実在した「一度も鳴かない野良猫」との出会いをきっかけに制作 猫の心模様描いた絵本

猫の絵本
「ぼくはいしころ」(岩崎書店)より

  自分の身を守るために“声をあげてはいけない”と母猫に教わり、いしころのように静かに生きてきた黒猫。ある日、女性に声をかけられてから猫は変わっていきます……。猫の心模様を紙版画で描いたイラストレーター坂本千明さんの絵本『ぼくはいしころ』(岩崎書店)が発売されました。モデルになった猫のことや、保護猫への思いについて、坂本さんに伺いました。

(末尾に写真特集があります)

実家で保護した猫がモデルに

――絵本制作のきっかけを教えてください。モデルはいるのですか?

「『ぼく』は、2016年2月に青森の実家で保護した黒白ハチワレの野良猫がモデルです。絵本では黒い毛皮を着てもらうことにしましたが、トレードマークであるぼんぼりシッポはそのまま残しました。

 保護するまでの数カ月、庭先でゴハンをあげていたのですが、最初は姿もなかなか見せてくれず、鳴き声も一度も聞いたことがなかった経験が、この絵本のおはなしの発端になっています」

――おとなしい猫だったのですね。

「あまりにも鳴かないので、『声帯に何か障害があるのでは』と心配になり、保護後に捕獲器のまま動物病院に連れて行った際、獣医師に尋ねてしまったほどです。

 その日の真夜中、ケージを置いている部屋から心細そうな鳴き声が聞こえた時は心底驚いたし、ちゃんと鳴けたんだ!とうれしくて泣きました。

 後に『野良猫はケンカする時や発情期くらいしか鳴かない。鳴くことは身を危険にさらすこと』というのを何かで見かけて、深く深く納得しました」

ハチワレ猫
実際に保護した猫。絵本では黒猫として登場する(坂本さん提供)

――タイトルが印象的です。“いしころ”はすぐに浮かんだのでしょうか

「誰にも気にとめられない、何者でもない自分を表すのに、道端のいしころというイメージはもちろん頭にありました。

 でもラフの内容が決定していよいよ版画を制作しようというタイミングで、ふと、保護猫を譲渡した日(2017年5月31日)の日めくりカレンダーを保管していたのを思い出し、見返したんです。

 それは東京・世田谷区の経堂にある文具店ハルカゼ舎のオリジナルカレンダーで、毎日何げない一言が添えられています。そこに『石ころを蹴飛ばす日』という言葉が添えられていて、ああ、これだったんだと思いました。譲渡当日の朝にめくって現れたこの言葉が、保護猫の門出にピッタリだなあと思い、記念に保管していたのですが、そのことをすっかり忘れていたんです」

リアルな猫の描写に苦心

――目、耳、体の毛がリアルです。紙版画の技法の工夫や苦労などを教えてください。

「以前、モノクロで紙版画の絵本『退屈をあげる』を制作した頃は、本格的に多色刷りをやっていませんでした。この5、6年くらい多色刷りの試行錯誤をして今回はカラーでやろうと思いました。リアルさは、良くも悪くも技術が向上したのかなと。

 ただここまで大きなサイズを何枚も刷るというのは、やはり大変でした。思い描いていたものが出来ずに版作りからやり直すというのを繰り返し精神的にも追いつめられ何度もくじけそうになりました。その頃の記憶はすぽっと抜けおちていますが(笑)」

猫の絵本
「ぼくはいしころ」(岩崎書店)より

「技法的な話をすると、紙版画に限らず様々な版画と同様に、薄い色からインクをのせて、最終的には一番強い色をのせていきます。今回は黒猫だったので、必然的に一番強い色が黒になるのですが、私の場合は黒を2、3回重ねて刷ったりしています。

 感覚的なものですが、深みが増すような気がしています。同じように目も徐々に色を重ねて刷ります。目は、ひたすら家の猫の目を観察して、そこに近づけるよう微妙な色を重ねていきました」

たまたま外で生まれた猫

――野良の「ぼく」は、いしころのようだった自分に別れを告げ、家猫になります。モデルの猫はどうしていますか?

「生粋の野良で推定2歳の成猫だったことと、当時、(私自身)初めての保護経験だったので、人なれ訓練に3カ月もかかってしまいましたが、これ以上ない良縁に恵まれて、今はあらたな家族の元で悠々自適な“甘々猫”として幸せに暮らしています」

女性と黒猫
愛猫を抱く坂本さん。猫をよく見て版画作りをしたという

――坂本さんの“猫への思い”を改めて教えてください。

「まず猫について、『外で暮らす猫は自由気ままでいい』という意見をたまに見かけることがありますが、本当にそうでしょうか。たまたま外に生まれてしまっただけの猫と、家で飼われている猫は何も違いはない同じ猫なわけで、自ら進んで外で暮らしている猫など、本当は一匹もいないのではないかと思います。

 確かに外で暮らす猫たちは誇り高く、美しく、はかなく、それ故に何とも魅力的に映るのですが。そしてペットショップで買うという以外の選択肢ももっと広まってほしいです。自分が外で暮らす猫を保護するのはなかなか大変でも、保護団体から譲り受けるという方法もありますし……」

――自分に置き換えて読む方もいると思います。

「実在した猫のお話がモチーフになっていますが、私自身、版画やテキストを制作しながら『声をあげる』ということはどういうことかずっと考えていました。猫の気持ちを想像すると同時に、時には過去の自分や、誰かに置き換えてみたりして。そんな風に、読んでくださる方がそれぞれの視点で楽しんでいただけたらこれ以上なく幸せなことだと思っています」

坂本千明さんのInstagram @chiakisakamoto

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『ぼくはいしころ』
絵・文:坂本千明
発行:岩崎書店
体裁:B5変、32ページ
定価:1500円+税

藤村かおり
小説など創作活動を経て90年代からペットの取材を手がける。2011年~2017年「週刊朝日」記者。2017年から「sippo」ライター。猫歴約30年。今は17歳の黒猫イヌオと、3歳のキジ猫はっぴー(ふまたん)と暮らす。@megmilk8686

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