猫の多頭飼育崩壊は人の問題 保護だけでなく社会福祉の仕組みを

 遺棄に虐待、多頭飼育崩壊。不幸な猫たちを救いあげるだけの尻拭い的な保護活動では、追いつかないし解決しない! そうならないための社会の仕組みを作りたいと、「社会福祉活動」として、新しい形の猫助けに日々奮闘する人たちがいます。

(末尾に写真特集があります)

次々飛び込む案件

 千葉県の真ん中にあるK市。

 朝10時、田んぼに囲まれた一軒家に、3人の女性が集まってきた。千葉県内で、社会福祉活動としての動物保護活動を続ける「goens(ごえん)」の代表の今井みかさん、ボランティアメンバーのTさんとGさんだ。

 玄関を開けると、麦わら色の小柄な猫が待ちかねたようにすり寄ってきた。「すずちゃん、いい子だね」と声をかけて、次の部屋へ。

 そこには、キジトラが3匹。仲の良いカップルと、たぶんその子だという。母さん猫は、子猫を産んだばかりだが、咬みつくなどの育児放棄が見られたため、Tさんがミルクボランティアをして育てている最中だ。

 奥の部屋には、キジ白のシニア猫と、タンスの上に兄弟らしき2匹。キジ白は、ごろんと転がってお腹を見せて3人に甘えた。

「この子は、愛之助。かなりのおじいちゃんですが、譲渡先が決まったばかりなんです。譲渡会で、ご年配のご夫婦がこの子を気に入ってくださって」と、今井さんたちは、嬉しそうに愛之助を撫でる。

g o e n s のボランティアメンバー由希さんが保護したかぶきあげくん
g o e n s のボランティアメンバー由希さんが保護したかぶきあげくん

 畳の上に段ボール紙が敷き詰められ、猫たちの毛埃もない室内には、猫がくつろげる寝床がいくつもある。だが、3ヶ月前、この家は猫の死体も転がり、悪臭を放つ壮絶な場だった。

 隣の家とは姉妹同士の住人だった。併せて室内に約30匹、外にも約20匹の多頭飼いをしていた。避妊去勢をしないままに増えていった猫たちは、姉妹が心身に異変をきたして入院すると、外にほったらかしになった。

 それを知って、毎日世話に通いだしたのが、近隣に住むTさんだった。福祉の方とともに入院中の飼い主に何度も面会、猫たちの世話や譲渡を委任してもらうことを了解してもらったのだが、個人では力果て、goensにSOSを出したのだった。

 駆けつけた今井さんはTさんに言った。「自分のできることを、goensで一緒にやらない?」。Tさんはすぐに呼応した。

響き合い、助け合って

 不幸な犬猫をなくすために、自分にできることを。志を同じくするメンバーがgoensには県内あちこちにたくさんいる。子猫を育てるミルクボランティア、一時預かりボランティア、保護猫の移送、譲渡会などの手伝い、飼育崩壊現場の掃除などなど。できる人ができるときに手を挙げる。中には、男子中学生のミルクボランティア見習いもいる。

 今年4月に、茨城県近くの町の川土手で遺棄されていた、生まれたての子猫3 匹を引き受けたのは、goensのメンバーである市川市の裕美さんだ。1匹は保護直後に旅立ったが、残る2匹はすくすく育っている。最初に遺棄猫たちを発見し、必死で預かり先を探し回ってgoensに辿り着いた佳代子さんは言う。

「自分は子猫の保護などできる環境ではないと頭から思い込んで、goensさんに救ってもらいました。代表の今井さんに出会って、目が覚めました。自分にできることは必ずあると。今は、川岸のパトロールを毎日しています。もしも捨て猫をみつけたら、今度は自分で保護します!」

 勝浦市では、母と大学生の息子が一時預かりボランティアをしてくれている。多頭飼育崩壊現場からきた猫は、般若の形相から「ハンナ」と仮の名をつけられたが、すっかり穏やかな美猫になった。

 稲毛で一時預かりボランティアをする由希さんは、行き倒れ状態だった「かぶきあげ」くんを、イケメンに変えた。

goens代表の今井さんに抱かれるすずちゃん
goens代表の今井さんに抱かれるすずちゃん

「ほんとうにいろいろな協力のおかげでg o e n sの活動は成り立っているんです」

 そう語る代表今井さんの日常はハードだ。現場に駆けつけ、ボランティアの手配をし、どう手を繋げるか行政と打ち合わせをする。家族の介護で鬱になって飼い猫に愛情を注げなくなった人や、生活苦で猫に手術ができない人がいれば、何度も足を運び、親身に相談に乗る。譲渡会やシンポジウムの準備をする。

 これまでの保護活動にはなかった草の根的な活動を、みんなで手を繋ぎ、パワフルに展開する今井さん。10年前までは、実は保護活動とは無縁で、犬も猫も苦手だったのだという。

猫の問題は人の問題

 きっかけは、当時高校3年生だった息子が、友人から子猫をもらって、自分の部屋でこっそり育てていたことだった。

「お母さん、もう返せないよ」

 息子の言葉に、嫌々その子を受け入れたものの、触ることもできない今井さんに子猫は「ニャア」と甘える。気がつけば子猫を愛しいと思い、さらに過酷な犬の繁殖現場の実態を知ったことから、見捨てられた犬猫のために奔走するようになっていた。

 避妊去勢の未手術率の高い千葉県内で、後から後から出てくる、子猫遺棄や不適切飼育や飼育放棄や多頭飼育崩壊。その背後には、必ず人間の問題があった。猫たちを不幸な状況に追い詰めていた人たちは、貧困や病気や老いや地域からの孤立などで、自らも追い詰められていることが多かった。

 今井さんの肚(はら)は決まった。SOSで駆けつけての尻拭い的な保護活動だけでは、何の根本的解決にもならない。これからの動物保護活動はさまざまな機関と連携して、予防的に根本から問題を解決していかなければ。つまり、人と猫とのしあわせな関わり方を築くお手伝いをしなければ。

 そんな熱い思いに、行政や警察や福祉現場の人たちも呼応してくれた。福祉や警察の人たちとタッグを組んで現場に立ち入ることも、崩壊する前にあれこれ相談に乗ることもしやすくなった。

明確なビジョンがあるからこそ

 現在、goensは、多頭飼育崩壊だけでも、県内に3つの案件を抱えている。毎日のように連絡が入って来る。「子猫が捨てられている」「ボロボロの猫がさまよっている」「未手術で猫が増え続けている」……。

 多頭飼育崩壊現場で、雌猫が未熟児を産んでしまったという連絡が入るや、goensメンバーが夜を徹してスポイトでミルクを与えた。だが、子猫たちは生まれるには早すぎて、たった数日の命を閉じた。

兄妹はボランティアメンバーの裕美さんのもとですくすく育つ
兄妹はボランティアメンバーの裕美さんのもとですくすく育つ

「毎日毎日、いろんなことが起きます。つらい思いをするたびに心がつぶれ、もうやめたいと正直思います」と、今井さんは言う。

 だが、顔を上げて、きっぱりと続ける。

「でも、続けていられるのは、この愛之助のようにしあわせに送り出せる猫がいるから。目の前に、〝しあわせな共生の仕組みを作りたい〟というはっきりしたビジョンと仲間があるから。だから、どんなに睡眠不足でふらふらになっても、子猫を救えずに胸の中が涙でいっぱいになっても、前を見て続けられるんです」

 10年前、息子さんがこっそり育てていた猫みーちゃんは10歳になった。27歳になった息子さんはこんなメッセージを母に贈る。「ぼくがみーを拾ったことがきっかけで、今日まで小さな命を救うことに毎日全力投球の母。まだまだ救えない命の多さに苦悩する姿を日々目にします。たくさんの手が繋ぎ合わせられ、いい世の中に向かいますように」

思いは、ひとつ

 取材の後、今井さんから弾んだ声で電話がかかってきた。「土手の遺棄猫きょうだいの1匹、さび猫のトライアルが決まりました!」

 発見者の佳代子さんからも「涙が止まりません」というメールが届く。

 人も猫も暮らしやすい世の中をめざし、その思いを熱くひとつに束ねての活動は今日も続く。

「最大課題は、ひとり暮らしのお年寄りが亡くなった後に猫たちが取り残されている現場や多頭飼育崩壊が多発していること。問題が大きくなる前のうちから、親身に相談に乗ったり、手術や譲渡先探しなどの現場介入をして、こじらせないようにしています」

 いろいろな立場の仲間たちとの連携を自在に深め広げ、地域全体で福祉の諸問題をとりこぼさずに予防し解決していく。困っている人をサポートし、人と猫とのしあわせな関係を築くことが、猫を助けること。それこそが、令和の猫助けのスタンダードにきっとなるに違いない。

( 文・写真 佐竹茉莉子)

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goens
千葉市動物保護指導センター、生活困窮者支援窓口、警察署、各自治体、個人ボランティアのサポートをする動物保護団体。ペットのレスキューだけでなく、人と動物が共生できる社会を目指し、動物の譲渡の際の社会福祉との連携などの仕組みづくりに尽力している。
ブログ:https://ameblo.jp/goensgoens
Twitter:@goeeens
Instagram:goens.happy

辰巳出版が隔月で発行している猫専門誌です。猫愛にあふれる企画や記事の質に定評があります。

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