災害時にペットを守るために この10年の法制度の変化と今できる備え

 ペット関連の法律に詳しい細川敦史弁護士が、飼い主のくらしにとって身近な話題を、法律の視点から解説します。今回は、ペットと災害です。

ペットと離ればなれに

 東日本大震災から10年を迎えました。

 私は被災地には入っていませんが、その当時のことを振り返りつつ、この10年で災害時の動物の扱いに関する法制度がどう変わったのかを説明したいと思います。

 最初は、避難所にペットを連れていけないという問題があちこちで起きました。そのため、被災者が動物と車中で寝泊まりし、体調を崩したり亡くなるケースもありました。避難所から仮設住宅、公営住宅に移っても、ペットを連れていけず、被災者の心の支えが必要なときにペットと離ればなれになるという問題が続きました。

 ただ、誰もが初めて直面した問題は、地震による原子力発電所の被害を受け、人の安全を守るために政府が行った原子力災害対策緊急措置法に基づく原発20キロ圏内の警戒区域の設定でした。犬や猫などのペットのみならず、牛や豚や鶏などの家畜についても置き去りにせざるを得ませんでした。

 緊急災害時には、人命、人の安全が最優先であるとしても、それが一段落した時点で、警戒区域内に残されたペットや家畜をどうやって助けることができるのかという問題が生じました。

眠る猫
災害時にペットを連れていけないという問題が起きた

 しかしながら、当時、法律のどこを見ても、緊急災害時における動物の取り扱いを定めた条文はありませんでした。災害対策基本法、原子力災害対策緊急措置法はもちろんのこと、動物愛護管理法にさえ、緊急災害時の動物の扱いについて、大枠の対応指針でさえ定められていませんでした。

 例えば、災害対策基本法に基づいて国が作成する「防災基本計画」という400ページくらいの細かいルールがあるのですが、その基本方針にも、動物の「ど」の字も書かれていませんでした。これには当時、驚くとともに、困りました。法令上の根拠がなければ、国や自治体にいくら動物保護の要請をしても、行政はすんなりと動くことはできないからです。

 放射線により取引対象にならなくなった家畜を警戒区域外に移動することさえ、容易にはできず、基本的には全頭殺処分となりましたし、殺処分ですら、すぐにはできずに放置されたままでした。生き物ですから、つながれたり囲われたりして自分で食べ物を得られないペットや家畜はすべて餓死し、一方で動ける動物は野生化しました。

 このときばかりは、動物のための法律は全くもって無力でした。

ペットの同伴避難の必要性

 緊急災害時に動物の取り扱いを定めた法令がないために災害現場が混乱した経験を踏まえ、最初に動いたのは環境省です。2013年8月に『災害時におけるペットの救護対策ガイドライン』を作成公表しました。ここでは、ペットとの同行避難の必要性が強調されています。

 というのも、災害時、飼い主がペットを連れて避難しなければ、時間がたつにつれて迷子動物の捜索は困難となりますし、不妊去勢未了の動物が放浪状態で繁殖すれば、生態系や野生動物に影響を与える可能性がある上に、事後的な動物の保護には多大な労力、時間、費用を要することになります。

 そのため、災害時の同伴避難は、動物愛護の観点からはもちろんですが、飼い主責任の観点からも求められます。加えて、避難所にペットを連れていけないために自宅に残ったり、車内で寝泊まりした結果亡くなった人がいることからすれば、ペットとの同行避難を推進することは、人の心身を守ることに外なりません。

コーギー
ペットとの同行避難推奨は人の心身を守ることにつながる

 2018年3月には、熊本地震の経験と課題を踏まえ、その改訂版にあたる『人とペットの災害対策ガイドライン』が発行されました。

 ただ、あくまでもガイドラインであり、法的な拘束力はは強くはありません。

 あわせて、法律関連についても以下のような大きな動きがありました。 

 震災から1年半後、2012年8月の動物愛護管理法改正により、都道府県が制定する動物愛護管理推進計画の中に、災害時における動物の適正飼養及び保管を図る施策について定めることが明記されました。

 また、災害対策基本法に基づき都道府県や市町村が策定する防災計画の中にも、それまで動物に関するルールはほとんどなく、複数回の災害を経験した新潟県や、新宿区など一部の意識の高い自治体にしかなかったのですが、今では数え切れない自治体において、動物の取り扱いについて明記されています(環境省のホームページに資料が公開されています)。

 さらに2020年5月には、国の防災基本計画の中に、次のような「家庭動物」の文言が盛り込まれました。

  • 普及啓発項目の一つに、「飼い主による家庭動物との同行避難や避難所での飼育についての準備」
  • 避難所における家庭動物のための避難スペースの確保等に努める
  • 必要に応じて、仮設住宅における家庭動物の受け入れに配慮する

 このように、いくつもの災害の経験を経て、国や都道府県・市町村の防災計画に動物の取り扱いが盛り込まれ、10年前とは状況は大きく変わりました。

ペット同伴の防災訓練を普通の光景に

 また、法令の整備とあわせて、平時の備えとして大事なことは、防災訓練をペットとともに実施することです。

 防災訓練のときにペットを連れてくることで、飼い主に対し、同行避難の意識づけをしてもらう効果があることはもちろん、ペットを飼っていない住民に対しても、災害時のペット同行避難が飼い主の責務の一内容とされていること、有事の際には避難所にペットがやってくる可能性があることを周知させる効果があるでしょう。

 最近でも、ある地区でペットと防災訓練を実施したという内容がときどき報道されていますが、それは、こうした防災訓練のやり方について、社会一般的にはまだもの珍しくニューストピックになるからといえるでしょう。ペット同伴の防災訓練が全国各地で当たり前のように実施され、報道の必要もないくらいに普通の光景になることを期待したいです。

(次回は4月19日に公開予定です)

【前の回】飼い主の死後もペットの暮らしを守るために 遺言やエンディングノートの活用を

細川敦史
2001年弁護士登録(兵庫県弁護士会)。民事・家事事件全般を取り扱いながら、ペットに関する事件や動物虐待事件を手がける。動物愛護管理法に関する講演やセミナー講師も多数。動物に対する虐待をなくすためのNPO法人どうぶつ弁護団理事長、動物の法と政策研究会会長、ペット法学会会員。

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この連載について
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