ノラネコ一日中追いかけ、生態を解明 200匹に名前を付けた

写真1:「クロジイ」という名前の高齢猫
写真1:「クロジイ」という名前の高齢猫

 前回までの3回は人間と猫との関係の歴史について、少し急ぎ足でお話してきました。今回からはノラネコロジーについてお話してゆこうと思います。

福岡の相島で研究開始

 ノラネコロジーとは、ノラネコとエコロジー(生態学)を組み合わせた造語で、「ノラネコの生態学」という意味です。つまり、町のなかや島に暮らすノラネコたちの生きざまを明らかにしてゆく学問のことです。

 私がノラネコロジーの研究を始めたのは、今からちょうど30年も前のこと。大学院生になったばかりの頃でした。福岡県の玄界灘に浮かぶ相島という小さな島に一軒家を借りて、島に棲むおよそ200匹ものノラネコを対象に、研究を始めました。

 今でこそ、ノラネコの研究をしているといえば、科学系のテレビ番組で取り上げてもらったり、本を書かせていただいたりと、一般の方からも興味や関心を持っていただいております。しかし、私が研究を始めた30年前は、一種の変人のように扱われることもありました。山や森のなかに棲む野生動物の研究ならともかく、そのへんにいるノラネコなんか調べてどうするの? というのが多くの方々の常識的な意見でした。

 野生の動物は、たとえばタヌキにしてもシカにしても、人を見るとすぐに逃げてしまいます。また、ほとんどが森林の中に棲んでいるので、追跡しながらじっくりと動物を観察することはできません。一方、街のなかや島に棲むノラネコたちは、あまり人を恐れません。ノラネコのあとを一日中ついてまわって、何をしているのかをすべて記録することも可能です。じっくりと観察を続けることによって、ノラネコの生きざまや社会が、非常に詳しくわかってきます。このような観察によって明らかになったノラネコの生態や社会の詳細は、観察が困難な野生動物の生態究明のヒントになることもあるのです。これがノラネコを研究するひとつの理由です。

猫の特徴やイメージで名付け

 ノラネコロジーの研究で、まず最初にしなくてはならないこと、それは「個体識別」という作業です。つまり、猫の毛柄、顔つき、目の色、しっぽなどの身体の特徴から、1匹1匹を見分けて名前をつけてゆく作業のことです。個体識別をすることによって、それぞれのノラネコたちの行動を個別に記録することができ、ノラネコの社会をより詳しく知ることができるのです。

写真2:個体識別カード(30年前のもの)
写真2:個体識別カード(30年前のもの)

 個体識別の具体的な方法は、カードに猫の毛柄や特徴を書き込んでいきます(写真2)。まるで子供のぬりえのようにも見えますが、この方法によって、数百匹ものノラネコを識別できます。最近では、スマホやデジカメで撮影した写真も併用しています(写真3)。

写真3:最近の識別カード(写真も併用)
写真3:最近の識別カード(写真も併用)

 個体識別が終われば、次はノラネコに名前をつけてゆきます。200匹もの猫に名前をつけるのは、容易なことではありません。タマやクロ、シロ、ミケといった、ありふれた猫の名前はすぐになくなってしまうからです。名前の代わりに数字の番号をつけていったこともありましたが、これは良くありませんでした。その猫を見た時に、名前となる番号をなかなか思い出すことができないからです。苦労した末にあみだした一番良い方法は、猫の特徴や、見た時に思い浮かぶイメージを、そのまま名前にしてしまうことです。

 たとえば、歳をとった黒猫がいれば「クロジイ(黒爺)」(写真1)、白い靴下を履いたような猫がいれば「シロタビ(白足袋)」、白黒の猫で牛のホルスタインのような柄であれば「ウシ(牛)」、小麦色の毛色をもった猫がいれば、そのまま「コムギ」などなど。この方法だと、名前をつける苦労もなくなりますし、なによりもその猫を見ればすぐに名前を思い出すことができます。

 ノラネコロジー研究の基本である個体識別は、特別な機材や道具なども必要でなく、誰でも(小学生でも)簡単に、しかも楽しみながらできる作業です。個体識別がだいたい終われば、次は本格的な調査へとはいっていきます。次回からは相島での研究によって明らかになったノラネコの生きざまについて、少しずつお話してゆきたいと思います。

山根明弘
1966年兵庫県生まれ。九州大学理学部卒、理学博士、動物学者。西南学院大学人間科学部教授。専門は動物生態学、集団遺伝学。30年前より福岡県・相島にてフィールドワーク、ノラネコの生態の研究を行っている。

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この連載について
ねこと暮らして1万年
猫が人間のそばで暮らして1万年。猫島にてフィールドワークを行う動物学者が、猫の生態や歴史、人との共存のありかたまで幅広く解き明かします。
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