フィクションだから描けた、伝えたいこと 『犬部!』脚本家・山田あかねさんが語る
東北の大学の獣医学部で犬や猫たちの命のために奔走する若者たちを描いた、映画『犬部!』。脚本を担当した山田あかねさんは、フィクション・ノンフィクションを問わず人間を描く作家であり、映画監督でもある。山田さんが本作に込めた思いとは? 山田さん自身も驚いたという印象深いシーンとは? 映画公開を前に、とっておきの秘話をご紹介!
主人公・花井颯太のモデルは「とんでもない人」
東京都内で動物病院を営む、太田快作獣医師がその人だ。山田さんは『犬部!』の映画化の依頼を受けたとき、まっさきにその太田さんに会いに行ったという。
「この10年ほど、ずっと動物愛護の現場をテーマに取材を続けてきました。『犬部!』は実話をもとにした原案があります。映画化するにあたっては、どうしてもご本人に会っておかねば、と思ったんです」
アポイントを取って2時間ほど話をしてみた山田さんの、太田さんへの印象は?
「桁外れの、とんでもない人(笑)」
動物を思う気持ちは誰よりも熱い。獣医療のありかたや動物愛護への問題意識も高い。
「脚本も書くけど、この人の『日常』を追いたい」
山田さんはその後1年間にわたって、太田先生に密着。そこでカメラに収められた日々は、昨年、ドキュメンタリー番組としてテレビで放映され、絶大な反響を得た。
「同時に『犬部!』の脚本を構成しました。事実を下敷きにしながらも、演じるのは人間も動物も、すべて俳優さん。映画はあくまでフィクションです」
実話をベースにすることの難しさ
「ノンフィクションだからこそ、描けないことってあるんですよ。たとえば、原案になった『犬部!』には実在の人物がたくさん出てきます。が、映画では主人公の颯太以外はすべて、架空の人物にしました。『モデルになったのはあの人かも』って臆測されることで、当時の関係者に迷惑がかかることだってありますから」
映画の中では、多頭飼育崩壊した現場に乗り込んだ颯太が警察に捕まるシーンもある。
「太田さんには『逮捕されちゃってもいいですか?』って聞きました。もちろん、過去にそういう事実はありません。あくまでもフィクションです。ご本人はあっさりと『いいよ、別に』って言うんですが、こうやって映画にすると『太田さんって、昔逮捕されたことがあるんだ』って誤解する人は、何人かは出てきますから」
本作には太田さんのエピソードを軸にしながら、山田さんが全国各地、海外にまで足を延ばして取材しつづけてきた、動物愛護の現実が数々盛り込まれている。
「それがフィクションの強みです。ノンフィクションでは描き切れないところまで、欲張りに取り込んでみました」
中川大志さんのたたずまいにドキッとした
花井颯太の親友、柴崎を演じるのは中川大志さん。大きな夢と理想を掲げて動物行政の世界に一歩を踏み出すも、挫折を経験する難しい役どころだ。
「林遣都さんの太田さんが乗り移ったかのような演技もすばらしかったんですが、まだ若い中川大志さんが、見事に柴崎の葛藤を再現してくださったのには、感動しました」
挫折を味わい、犬部の仲間たちともしばらく距離を置いた柴崎。ある日、元犬部が開催した犬の譲渡会の場にふらりと現れる。
「おーい!って元気に顔を出すんじゃないんです。ふわっと、どこか弱々しい笑顔を浮かべて現れる。すっかり復活したのか、まだまだなのか。だけど確実に、前に向かって一歩を踏み出そうとする姿がリアルで、自分で脚本を書いたくせに、どきっとしました」
柴崎の挫折と復活のエピソードには、台湾で取材した、女性獣医師のエピソードが取り入れられている。
「どんなに理想を掲げてみても、動物愛護の現場はうまくいかないことばかり。携わる人はみな、葛藤を抱えます。その悩ましさを表現したかったんです」
映画にはそのほかにもさまざまな人物が登場する。動物愛護にそれほど熱心ではない、ごく普通に動物病院を経営している獣医師。多頭飼育を崩壊させてしまうペットショップのオーナー。保健所の動物を解剖実習に使う大学教授と学生たち。
「どの人物にもドラマがあります。中には困った人も出てきますが、それを絶対的な『悪』として描きたくなかったんです」
伝えたいのは「知ること」の大切さ
「多頭飼育を崩壊させた人も『犬を増やして懲らしめてやろう』とか『猫を増やして近隣に迷惑をかけてやろう』なんて思ってませんよね。誰も悪意なんて持っていないし、動物を可愛いと思う気持ちは同じ。飼えなくなったからと言って、安易に手放す人も元は不幸な犬や猫を増やすためにやっているわけじゃない。ではなぜそこに問題が生じるのかといえば、『知らない』からなんです」
動物と暮らすのは楽しい。だが、飼育する上で知っておくべきことはいろいろある。山田さんは多くの取材現場で、そうした「知識不足」による悲劇をいくつも見てきた。
「誰かに相談できれば、こんなことにはならなかった。もうちょっとお金があればトラブルは回避できた。そんなケースを減らしたい。それがこの映画の根本かもしれません」
動物を飼う上での義務感や責任感は「知る」ことで自然に醸成されていく。
「誰もが動物を飼える世の中になったらいいと思うんです。高齢でも、お金がなくても、ひとり暮らしでも。ただ、一人ひとりが知識を持って、困ったら声を上げる。困っていたら誰かが助ける。そんな社会を作っていくこと。そのためには、やはり『知ってもらう』ことから始めないと。
この映画で可愛い動物に癒やされ、若い獣医師たちの奮闘をみつめながら、少しでも人と動物の幸せについて考えてもらえたら、こんなにうれしいことはありません」
- 『犬部!』
- 2021年7月22日(木・祝)全国ロードショー
監督:篠原哲雄 脚本:山田あかね 原案:片野ゆか「北里大学獣医学部 犬部!」(ポプラ社刊)
出演:林遣都、中川大志、大原櫻子、浅香航大ほか
配給:KADOKAWA
『犬部!』公式ホームページ
(c)2021『犬部!』製作委員会
『犬部!』の特集はこちら
sippoのおすすめ企画
「sippoストーリー」は、みなさまの投稿でつくるコーナーです。飼い主さんだけが知っている、ペットとのとっておきのストーリーを、かわいい写真とともにご紹介します!
LINE公式アカウントとメルマガでお届けします。