2部屋に猫90匹がひしめく中、ほかの猫の子も必死に育てた母猫 最後に自分も幸せに
子猫を含め90匹もの猫がひしめいていた劣悪な飼育現場にレスキューが入ったのは、今年1月のこと。生まれては亡くなる子も多い中で、8匹の子猫を必死な目をして抱え込んでいたガリガリの猫がいた。うら若い彼女は母親になったばかりで、ほかの雌猫が同じ頃出産した直後に育児放棄した子たちにもお乳を与えていた。
8匹の子猫にお乳を与える母猫
千葉県内で、行政と連携して活動を続けている「goens(ごえん)」は、相次ぐ多頭飼育崩壊現場での猫たちの保護と、そうなる前の啓発に駆けずり回っている。
N市の社会福祉課からの相談があって介入した現場は、生活困窮家庭が暮らすアパートの2部屋で、およそ90匹もの猫たちがいた。どんどん手術をしていき、随時保護もしなければならないが、1歳くらいの痩せ細った猫が抱きしめている子猫たちは、緊急に保護する必要があった。母猫は、自分が産んだ子たちと、もう1匹の出産直後の雌猫が育児放棄した子たちも合わせ、8匹にお乳を与え、疲れきっていた。
goensで子猫の預かりボランティアをしている鶴子さんは、代表の今井さんから「子猫を8匹保護する」と聞き、「仕事があるのでミルクボランティアはできないけれど、子猫たちのお世話を母猫ができそうなら、母猫と共に引き受けたい」と提案した。
8匹のうち、3匹は、ミルクボランティアのベテラン石塚さんのもとへ。母猫と子猫5匹が、鶴子さん・さゆきちゃん母子のもとにやってきた。
母猫は「松子」と名づけられていたが、「自分が産んだ子でない子まで大事に育てている心優しいお母さんだから」と、さゆきちゃんに「こころ」という新しい名をもらった。
母猫の発熱で、授乳を交代
母体に栄養もつき、安心できる環境でこころは子育てに没頭した。だが、3週間ほどたったある日、パタッとこころの食欲がなくなり、子猫の体重の増加もストップしてしまった。いっとき、哺乳瓶での授乳に切り替え、母猫を休ませなければ。子猫から離して、ケージ内のベッドにこころを横たえたが、ヨロヨロと必死に子どもたちのもとに戻ってくる。
翌朝、獣医さんで診てもらうと、こころは発熱と脱水があり、お乳もよく出ていないことがわかった。
「これほど大事にしている子猫と引き離すのはストレスになるのでは?と悩みましたが、こころの命が心配で、子猫たちは娘と一緒にミルクで育てることにしました」と、鶴子さん。いちばん小さい子猫1匹は、ベテランの石塚さんに引き受けてもらった。
4匹の子猫たちは、すぐ哺乳瓶に慣れて、体重もみるみる増えた。こころがさびしくないようにと、ケージの扉は3日目から開けておいた。子猫の鳴き声が聞こえると、こころはよろけながらケージから出て、子猫たちにお乳をあげようとするのだ。鶴子さんは、ようすを見ながら一緒にさせてやった。
子猫たち卒業後も、新入り子猫を可愛がる
2~3時間おきのミルクやりや寝床の掃除など母猫がわりをがんばったさゆきちゃんは、こうつぶやいた。「こころもたいへんだったね」
こころは順調に快復。やがて離乳もすみ、子猫たちの譲渡先探しが始まった。コロナ禍で譲渡会は開けなかったが、毎週のようにお見合いが入り、石塚さん預かりも含め8匹全員が、春には卒業していった。
間を置かず、4月には、こころたちがレスキューされた現場から、離乳後の子猫が4匹やってきた。介入時に臨月近かった猫は、母体への影響を考えて出産させたのだ。子猫たちは思う存分こころに甘えた。こころも、もう出ないお乳を含ませたり、毛づくろいしてやったり、添い寝をしたり、可愛がるのに大忙し。
さらに、同じ現場から、離乳後の子猫が2匹。こころは、この子たちのお世話も喜んで引き受けた。
こうして、こころが現場で育てていた8匹と、鶴子さん宅にあとからやってきた子猫6匹、合わせて14匹の「こころの子どもたち」が、みんな家猫としてしあわせに旅立っていった。今度はこころをしあわせにする番と、goensのみんなは誓った。だが、成猫の譲渡先探しは、時間がかかりそうだった。
最後の子を見送ったこころに、鶴子さんは話しかけた。
「子育てがんばったね。『こころだから迎えたい』って言ってくれる家族をゆっくり待とうね。そんな家族が現れなかったら、いつまでもうちにいていいんだよ」
こころは、その日から、ようやく1匹の猫としての自分に戻った。大勢の成猫に混じって必死に生き延びていた子猫時代をやり直すかのように、おなかを見せて転がったり、部屋に差し込む光の中の自分の影を捕まえようとしたりして、無邪気にのびのび過ごした。
問い合わせはときどき入ったものの、トライアルに至ることはなく、夏が過ぎ秋も過ぎようとしていた。再開した11月の譲渡会に、練習のつもりで、参加させることにした。
一家全員がこころに一目ぼれ
優樹(ゆうき)さん・真実(まみ)さん夫妻は、その日、たまたま譲渡会が開かれている商業施設に、子供たち2人を連れて買い物に来ていた。「猫を飼いたい」という機運が一家にはあったので、寄ってみることにした。
会場には、子猫を含め10匹ほどの猫がいたが、真実さんはすぐに、ケージの奥で固まっている灰白の成猫に心ひかれた。目が丸くてあどけなく、体もコロンとして、なんともいえぬ愛敬があった。その猫のケージのそばで待っていると、ひと通り猫たちを見てきた優樹さんと子どもたちが集まって、口々に言う。「この猫がいい」
スタッフから、こころのこれまでを説明され、「しあわせにしてやらなきゃ」という思いをいっそう強くしたと、真実さんは言う。
こころは、2週間後、鶴子さんがトライアルとして送り届け、そのまま家猫になった。送りだした日、これまでに何匹も送りだしてきたさゆきちゃんは、初めて夜泣きした。さゆきちゃんにとって、子猫たちの命を守り抜いたこころは、可愛い妹であっただけでなく、大切なことをまざまざと見せて教えてくれた大きな存在だった。
この子にぴったりの名だからと、名前はそのままである。さゆきちゃんから「こころのお姉ちゃん」役をバトンタッチされた彩(さや)ちゃんは、こころを胸に抱きしめ、こう教えてくれた。
「自分が産んだんじゃない子もいっしょうけんめい育てたなんてすごい。サンタさんにお手紙を書いたの。こころは羽根の猫じゃらしが大好きだから、クリスマスにはこころに新しい羽根のじゃらしをください、って」
こころのいた現場への行政とgoensの介入は今も続く。猫たちの随時保護と、社会的に孤独だった元飼い主見守りと。
さゆきちゃんの家には、また、新しい預かり子猫たちがやってきた。別の多頭崩壊現場からレスキューされた子たちだ。その子たちに、さゆきちゃんはいま、こころ母さんのしたように愛情を注いでいる。
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