飼い主が急逝した苦労人の猫 ひとり部屋に残され…数日後に救出

 ある日、突然“ひとりぼっち”になったオス猫が、親族によって救い出され、命をつないだ…。猫が緊急事態をどう乗り越え、現在どんな暮らしをしているのか取材をした。そこには孤高の猫の生き様があった。

(末尾に写真特集があります)

 都内に暮らす40代の主婦・和香子さんが、埼玉の実家に暮らす母親(71歳)の異変に気づいたのは、今年2月半ばだった。

 しばらく家にいっていなかったが、頻繁にやりとりしていたラインが急につながらなくなったのだ。母が室内でスマホをなくすことはそれまでもあったが、あまりに連絡が取れないので実家に行ってみると…2階の寝室で、母親は冷たくなっていた。

「慌てて夫に連絡し、救急や警察を呼びながら、ゴンのことを探しました」

実家から救い出したゴン。母の遺影を置いたマンショの一室で(和香子さん提供)
実家から救い出したゴン。母の遺影を置いたマンショの一室で(和香子さん提供)

ベッド回りにあった未開封のパウチ

 ゴンは、今年11歳になるキジ白のオス猫で、和香子さんの母が深く愛情を寄せていた。

 和香子さんは5年前に結婚するまで実家で母親とゴンと暮らしていた。結婚して実家から2時間かかるマンションに越してからも、時々ゴンに会うため里帰りをしていた。

「ゴンは数年前に緑内障にかかり、私が動物病院に連れていく係をしていたんです。実家に戻るたびにゴンはまた病院か、とでもいうように少し私を避けていたので、今回も隠れたのかもしれないと思いました。でもこの状況で、食べていたのだろうかと心配になりました」

 母親は検視の結果、病気で亡くなってから数日が経っていたことがわかった。ゴンに必死で餌をあげようとしたのか、寝床には未開封のウェットフードのパウチがいくつもあった。そのパウチにゴンがかじった形跡はなかったが、母の頰に小さな引っかき傷がついていた。まるで、「起きて、起きて!」と母を起こそうとしたかのように…。

「ゴンは歯周病もあり、パウチの袋を自力で破れなかったのだと思います。でも、よくよく室内を見ると、一階の台所の下にかじりかけのパンや総菜が落ちていました。なんとか自力で生きようとしたようです。私は見あたらないゴンを探し回りました」

実家では先住の大河(上)と仲が良かった(和香子さん提供)
実家では先住の大河(上)と仲が良かった(和香子さん提供)

 和香子さんの母はもともと片付けが苦手だったが、久々に訪れた家はひどく散らかっていた。その散らかった中から、ニャ、ニャ、とかすかな声が聞こえた。

 ゴンは無事だった。だがさーっと逃げ惑うため、なかなか捕まえることができない。

「警察などの出入りでバタバタするなか、本当におびえていて。でもおなかがすいているはずなので、フードと水を置いて(少し落ち着いて出てくるまで)実家に通うことにしたんです。もちろん、ゴンは私がひきとるつもりでした」

 和香子さんがゴンを捕まえたのは、母の亡きがらを見つけてから3日目のことだった。

「ゴンをなでると背骨がごつごつになっていました。夫の車でマンションまでゴンを運んだのですが、部屋に着いてほっとしたとたんに涙があとからあとからあふれてきました。『お母さんゴンを一緒に連れていかないでね』と祈っていたのだけど…生きてくれてよかった」

 ゴンはふらふらしていたが、病院で検査をすると、命に関わるような状態ではなかった。

現在、先住のまなつ(上)とは1メートルの距離 (和香子さん提供)
現在、先住のまなつ(上)とは1メートルの距離 (和香子さん提供)

苦労人の猫

 無事に救うことのできたゴンだが、「この猫は“苦労人”でね」と和香子さんがいう。

 ゴンは11年前、母親の当時の同僚の夫が、単身赴任先で拾って飼った猫だった。だが赴任先から家に連れ帰ると、先住猫と合わず一緒に住めないと判断された。その同僚が「新たな家族を探す」と言ったのを聞き、和香子さん母子が手を挙げたのだった。

「当時うちにも大河という先住猫がいましたが、迎えてみると、オス同士で親友のような仲になりました。でも私が嫁いだ後に大河が急に亡くなり1匹になって。その後、母と寄り添うように生きてきたのですが、その母が亡くなってまた引っ越し…」

 しかもゴンはいつも行く先々に先住の猫がいて、「いつも2番手として、気を使う星回りだったと思う」と和香子さんがしみじみと言う。

 和香子さんのマンションは、ゴンにとって四度目の住まいになる。そして今回は1歳になったばかりのメス猫、まなつがいた。すぐに慣れたのだろうか。

「ゴンには最初、居間から離れた猫部屋(洋間)で過ごしてもらいました。その部屋に母の遺骨と遺影を乗せた台を置いたのですが、ゴンは台の下にしばらく潜っていましたね…何日かすると居間まで足を伸ばし、また洋間に引き返すということを繰り返していました」

 若いまなつとの関係を目にして、和香子さんの心は、ハッとなったという。

「まなつは突然現れたゴンを、『誰このおじさん』という感じで見て、パンチをしようとしました。ゴンの方はその前で黙って床に寝て、おなかや背をみせていました。おとなですよね。そうやって今までも環境に順応してきたのでしょう。病気のせいで目がビー玉のようになってはいるけど、粋で、何とかっこいいことか」

和香子さんの夫の胸に乗るゴン。男同士の友情が芽生えた(和香子さん提供)
和香子さんの夫の胸に乗るゴン。男同士の友情が芽生えた(和香子さん提供)

看取ってくれて、ありがとう

 ゴンをマンションに迎えて2カ月半。最近、表情が少し和らいできたそうだ。

「ゴンはおなかがすいたりした時、生前の母の胸の上によく乗っていたけど、夫にも同じようにするんです。私にはしてくれないのに(笑い)」

 まなつとの距離も、少しずつ近づいているところだ。

「ゴン、これからうちでゆっくりしてね。私の代わりに母を看取ってくれて、ありがとう」

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藤村かおり
小説など創作活動を経て90年代からペットの取材を手がける。2011年~2017年「週刊朝日」記者。2017年から「sippo」ライター。猫歴約30年。今は19歳の黒猫イヌオと、5歳のキジ猫はっぴー(ふまたん)と暮らす。@megmilk8686

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この連載について
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