月は夜会集合の合図 何でも話せる夜更かし友だち、猫の「三毛ちゃん」
イラストレーターの竹脇さんが育った奥深い住宅地。この場所で日々繰り広げられていた、たくさんの猫たちと犬たちの物語をつづります。たまにリスやもぐらも登場するかも。
おっかない三毛ちゃん
30年くらい前の野良猫たちは「そこにいるもの」として、住宅街に溶け込んでいたように思う。その頃、私が生まれ育った家の庭にやってきた野良猫たちは、ゴハンだけ食べにくる猫もいれば、居座る猫もいた。そして生きるのに困って助けを求めてきた猫たちは、みんな家の中に入れた。
母は「ここはホスピスみたいなものだから」と言いつつ、うつってしまう病気もあるので、猫たちをそれぞれの部屋に分けて工夫をしていた。しかし、どんなに弱ってもかたくなにイエネコになることを拒否し、捕獲に失敗すれば辛い体を持ち上げ、ふっといなくなってしまう子もいるから、無理強いはできなかった。
ラバーちゃんのように庭に作った小屋に定住し、最終的に自然と家に入ってくれることが理想だったが、最後まで孤高の存在として生きた「おっかない三毛ちゃん」のような猫もいた。
このおっかない三毛ちゃん、「ギラリ」という目つきで、とにかく怖い。ちょっとでも近寄ろうものなら空気砲を出し、今にも飛びかかってきそうな雌猫だった。
でも私はそんな三毛ちゃんが大好きで、いつも懲りずに話しかけていた。
三毛ちゃんとの秘密の関係
私が学生の頃の2階の勉強部屋は、窓の外が天井の高い1階部分の屋根につながっていて、私はその屋根の上に出て夜空を眺めるのが好きだった。親に見つかると叱られるので、みんなが寝静まった頃、こっそり窓から出て夜の空気を思いっきり吸い込んでいた。
ある月のきれいな夜、窓から屋根に出ると、勝手口の塀をつたって三毛ちゃんがやってきた。「アンタ、そんなところでなにやってんのよ」とでも言うように「ギロリ」と視線を私に向けたが、「ふんっ」と鼻息をひとつつくと1メートルくらい離れた場所に座った。
それから私たちのひそかな夜会はたびたび開催され、三毛ちゃんは私の夜更かし友達になった。
ある冬の日、雪が降り始めたかと思うと都会では珍しく吹雪になった。私は三毛ちゃんの事が心配でたまらなくなり、いつか役に立つだろうと取っておいた頑丈な円柱の段ボール箱にセーターを入れ、外側をビニール袋で覆って入り口を小さく開け、小屋を作った。
そしてこっそり窓の外に出ると、私がいつも足場にしているひさしと屋根の間にねじ込んだ。心配で平たい胸がさらにつぶれそうだったが、待っていても仕方ないのでベッドに入り、浅い眠りについた。
翌朝窓の外を見ると、降り積もった雪の上に小さな足跡があった。「もしかして!」そう思いそっと小屋をのぞくと、丸まった三毛ちゃんがすやすやと眠っていた。私はうれしくて誰かに話したかったが、これはふたりだけの秘密。学校から帰ってきたらぬれたセーターを取り換えようと、ふわふわした気持ちで学校に行った。
そして帰宅してすぐに小屋をのぞくと、なんだかもっとあったか仕様になっていた。さすが我が母、とっくの昔に私たちの秘密に気付いていたらしい。それからは母も協力してくれて、三毛ちゃんは幾つも冬を越えた。
意志を尊重して…
歳を取った三毛ちゃんは屋根には登らなくなり、庭に作った専用の小屋でのんびり過ごすようになったけれど、やはり触らせてはくれなかった。いっそ小屋ごと家に入れてしまおうかと何度も何度も母と策を練ったけれど、結局三毛ちゃんの意思を尊重することに決めた。
そして命の炎が消えそうなころ、ふっと三毛ちゃんは姿を消した。
そんなに遠くに行けるような体ではなかったので、母と私は血眼になって庭中這いつくばって探したけれど、結局見つけられなかった。
しばらくして家を少し改築することになり、庭に面した床下の一部が露出した。母親と床下をのぞき込み、「この下あたりに三毛ちゃん、いないか……いたーっ!!!」
2人で大声を上げてしまった。
小柄な猫が入って行けるくらいのスペースに、寝ているような形で丸まった三毛ちゃんの亡きがらがあった。2人で顔を涙でくしゃくしゃにしながら、もう夜だから明日の朝、一緒に弔おうと決めた。
翌朝、早起きをした私に母は「三毛ちゃんをあの木の下に埋めたよ」と庭の真ん中のハナミズキを指さした。
「これから学校に行くあなたが大泣きしてしまったら、三毛ちゃん、せっかく彼女らしく旅立ったのに、台無しにしてしまうでしょ?」と言われ、私は小さくうなずいて庭に出た。あの雪の日、私の作った小屋で初めて眠ってくれた姿を思い出し、視界がにじんだ。
お別れはやっぱりつらいよ、三毛ちゃん。いつか私がそっちに行ったら抱っこさせてね、と手を合わせたけれど、クールにギロリとにらまれたような気がして、うん、うん、それでいいよ、と、私はハナミズキの幹をぽんぽんとたたいた。
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