病気の妻に寄り添う愛犬「福」 わが家を太陽のように照らした

 『天然生活』『ESSE』といったライフスタイル誌で編集長を務め、レシピ本などでも数多くのヒット書籍をつくり続けている編集者の小林孝延さん。3年前、家族に内緒で保護犬の「福」を迎えました。前編で語られた福との出会いに続き、後編では家族に訪れた変化をつづります。 

(末尾に写真特集があります)

保護犬生活がスタート

 年も押し詰まった12月30日の夜。小林家の面々とあんずの初対面。しかし、うんともすんとも言わない。ただただ、子犬らしからぬおじさんような困った顔で静かに、まるで置物のように固まったまま座るあんず。ピアノの下に潜り込んだままでした。

 妻は驚きと困惑、そしてかなりあきれ気味でしたが、あんずを家族として迎え入れることに賛成してくれました。そして、僕の家であんずは改めて「福(ふく)」と名付けられました。僕が福井県出身だったという単純な理由と、あともうひとつ、小林家に本当の意味で福がやって来るようにという願いを込めて。

初めて小林家に来た日。ずっとピアノの下に隠れたままだった。しかしおじさんみたいな顔だ
初めて小林家に来た日。ずっとピアノの下に隠れたままだった。しかしおじさんみたいな顔だ

 こうしてめでたく、小林家の保護犬生活がスタートしたわけですが、なかなか子(犬)育ては一筋縄では行きませんでした。まず、福は僕にはまったく心を開かない、どころか指一本触らせてもくれません。

 福の居場所はわが家のリビングなのですが、僕がリビングに足を踏み入れるや否や、ケージに逃げ込み絶対に出てきません。散歩に行こうとリードを持ってきてもそんな調子だから、つながせてもくれない。僕が差し出したおやつには目もくれない。まあ、とにかく頑固なのです。

 その福が家族の中で最初に心を許したのが当時女子高生だった娘でした。娘がリビングに入ると飛びついて、甘え、ソファの上でもまるで姉妹のようにべったりとくっついています。

 しかし相変わらず僕には触れることすら許さないのです。これには困りました。動物病院に予防接種に行くにしても、散歩に出かけるにしても、なにをするにも娘の力なくしてはにっちもさっちも行かないのですから。

女子高生の娘にだけはいち早く心を開いた
女子高生の娘にだけはいち早く心を開いた

 でも、そのおかげで高校生になってから、あんまり会話することのなかった娘とは頻繁にLINEで連絡を取り合うのはもちろん、一緒に犬グッズを買いに出かけたり、いろんな話をするようになりました。

妻にぴったりと寄り添う愛犬「福」

 数カ月が経過した頃、氷のようにカチカチだった福の心に変化の兆しが現れました。妻が掃除をしようと立ち上がるとその後ろを福がゆっくりとついて歩くようになったのです。妻は病気のせいで動きがとても静かでゆっくりなので、臆病な福を驚かせることはありません。

 そのうちトイレに行くときも、キッチンへ行くときも、どこへ行くときも常に妻の後ろをついて歩くようになりました。おはようからおやすみまで、いつでも福は妻のそばにぴったりと寄り添ってくれるようになったのです。まるで相棒のように。

本当にいい相棒ができたなあ。これで留守番してもらう時も安心
本当にいい相棒ができたなあ。これで留守番してもらう時も安心

 決してほえない、静かな保護犬福はわが家にぴったりでした。福を眺める妻の表情にはいとおしさがあふれていました。小林家の中も見違えるように明るくなりました。福がいびきをかいたと言っては笑い、おやつを食べたと言っては喜び、まるで太陽のような存在です。大げさかもしれませんが、絶望しかなかった小林家に今日を生きる意味を教えてくれたのです。

家族にとってかけがえのない存在に

 福が来てからというもの、本当に不思議なくらい妻は元気になりました。「半年」そう告げられていたにもかかわらず、海外を含め家族で何度も旅行に出かけることができるほど、奇跡のような回復を見せてくれました。人間にとって「心のありよう」が体にとっていかに大切か。そして動物が与えてくれる癒やしの素晴らしさを身をもって体験しました。

 人間から邪魔者として扱われ、殺処分対象として保護された野犬が、僕たち家族にとってはかけがえのない存在となり、駆除した人間たちに生きるエネルギーを与えてくれる存在になった。そんな不思議を感じながらいつしか、僕も妻も家族ももしかしたらこのまま「あれ、治っちゃった!」なんて本当の奇跡がやってくるのではないか、そんな気分にさえなっていたのでした。

ほとんど寝たきりの妻のそばにたたずんでいる
ほとんど寝たきりの妻のそばにたたずんでいる

 しかし、現実にはがんは静かに進行し体をむしばんでいました。

 2018年の秋になると、もうほとんど妻は起き上がることもできないくらいに衰弱しました。しかし、そんな時も福は枕元に寄り添ってくれました。これまで通り、じっと、静かに。言葉を交わすことはできないけれど、心が通じ合っている。そう感じました。

 残念ながら緩和ケアの病院に行ってしまったから、最後の時を妻と福は一緒に過ごすことはできなかったけれど、きっと静かに旅立ちの瞬間を感じてくれたはずです。

 生前、「自分がいなくなった後、娘のことが気が気ではなかったけど、これからは姉妹のような存在の福がいてくれるから安心だ」と言ってました。

現在を精いっぱい生きる

 今、僕たち残された家族は、福を見習って未来でもない過去でもない、現在を精いっぱい生きることを大切にしています。保護犬を飼うことで、僕らは犬を一匹救ったように見えて、実は犬が僕らを救ってくれたのです。

 僕たち家族にかけがえのない約2年間をプレゼントしてくれた福。もちろん楽しいことばかりじゃないし、大変なことも多いけど本当に保護犬がわが家に来てくれてよかったなと思います。

◆小林さんが発行人を務める雑誌「天然生活」のサイトはこちら

【前編】 困り顔で大きな体の子犬 闘病中の妻に内緒で家に連れて帰った

小林 孝延
福井県出身。編集者。月刊誌『天然生活』創刊編集長、『ESSE』編集長などを歴任。2023年10月に著書『妻が余命宣告されたとき、僕は保護犬を飼うことにした』(鳴風舎)を刊行

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