2階建てバスの保護猫カフェ「ひだまり号」 誕生の背景にオーナー夫妻の壮絶な人生が
名古屋に一風変わった保護猫カフェがある。2階建てバスを改装したユニークなスペースで猫と触れ合える「ひだまり号」だ。さらに近くにはI C U付きのシェルターを備え、赤ちゃん猫や病気の猫はここで養育・治療する。そんな取り組みの根っこには、オーナー夫妻の想像を絶する人生があった。
人懐こい20〜25匹がおもてなし
名古屋市西区。住宅街の角を曲がると突如、派手なバスが現れる。後方のドアから入り1階で受け付けを済ませ、手を洗い、フリーのドリンクを持って2階へ。
と、いるいる。走り回る子、猫じゃらしで遊ぶ子、ご飯中の子、ひざでくつろぐ子、すやすや眠る子。市の動物愛護センターから引き取る猫を中心にした、およそ月齢3カ月からの20〜25匹が自由気ままに過ごしながら、おもてなししてくれる。
中はイメージしたより広く、通常12名の定員を、コロナ対応のため2020年4月以降は半数に限定中。換気システムも整う快適な空間だ。
「アズキはあれからどうなりました?」と、以前いた猫の近況を問いかけるのは、常連の三上佑介さん。
「1年ほど前から週2ペースで通っています。もう生活の一部ですね。ここの猫たちは本当にのびのびとしていて、お客さんが来るのがうれしいみたい。人間を信頼しているからではないでしょうか」
2階建てバスを見てひらめいた
バスが置かれているのはオーナー宅の駐車スペース。なぜ2階建てバスを使ったのかを、オーナーの祖父江吉修さんに聞いてみた。
「最初は建物の見積もりを取ったのですが高額で。当時私は運送業を営んでおり、なんとかならないかと考えながら車を運転していた時、たまたま横を通った2階建てバスを見てこれは、とひらめき、調べたらサイズが見積もりの建物図面とほぼ同じ。帰り道に中古バス専門店へ飛び込み、予約しました。そして届いたバスを4カ月かけて改装。たくさんの人に助けてもらいました」
どうにか糸口をつかもうとしたのは、ママさん、昌子さんの望みをなんとしてもかなえたかったからだ。
絶望の中で見た光
「実は7年前に、息子の修平を23歳で亡くしました。以来ママはうつになって引きこもり、買い物も一人で行けなくなりました」
3年余りが過ぎた頃、飼い猫のかかりつけである名西どうぶつ病院が生まれたての猫を預かっており、獣医師に「新しい飼い主がみつかるまで育ててみない?」と声をかけられた。
それまでも多くの動物を飼ってきたが、赤ちゃん猫を育てるのは初めてだった。昌子さんは悪戦苦闘しながらも、「必要のない存在だと思っていた自分を、この子は必要としてくれている」と、生気を取り戻していく。
続いて動物愛護センターのミルクボランティアを始めるが、どんな人にもらわれていったかがわからないのがジレンマになった。そこで昌子さんが何年かぶりに、自ら望みを口にした。「譲渡ボランティアを始めたい。そのための保護猫カフェを開きたい」と。
以降は前述の通り。吉修さんも仕事を辞めて準備を進め、2018年8月、「ひだまり号」がオープンした。
思いがけない告白に驚いたところへ、吉修さんからさらに驚くひと言が。
「今日は息子の命日なんですよ」
この日、急に時間ができたため、前から気になっていたこの保護猫カフェへ客として訪れたのだが、いい雰囲気だなと思って取材を打診。「今日でもいいですよ」と言っていただき、急きょ話を聞いたのだ。
「猫好きだった修平が導いてくれたのかもしれませんね」
もっと救いたい! I C U付きシェルターを
「ひだまり号」がスタートしてからも、昌子さんはずっと自宅の3階へ上がることができなかったという。なぜなら修平さんの部屋がそのままにしてあったからだ。
一方、赤ちゃん猫や病気の猫は当初、バスの奥のスペースで世話していたが、多頭飼いの弱点で、ちょっとした風邪でもたちまちみんなにうつってしまう。「シェルターがあれば」という思いが募っていく中、「自宅3階をシェルターにすれば、少ない費用で可能なのでは」という考えが浮かぶ。それをきっかけに、ずっと手を付けられなかった修平さんの遺品整理に取り掛かった。
「つらかったです。でもママが、すっと3階に上がれるようになったんですよ」と吉修さん。
シェルター用の改装にかかる費用はクラウドファンディングで募り、目標150万円を5日で達成。ネクストゴールでさらにI C Uを作るための300万円を掲げ、それも期限前日に達成できた。
そして2019年6月、「ひだまり号」と隣接する自宅の3階に、I C Uを擁するシェルターが完成。3つあるシェルターの部屋をさらに区切り、ケージを置き、状況によって居場所を分けられるようにしている。
I C Uは温度や湿度がコントロール可能で、高圧酸素システムも取り入れた。保温が大切になる赤ちゃん猫を入れるほか、病気の子は獣医師と相談しながら温度や酸素量などを管理し、ここでみる。
昌子さんは言う。「I C Uのおかげで多くの命を救えるようになりました。まさか実現できるとは思っていなかったのですが、協力して下さった皆さんのおかげです」
難病F I Pとの戦い
チャレンジはそこで終わらない。最近力を入れているのが難病のF I P(猫伝染性腹膜炎)の治療だ。
「ここでも全体の約7%と発生率の高い病気で、死亡率は99%とも言われています。うちも何匹か亡くしました。その薬が2019年に海外で出始めたのですが、日本ではまだ未承認で、個人輸入して投与しています。とても高額で、完解した子は300万円かかりました」と吉修さん。
その言葉を受けて昌子さんは、「以前は不治の病でしたが、治せるとなったら薬を使わない選択肢はありません」と言い切る。「その分でもっとたくさんの命を救えるという意見もあります。でも、この子は治せる、この子は治せないという線引きも、私たちにはできません」
現在、11匹目が治療中だ。
国内未承認の薬を使うに当たり、名西どうぶつ病院で血液検査などのフォローを受けつつ、バンコク在住のフランス人獣医師にその結果や状態を細かく報告して処方を受け、それに沿った量を投与するという、とてつもない労力を費やしている。加えて気になるのが費用だが、借り入れとクラウドファンディング、その他募金などでやりくりしているそうだ。
「どうしてそこまで」
思わず出た質問に返ってきたのは、「我が子を二度と死なせたくない」という言葉。2人は共に剃髪し、祈りを捧げるように、無償の愛を小さな命に注ぎ続ける。天国にいる修平さんのまなざしを感じながら。
遊びに行くことが支援に
話を聞いた後、猫を迎え入れたご夫婦と姉妹の4人家族がトライアル後の本契約に訪れたところに遭遇した。女の子2人は昌子さんに「妹ができたね」と言われ、にっこりほほ笑んだ。
吉修さんは言う。
「猫を迎え入れていただくことがこの場所の一番の目的ですが、それができなくても、遊びに来ていただけることがひいてはこの子たちの支援につながります。気軽に会いに来てください」
背景を聞くと重々しく受け取られてしまいそうだが、冒頭で紹介した通り「ひだまり号」は明るくてとても居心地のいいスペースだ。カフェはフリードリンクなのだが、コーヒー、紅茶、各種ジュースのほか、夕刻からはなんとビール・酎ハイも飲み放題。「大丈夫ですか?」と聞くと、吉修さんが「自分がほろ酔いで猫と戯れるのが好きだから。酔っ払って問題を起こす方は今まで一人もいらっしゃいませんよ」とおおらかに笑った。
別々に来たお客さん同士で話が弾み、仲良くなることもしばしばだそう。オーナー夫妻の人柄と温かい雰囲気、だからこその猫たちの人懐っこさが、そうさせるのだろう。
- 保護猫カフェ「ひだまり号」
- 〒451-0015 愛知県名古屋市西区香呑町3-74
TEL 052-522-6295
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