開けると、頭上でチリリンとアイアン製のベルが心地よく鳴る。落ち着いた雰囲気のカフェスペースの奥には、大きなガラス窓がはめ込まれた部屋があり、柔らかな日差しを浴びながら昼寝をしたり、走り回る猫たちの姿が見える。

(末尾に写真特集があります)

ある女性との出会い

 この保護猫シェルター付きカフェ&スペース「すあま商會」が開業したのは、2021年2月だ。店主のすあまさんの本業はライターだが、猫とのつきあいは30年以上におよぶ。

白黒猫
「りょうといいます。大人びた顔立ちだけど、生まれて数カ月だよ」(小林写函撮影)

 東海地方の自然豊かな土地で生まれ育ったすあまさんにとって、猫はものごころがついた頃から身近な存在だった。小学生のとき、下校時に家までついてきてそのまま飼い猫となったキジトラ柄の子猫「みゃーこ」は、17年の猫生をまっとうして亡くなった。つらくて毎日涙が止まらず、「もう一生猫は飼わない」と決めた。

 だが数年後、この決意は仕事で出会った一人の女性によって崩れることになる。彼女はNPO法人を設立し、猫の保護活動を行っていた。1年間にわたる取材期間中、自宅を訪れるといつも保護猫が数匹いた。

 あるとき、彼女は言った。

「この子、もらい手がまだ決まらないんだけど、あなた引き取らない?」

「りこ」という名のキジトラの雌の子猫だった。ビニール袋にほかの子猫と一緒にまとめて入れられ、捨てられていたうちの1匹だという。

 すあまさんは、どこかみゃーこと似たおもかげがあることと、女性の助けになるならという理由で引き受けた。暮らしていたマンションは、たまたまペット可の物件だった。

自然な流れで手伝うようになった

 その1年後、今度は「クッキー」という名の黒猫の雄の子猫を引き取った。クッキーも、段ボールに入れられ、放置されていた猫だった。

 このときも単純に猫助け、人助けと思って家に迎えた。それからは女性が保護した猫を知人や友人に紹介するなど、自然な流れで譲渡先探しに手を貸すようになった。

 悲惨な境遇から救われた命が、心ある人の家にもらわれていくのはうれしかった。だが、世の中に「人間の手を介して捨てられた猫」がいるという事実を目の当たりにするうち、理不尽さと憤りを感じるようになった。

猫
「エミよ、よろしく。今夜は月でも眺めながら、大吟醸でも飲もうかしら」(小林写函撮影)

「かわいい」「かわいそう」というイメージの裏に潜む残虐さから目を背けられなくなったすあまさんは、より積極的に保護活動にかかわるようになった。

 女性の活動を手伝うかたわら、自宅近くの保護猫シェルターでボランティアをしたり、近所の公園などで暮らす飼い主のいない猫のTNRを行った。

 捕獲した中で病気の猫は家に連れて帰り、自身の書斎を「病室」にあて看護をした。

寝転がる猫
「主膳(しゅぜん)です。遊びすぎた。もー無理」(小林写函撮影)

 だが、手狭な自宅での保護活動には限界も感じた。一時は活動を中止したが、折しも、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、家での執筆の仕事が増えてきた。

 出かけなくてもできる仕事が増えれば、もっと違う形で猫の保護活動に力を入れることができるかもしれない。それは、保護猫用に部屋を借り、さらに出費を増やすことではなかった。猫のために利益を生み出せる「保護猫シェルター併設の店」を開くことだった。

猫に興味がある人もない人も

 店の業態はカフェに決めた。すあまさんがコーヒー好きであることが理由だった。

 これは一般の「保護猫カフェ」とは異なる。保護猫カフェは、入店時にお客に規定の入店料を払ってもらい、一定の時間、猫たちとたわむれてもらう仕組みだ。お客は基本的に保護猫を家族として迎えることを積極的に考えている猫好きに限られ、ドリンクは「添え物」の扱いといえる。

 すあまさんの考える猫シェルター併設のカフェは、味にこだわりのあるドリンクやフードを提供するカフェが主体。それに魅力を感じて訪れるお客は、猫好きばかりではない。

茶白猫
「茶白の僕はだいず。隣のハチワレはごま。どちらもあんこになるよ」(小林写函撮影)

 だが、保護猫シェルター内の猫が目に入れば興味を持つ人が現れ、未来の「猫たちの家族候補」になるかもしれない。もちろん、猫目的の訪問も可能で、1人1品注文し、帰るときに任意の寄付金を箱に入れることが条件でシェルター内に入室してもらう。常時譲渡の相談にも応じる。

 カフェの利益は、すべて猫の生活費や医療費にあてる。つまり猫に興味のある人もない人も、コーヒーを1杯飲むだけで、保護猫の命をつなぐ手助けができるという仕組みだ。

理想の形に挑戦しよう

 すあまさんは長くボランティアとして保護活動をしていた経験から、猫を保護して譲渡するという一連の行為を、事業としてきちんと成立させたいと考えていた。

 事業として回す仕組みが構築できれば、健全な活動ができる。猫を保護する人々も猫たちも、双方が幸せになれる理想の形に、挑戦しようと決めた。

 自宅から歩いて通える距離に物件をみつけ、事業計画書を作成し、金融公庫から資金を借りた。

 カフェと保護猫シェルター、それぞれの営業許可を取り付けるため、いくつも資料をつくり、何度も役所に足を運んだ。

 店舗の内装は、男性にも抵抗のないインテリアにすることを重視。壁はブルーグレーを選び、道具はイギリスを中心とした木製のアンティークで統一した。

 ドリンクは、すあまさんお気に入りの喫茶店の直焙煎(ばいせん)豆をハンドドリップでいれたコーヒー、フードは、世界のサンドイッチが売りだ。サンドイッチは、レシピを発表している料理研究家にコンタクトをとり、すあま商會流にアレンジして提供する了承を得た。

 開業して8カ月、営業期間中のほとんどが緊急事態宣言下という厳しい状況にあって経営はおおむね順調だ。リピーター客も増え、すあま商會で家族と出会い「卒業」していった保護猫は20匹余になる。

(※この記事の写真の猫は、すでにシェルターを卒業した猫も含まれています)

(次回は10月22日に公開予定です)

【前の回】食欲が落ちた14歳の愛猫 動物病院へ行くと、放っておけば余命半年と告げられた

宮脇灯子
フリーランス編集ライター。出版社で料理書の編集に携わったのち、東京とパリの製菓学校でフランス菓子を学ぶ。現在は製菓やテーブルコーディネート、フラワーデザイン、ワインに関する記事の執筆、書籍の編集を手がける。東京都出身。成城大学文芸学部卒。
著書にsippo人気連載「猫はニャーとは鳴かない」を改題・加筆修正して一冊にまとめた『ハチワレ猫ぽんたと過ごした1114日』(河出書房新社)がある。

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この連載について
動物病院の待合室から
犬や猫の飼い主にとって、身近な存在である動物病院。その動物病院の待合室を舞台に、そこに集う獣医師や動物看護師、ペットとその飼い主のストーリーをつづります。
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