愛猫の体に不調が出たら、見直すのは私の生活 1人と1匹うまく暮らせる方法探して

 都内でひとり暮らしをするパティシエの英美さんが、「ジョゼ」と名付けたロシアンブルーの子猫を迎えたのは2012年の夏だった。

(末尾に写真特集があります)

首輪の下に小さな傷

 人見知りで警戒心は強いが、実は好奇心旺盛で活発。初めて暮らす猫の一挙手一投足に驚いたりハラハラしたり、笑ったり泣いたりしたりしながら1年半が過ぎた。

 ジョゼの首輪の下に、掻きむしったような小さな傷と脱毛の痕跡を見つけたのは、英美さんが自身のパティスリーの開業を1カ月後に控えたときだった。

 連れて行った動物病院では、食物等によるアレルギーが原因だと診断された。首輪はやめて、フードをアレルギー用の療法食に替えるようにと指導された。

グレーの猫
「保護色で隠れてるの。わからないでしょ」(小林写函撮影)

 だが、症状は一進一退を繰り返し、なかなか快復しない。

 いっとき症状がおさまり、フードの効果が出てきたのかと安心した。その矢先、夏も本番になった頃に再び発症した。今度は掻きむしったあとが膿のような状態になって首の周りに広がっていく。

 英美さんは、家の近くの別の動物病院に飛び込んだ。

「気持ちが不安定になっているのかも」

 インターネットで探したところだった。30代後半と思われる女性獣医師が院長を務め、皮膚の病気を得意としていた。

 ジョゼの診察をし、血液検査や寄生虫の検査などで異常がないことがわかると、院長は英美さん自身の生活について尋ねた。仕事の内容や1日のスケジュール、最近大きな変化はなかったか、などだった。

 ジョゼと暮らしはじめたときは企業に勤務するパティシエだったこと。その1年後に自身の店を立ち上げるために退職し、半年間の準備期間を経て4カ月前に開業したこと。現在は早朝から深夜まで働いていること。

 英美さんが、ジョゼを迎えてからの2年間を一通り話し終えると、院長は言った。

「皮膚の病気は根本原因がわからないことも多いのですが、ジョゼちゃんの場合は、ストレスの可能性が高いですね。飼い主さんの生活の変化によって、気持ちが不安定になっているのかもしれません」

神経が張り詰めていた

 不安定にさせる原因は、単に不在時間が長いことだけではないだろう。会社員時代も、英美さんは長時間働いていたからだ。ただその後、開業準備のためにあてた半年間は自宅にいることも多く、時間の余裕はあった。思う存分ジョゼの相手をすることもできた。

 ジョゼは英美さんと一緒に遊ぶのが大好きだ。じゃらし棒を使いながら、追いかけっこをするように部屋中を走り回ると喜んだ。

 だが、開業してからは毎日ヘトヘトで、帰宅後も、休日にもその元気はなかった。ジョゼと一緒にいても、なでてやっていても、常に頭から店のことが離れず、神経が張り詰めていた。

 店の経営はまだまだ軌道にのりそうもなく、この先、どうなるかもわからない。不安と背中合わせの日々に、何の罪もない愛猫を巻き添えにしてしまったことが辛かった。自分に対する不甲斐なさや怒りのやり場もない。何より、自分のような飼い主のもとへ引き取られたジョゼが、かわいそうでならなかった。

顔をのぞかせる猫
「ベッドの下に隠れようと思ったのに、行き止まりだ」(小林写函撮影)

 そんな英美さんの気持ちを察したかのように、院長は笑顔で言った。

「お仕事が悪いわけでも、英美さんのせいでもないですよ。英美さんのお仕事は英美さんにしかできないこと。でも、ジョゼちゃんにとっての飼い主さんも英美さんだけ。ともに暮らす運命として導かれてきた子なんですから、1人と1匹でうまく生活していける治療方法を探しましょう」

頼れるお母さんのよう

 食事は、ジョゼが好きな通常のフードに戻すことになった。ジョゼのストレスを少しでも減らすためだった。そして皮膚の炎症を抑えるための内服薬と、気持ちを安定させる向精神薬を自宅で投与しながら様子を見ることになった。

 治療は効果があり、皮膚の状態は改善された。英美さんも家にいるときは、できるだけ気持ちをジョゼに向けるように努めた。

 薬なしでも過ごせるようになり、喜んだのもつかのま、開業して初めてのクリスマスシーズンが終わる頃、今度はお腹と腿の裏側にひどい脱毛の症状が現れた。

 クリスマスは、パティシエにとっては1年で最大の繁忙期だ。クリスマス前の数日間は、食事も満足に取れず、寝る暇もなくなる。英美さんも店に泊まり込みでケーキの製作に没頭した。

 そのせいだと英美さんは落ち込み、動物病院へ向かった。ジョゼは恐らく生まれつきアレルギー体質で、環境の変化がもたらすストレスにより、脱毛などの症状として出てくるのかもしれないと考えた。

抱っこされる猫
「お母さんにだいじにしてもらってるの」(小林写函撮影)

 院長と相談をし、今後もジョゼの体調を見ながら投薬治療を続けることになった。

 院長は、心配ごとがあればいつでも電話をくださいねと、携帯電話の番号を教えてくれた。そして実際、どんな小さなことでも親身なって話を聞いてくれた。忙しくて英美さんが薬を病院まで取りに行けないときは、入院犬の散歩途中の看護師さんが、ポストに薬の袋を入れてくれた。

 子を持つ母でもあるという院長は、英美さんにとっても「頼れるお母さん」のような存在だった。

唯一無二の存在

 それから6年が過ぎた。ジョゼの皮膚炎とのつきあいは、今も続いている。

 ジョゼに症状が出るときは、英美さんのからだと心に余裕がないときが多い。

 だから症状が出はじめたら、まず自分自身を振り返る。仕事を抱え込みすぎていないか、心配ごとに気を取られ過ぎていないか。そして可能な場合は仕事をセーブし、気持ちを切り替えるためにジョゼと遊んだり、なでたり、話しかける時間を持つようにする。

 すると、薬に頼ることなく皮膚炎が治る場合がある。英美さん自身の肩の力も抜け、リラックスできる。

グレーの猫
「床下に隠れたらって、私ネズミじゃないわよ」(小林写函撮影)

 英美さんの店は、開業して3年間は売り上げに伸び悩んでいが、ジョゼをモデルにしたイラストを描いた缶入りのクッキーを発売したところ、大ヒット商品となった。経営は一気に上向き、安定した。

 抱っこするとグルグルとうれしそうに喉を鳴らすジョゼは、仕事でもプライベートでも、英美さんを支える唯一無二の存在となっている。

【前の回】人生初の猫との暮らし、戸惑いだらけのスタート 命を預かる責任ひしひしと

英美さんのお店「アディクト オ シュクル」のインスタグラム

宮脇灯子
フリーランス編集ライター。出版社で料理書の編集に携わったのち、東京とパリの製菓学校でフランス菓子を学ぶ。現在は製菓やテーブルコーディネート、フラワーデザイン、ワインに関する記事の執筆、書籍の編集を手がける。東京都出身。成城大学文芸学部卒。

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