困り顔で大きな体の子犬 闘病中の妻に内緒で家に連れて帰った

 『天然生活』『ESSE』といったライフスタイル誌で編集長を務め、レシピ本などでも数多くのヒット書籍をつくり続けている編集者の小林孝延さん。3年前に保護犬の「福」を迎えました。これから2回にわたり、愛犬の福と家族のストーリーをつづります。まず前編は、福との出会いから。

(末尾に写真特集があります)

 うっそうと広葉樹が茂る公園の遊歩道。まだ日も上がりきってない時間に毎朝、僕は愛犬の福と一緒にここを歩きます。カサカサと草を踏む自分たちの足音だけが響くこの瞬間、紛れもなく今自分は生きて前進していることを実感するのです。

 気分が落ち込んでいても、悲しんでいても、福はいつも福であり、変わらず歩き、食べ、前を向いている。ああ、生きなきゃな、毎朝改めてそんな気持ちにさせてくれる。今、僕の人生を支えてくれている保護犬の福が我が家にやってきたのは今から3年前のことでした。

森の中を歩くのはまだ誰もいない早朝。怖がりの福にとって他者の気配がない時間帯が一番安心するから
森の中を歩くのはまだ誰もいない早朝。怖がりの福にとって他者の気配がない時間帯が一番安心するから

「抗がん剤治療をしながら、半年を目標に頑張っていきましょう」

 全身に乳がんが転移した妻のCT画像を見ながら主治医からそう告げられたとき、僕たち夫婦はその救いのようのない事実を前に肩をうなだれ言葉を失いました。そんな、まさか…。

 その日から、我が家には鉛のような重苦しい空気が充満し、家族からは笑顔が消えました。一家の主である僕は本当ならば妻や子供たちを元気付けるために明るく振る舞わなければなりません。しかし、どうやっても気力が湧いてこなくて、情けないことに不機嫌で口数も減り、塞ぎ込むようになってしまったのです。

「犬を飼ってみたらどう?」

 そんな僕の様子を心配した友人でモデルの雅姫さんが「犬を飼ってみたらどう?絶対に家が楽しくなっていいよ」とアドバイスをくれました。言わずと知れた愛犬家の雅姫さん。仕事でもプライベートでも家族ぐるみで長年仲良くしてもらっています。

我が家にやってきた日に、雅姫さんと
我が家にやってきた日に、雅姫さんと

 しかし我が家には末期がんの妻がいます。こんな状態で犬を飼っていいの?衛生的には問題はないの?様々な疑問が頭をよぎりはしましたが、主治医に相談することもせず僕は静かに決意したのです。そう、これが全てのはじまりでした。

 2016年の暮れ。野犬問題が深刻化している山口県周南市から、捕獲された子犬たち十数匹が、殺処分を免れるため東京に移送されてきました。その子犬たちのうわさが雅姫さん、そして保護活動にも熱心な女優の石田ゆり子さんを通じてちょうど犬を飼おうかと思っていた僕の元へ届きました。

引き取り手の決まらない子犬

「だれか子犬たちを引き取ってくださる方はいらっしゃいませんか?」。メッセージに共感した心優しき人たちが声をあげ、子犬たちは一匹また一匹と譲渡先が決まっていきました。

 でも、その中の一匹「あんず」と名付けられたその犬だけは、ひときわ大きな体のせいなのか、臆病すぎる性格のせいなのか、引き取り希望で施設を訪れた人たちに、ほとんど興味を持たれることのないまま引き取り手が決まりませんでした。

イノシシの子みたい。子犬たちに混じって体が一回り大きかったせいか、不人気で引き取り手があわられなかった
イノシシの子みたい。子犬たちに混じって体が一回り大きかったせいか、不人気で引き取り手があわられなかった

 当たり前だけどみんなどうせなら子犬が欲しい。小さくてかわいい子犬。僕だって最初はそう思ってました。施設を訪れた時も、事前にいただいた資料を見て「マロン」と名付けられたぬいぐるみみたいな愛らしい子犬が第一希望でした。

 でも施設で走りまわるあどけない子犬たちを僕が物色していると、部屋の片隅で体を丸めて身を潜そめるあんずを抱え上げてボランティアの方達が泣くんです。「あんずはもう大きいから、引き取り手が現れないよね」と。

うなだれた姿がいとおしくて

 その話を理解しているのかのように、あんずは困った顔で僕を見つめる。尻尾を振ることも愛敬を振りまくこともないけど、ただうらめしそうに見つめるのです。そうかこの子には家族が見つからないのだな、そう思いながら、よくよく見てみてるとそのしわだらけの顔が、片耳だけ折れた耳が、うなだれた(ように見える)姿が、たまらなくいとしく思えてきたのです。そこで予定変更。この子を家族にしよう。我が家に家族が増えた瞬間です。

この表情…情けない顔の犬選手権があったら優勝まちがいなし
この表情…情けない顔の犬選手権があったら優勝まちがいなし

 病で動けない人がいる家庭で新たに犬を飼うなんて、と否定的に捉えられる方もいるかもしれません。衛生的にもどうなのか?という問題もあります。だけどそのときの僕は、どんよりと暗い家を、ぱっと照らしてくれるなにかを求めていました。そこで、本当にこれはまったくお勧めできない、絶対まねして欲しくないやり方なのですが、僕は妻に内緒であんずを連れてきてしまったのでした。

◆小林さんが発行人を務める雑誌「天然生活」のサイトはこちら

【後編】 病気の妻に寄り添う愛犬「福」 わが家を太陽のように照らした

小林 孝延
福井県出身。編集者。月刊誌『天然生活』創刊編集長、『ESSE』編集長などを歴任。2023年10月に著書『妻が余命宣告されたとき、僕は保護犬を飼うことにした』(鳴風舎)を刊行

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