やぶに捨てられた猫エイズ陽性の子猫 「ストレスなく暮らして一緒に長生きしようね」

 キジトラとサバトラの姉妹2匹は、また目が開いたばかりの時に、口をねじった紙袋に入れられて、やぶに遺棄された。鳴き声に気づいたのは散歩中の犬。犬の飼い主に保護された姉妹は、FIV(猫免疫不全症候群・通称は猫エイズ)の検査結果が陽性だった。子猫だから擬陽性で陰転する可能性はあるとしても、猫エイズをよく理解したうえで迎えたあたたかな家族のもとで、2匹はそれぞれ元気に暮らし始めた。

(末尾に写真特集があります)

どこからか「みゃあみゃあ」

「オジロと散歩中に、どこからか子猫の鳴き声が聞こえたんです。オジロがたちまち『おお!』という顔をして、やぶの方へ。口をねじった白い紙袋が捨てられていました。恐る恐る開けてみたら、生後ひと月くらいのキジトラの子猫が入っていて。まだ鳴き声が聞こえるので探したら丈高いやぶの奥にもうひと袋。そっちはサバトラでした」

 昨年9月の出来事を語るのは、千葉県外房の町にしんやさんと暮らすかよこさんだ。

オジロ母さんと姉妹(かよこさん提供)

 9歳のメス犬オジロとかよこさんは、見渡す限りの田んぼに囲まれた小道を散歩するのが日課である。2つの袋の場所がバラバラだったことから、投げ捨てられたのかもしれない。子猫の状態から、飼い猫だったと思われた。

 オジロが捨て猫を見つけるのは、これでもう4度目だ。散歩は、オジロが行きたい道を行くのだが、子猫の鳴き声を聞きつけたり、気配を察したりするや、勇んで探しに行く。これまでに保護・譲渡した猫は十匹以上。いつも同じような場所だから、同じ人が捨てにくるのかもしれない。遺棄はれっきとした犯罪である。

猫エイズの検査は、2匹とも陽性

 家には、すでに保護して家猫とした迷い猫や外猫が5匹もいる。拾った姉妹の仮の名を、キジトラは「キラ」、サバトラは「サラ」として、譲渡先を探すことにした。オジロは誰とでも仲良くなれる気のいい犬だから、すぐに子猫たちに慕われ、くっつかれている。

犬に甘える子猫
オジロ母さんに甘えるキラ(かよこさん提供)

 譲渡先探しの前に、動物病院で検診を受けると、2匹共に猫エイズ陽性の結果が出た。

 猫エイズとは、猫免疫不全ウイルスがひきおこす諸症状のこと。キャリアになってもすぐには発症しないが、ストレスや風邪などから発症してしまうと免疫力が低下し、口内炎や貧血や食欲不振などが治らず、寿命を縮める。ストレスなく穏やかに暮らしていれば、発症しないで、ふつうの猫と変わらぬ寿命を全うする猫も少なくない。

 譲渡先探しは難しいかも、と思われたが、ほどなく、2組の家庭がそれぞれ姉妹の譲り受けを希望してくれた。猫エイズの子と暮らしたことはないが、最新の医学情報をよく調べ、子猫なら陰転の可能性もあることや、陽性のままならどんなことに気をつけてやったらいいかなどをしっかり理解した上で、「この子と暮らしたい」と申し出てくれたのだった。

 11月11日。2匹は同じ日に、新しい家族のもとへ送り届けられた。

 サバトラのサラのお父さんとお母さんになってくれたのは、かよこさんと同じ外房に、都内から居を移して半年の50代のN夫妻だ。ヘミングウェ-が大好きなお母さんは言う。

「都内でやっていた店を閉め、海辺の町で、のんびりした第二の人生を始めました。障害のある猫でも、病気の猫でも、ここならゆっくり可愛がってあげられるので、縁があったら迎えたいと思っていたところ、ネットでサラに出会ったんです。来た日から、よく食べてよくいたずらしてくれます。おせちを作ってたら、後ろから頭に飛び乗られました!」

猫
毎日やんちゃし放題のサラ

 猫と暮らすのは初めてのお父さんは、目尻が下がりっぱなしだ。

「いろいろ調べて、ストレスがなければ長生きも可能と知りました。いやあ、猫って毎日かわいいですね、おもしろいですね!もうこのおうちもコタツもソファも、みんなサラちゃんのもの。こっちは『よろしくお願いします』の立場です(笑)」

 のんびりいっしょに長生きするのが、夫妻の願いだ。

キラちゃんも、負けずにしあわせに

 キラちゃんは、埼玉県のM夫妻のもとへ迎えられ、「クリン」という名になった。クリンのお父さんは、独身時代に会社の同僚からもらった「プリン」というメス猫を、結婚後も夫婦で大事にしていた。そのプリンが扁平上皮癌にかかり、見守ることしかできずにつらい別れをしたのが9月の初めだった。

 四十九日のあいだはひたすらプリンを思って過ごし、そして、思った。やはり猫のいない空白は猫でしか埋められない、と。募集サイトを見て、『目が合った』のが、キラだった。

子猫
迎えて2日目のクリン(キラ)(Mさん提供)

 母猫に甘えることもかなわず遺棄されたことを思うと悲しくて、しあわせに冬を乗り越えさせてやりたいとMさんは願った。前の猫をこれ以上ないくらいの辛さで見送ったので、もしも発症したとしても相当の覚悟はできているはずだから。

「とにかくストレスを与えないよう、やさしくプラスの言葉をかけ続けて見守っていきたい。でも、クリンがキャリアだとしても、ふつうの猫なんです。他の病気や障害を持った子と同じように。ストレスを与えないのは、どんな猫にも必要。ふつうの猫として接するのが一番大切と思ってます」

みんな、しあわせになる権利がある

「家に入れてはいけない」「他の猫と一緒には飼えない」「人にうつるのでは」という猫エイズに関する偏見や先入観は、根強い。だが、猫エイズは、人にはうつらない。猫同士の空気感染や接触感染もない。未去勢のオスが出血させるほどのかみ合いのけんかでもしない限り、うつらない。そもそも感染力の弱いウイルスなのだ。

 避妊去勢をちゃんとしている相性のいい猫同士なら、十分に同居可能である。ノンキャリアの猫にワクチンを接種しておけば、なお安心だ。

 猫エイズキャリアの猫の譲渡にも力を注いでいる保護団体の代表で、キラとサラの保護・譲渡の相談に乗った今井さんはこう語る。

「保護した猫が猫エイズだったと、嘆き悲しむ方が多いけれど、私は言いたい。問題ないじゃないですか。そんな子こそ家の中に入れてあげるべきなのだから、なんてブラボーな出会いなんでしょう。いつ病気になったり寿命が来るかわからないのは、どの子も同じですよ、って」

 サラはボールに夢中。クリンは毎夜の大運動会。いのちを謳歌する日々だ。

子猫と夫妻
N夫妻に愛されて海辺の町に暮らすサラ

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佐竹 茉莉子
人物ドキュメントを得意とするフリーランスのライター。幼児期から猫はいつもそばに。2007年より、町々で出会った猫を、寄り添う人々や町の情景と共に自己流で撮り始める。著書に「猫との約束」「里山の子、さっちゃん」など。Webサイト「フェリシモ猫部」にて「道ばた猫日記」を、辰巳出版Webマガジン「コレカラ」にて「保護犬たちの物語」を連載中。

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この連載について
猫のいる風景
猫の物語を描き続ける佐竹茉莉子さんの書き下ろし連載です。各地で出会った猫と、寄り添って生きる人々の情景をつづります。
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