ノラネコのケンカ「鳴き合い」、勝ったオスは仁王立ち

写真1:大きな声で脅し合う2匹のオス
写真1:大きな声で脅し合う2匹のオス

 前回はノラネコロジー(ノラネコの生態学)のおはなし、特にノラネコの個体識別や名前のつけかたについて解説いたしました。今回からは少し詳しいノラネコロジーのお話をしてゆこうと思います。

顔つき合わせて数分の勝負

 2匹のオスが、顔を突き合わせて、大きな声で脅しあっているのをご覧になったことはないでしょうか(写真1)。オスはお互いに凄い形相で、相手に少しでも自分の体が大きく見えるように、手足をまっすぐに伸ばし、そして毛を逆立てたボアボアの尻尾を左右に激しく振ります。そして喉からは、絞り出すような大きな高い声で、交互に脅しあいます。

 これは「鳴き合い」というオス同士のケンカです。実力の拮抗した2匹のオスが、自分の縄張りをパトロール中に道でばったりと出くわした時や、メスをめぐるせめぎ合いの最中にも見られます。一年をつうじてこの鳴き合いは見られますが、やはり一番多いのは、メスの発情期とその前後、秋の終わりころから春頃までです。

 鳴き合いは通常、数分のあいだ続きます。最初のうちは、お互いに威勢よく鳴き合うのですが、そのうちにどちらか一方の鳴き声が次第に小さくなり、そして全く鳴かなくなってしまいます。こうなれば、もう勝負ありです。鳴かなくなったオスは、緊張で体をこわばらせながらゆっくりとした動作で、体を反転させて去ってゆきます。勝った方のオスは、仁王立ちのような姿で(猫に仁王立ちというのも変ですが)、負けたオスの姿が見えなくなるまで睨みつけます。なぜ、オスは鳴き合いをするのでしょうか?

 激しく噛み合ったり、引っ掻きあったりするような取っ組み合いのケンカでは、負けた方も勝った方も、無傷ではいられません。猫のような肉食獣は、獲物を素早く殺すための武器、つまり鋭い牙や爪を持っているからです。深い傷を負ってしまうと、肝心の発情期を棒に振ってしまうことさえあります。ノラネコが「鳴き合い」を行うのは、お互いに身体を傷つけあうことなく、優劣の順位をつけるためであると考えられます。ただそうは言っても、鳴き合いをしている両者が一歩も引かず、次第にエスカレートして取っ組み合いのケンカにまで発展することもあります。その場合は、あたりに毛の飛び散る凄まじい闘争となります。

ケンカに強いオスとは?
ケンカに強いオスとは?

アウェイに弱いノラネコ

 では、この「鳴き合い」の勝敗を決める要因は何なのでしょうか? 多くの動物では、オスの強さは体の大きさによって決まります。つまり、体の大きなオスのほうが強いのです。ノラネコではどうなのでしょうか? 体の大きさの指標は、身長や体重などがありますが、ノラネコの場合、体重を体の大きさの指標としました。ノラネコの身長(頭胴長=鼻先から尻尾のつけねまでの長さ)は、オスの間で大きな差がないからです。

 ケンカの勝ち負けと、体重との関係を解析してみると、観察された対戦のうちのおよそ7割強で、体の大きな(体重の重い)オスが勝っていました。ノラネコのケンカの勝敗を分けるのは、他の動物と同様に、体の大きさが重要のようです。しかしながら、残りの2割の対戦では、逆転しています。つまり、大きなオスが、小さなオスに負けているのです。体の大きさ以外に、何か他にも要因があるのでしょうか? このケースを詳しく調べてみると面白いことがわかりました。大きなオスが、自分のいるグループから出て、他のグループに遠征に行った際、遠征先のグループの小さなオスとの対戦で負けてしまっていたのです。それではなぜ、遠征先では弱くなってしまうのでしょうか?

「猫は家につく」と昔からよく言われています。家の中で飼われている飼い猫などでも、家の外に一歩出ただけで、とたんにオドオドしてしまい、いつもの自信たっぷりのオス猫ではなくなってしまいます。猫は自分がどこにいるかによって、気持ちの強さのようなものが違ってくるのだと思われます。ノラネコでも同様で、いくら体が大きくとも遠征先では心理的な優位性が失われて、小さな猫にも負けてしまうのでしょう。よく考えてみると、私たち人間でも同じですね。野球やサッカーでも、地元(ホーム)の試合では強くとも、敵地(アウェイ)ではあっけなく負けてしまうのは、よくあることです。

 次回もノラネコロジーのお話をします。ノラネコの社会では、どのようなメスがオスたちにモテるのか、わたしたち人間の社会とも比較してみようと思います。

山根明弘
1966年兵庫県生まれ。九州大学理学部卒、理学博士、動物学者。西南学院大学人間科学部教授。専門は動物生態学、集団遺伝学。30年前より福岡県・相島にてフィールドワーク、ノラネコの生態の研究を行っている。

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この連載について
ねこと暮らして1万年
猫が人間のそばで暮らして1万年。猫島にてフィールドワークを行う動物学者が、猫の生態や歴史、人との共存のありかたまで幅広く解き明かします。
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