少年院の保護犬訓練プログラム 犬が少年の閉ざされた心を開いた

ロンのまなざし
ロンのまなざし

 ギヴ・ミー・ア・チャンス。

 これは、千葉県八街市にある八街少年院でおこなわれている保護犬訓練プログラムの名称である。英語のGive Me a Chance の頭文字を取ってGMaCと呼ばれるこのプログラムは、少年院にいる少年たちが、動物愛護センターなどから引き出した犬たちを訓練するという日本初の取り組みだ。公益財団法人ヒューマニン財団との協働で、家庭犬となる訓練を終えた犬は、財団を経て希望する家庭に引き取られる。

(末尾に写真特集があります)

 プログラムでは3人の少年と3頭の犬が一対一のペアになり、3カ月にわたって、週4日約90分の授業をみっちり受ける。

GMaCプログラム第1期に参加した保護犬たち
GMaCプログラム第1期に参加した保護犬たち

 少年たちに犬の訓練を教えるのは、ヒューマニン財団のドッグトレーニング・インストラクター、鋒山佐恵さん。アメリカで「犬学」専門のバーゲン大学を卒業し、少女の更生施設や女子刑務所で犬の訓練を指導する経験を積んできた。 

 アメリカには非行や犯罪をした人たちが保護犬や介助犬などの訓練をとおして社会に貢献するプログラムが数多くあるが、日本でも近年本格的な実践が始まっている。2009年にスタートした日本初の“プリズン・ドッグ”である島根あさひ社会復帰促進センターの「盲導犬パピー育成プログラム」からは、これまでに12頭の盲導犬が誕生。2014年に始まったGMaCプログラムでは、25頭の保護犬を救い、セカンドオーナーに譲渡した。

 八街少年院は少年院に入るのが初めてではない、かなり非行傾向の進んだ少年たちを多く受け入れている。劣悪な家庭環境で育ち、人には心を開けないという子も少なくない。そんな少年たちにとって、自分たちと同じように虐待やネグレクトに遭った犬たちがふたたび人と暮らせるよう訓練することは、彼ら自身の回復と成長につながる。

 私はこのプログラムの立ち上げにかかわり、第1期の少年たちに密着して取材した。3人の少年たちの一人で、当時19歳だったリョウ(仮名)は、幼い頃から継父の暴力を受けて育ち、人間に対しては固く心を閉ざしていた。プログラムの半ばまでは、「人のことは信じてないし、信じてほしいとも思いません」とにべもなく断言するほどだった。

 だが、リョウが訓練を担当したロンという雑種犬が、彼の厚い心の殻をこじ開けた。茨城のシェルターで保護されていたロンがどこでどうしていた犬なのか、ヒストリーはまったくわからない。だが、人を信じる心を失っていなかったロンは、リョウの目をまっすぐ見つめ、やがて彼を信頼しておなかを見せるようになった。

リョウに撫でられると喜んでおなかを出すロン
リョウに撫でられると喜んでおなかを出すロン

「ロンの毛をさわってると、温かさっていうか、愛しさっていうか………そういうのを感じるんです。保護犬がこんなにかわいいって知らなかった」

 最初の頃は石のように無表情だったリョウは、プログラムが終わる頃にはすっかり表情が和らぎ、満面の笑みを見せるようになった。

 八街少年院を出院したリョウは、その後自分で起業し、少年院や刑務所を出た人たちの社会復帰を応援する「協力雇用主」になっている。

 動物たちはどうして閉ざされた心の扉を開くことができるのだろうか。それは、動物たちは相手が非行少年であろうと犯罪者であろうと、その人をありのままに受け入れ、寄り添ってくれるからだろう。動物たちにはうそやごまかしは一切なく、与えられた愛情を裏切ることもない。人間に傷つけられてきた人にとって、動物たちは安心して心を開ける相手なのだ。

 犬の訓練には、人生をよりよく生きるために大切なレッスンも数多く含まれている。犬にとってよきリーダーとなるために、トレーナーは責任ある一貫した行動を取らなければならない。その日どんなに嫌なことがあったとしても、決して負の感情を訓練に持ち込んではいけない。また、相手に伝わるように明確なコミュニケーションを取ること、むずかしいコマンドなどの大きな目標は、スモールステップで少しずつ達成していくことなど、数え上げればきりがない。

ゴミ捨て場に捨てられていたイヴは、幸せな家庭犬になった
ゴミ捨て場に捨てられていたイヴは、幸せな家庭犬になった

 少年たちが授業で着るユニホームには「Training for Life」という言葉がプリントされている。GMaCとはまさに、少年にとっても、犬にとっても、「生きるためのトレーニング」なのである。

公益財団法人ヒューマニン財団のHPはこちら

大塚敦子さんのHPはこちら

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刑務所の中で、盲導犬候補の子犬を育てるパピープログラム

「ギヴ・ミー・ア・チャンス」
著・写真:大塚敦子/出版社:講談社/定価:1300円(税別)/体裁:四六判・204ページ
 少年院における日本初の保護犬訓練プログラムGMaC。立ち上げにかかわった著者が、この取り組みがスタートするまでのプロセス、少年たちと犬たちとの交流、それぞれの成長のドラマを、プログラムの第1期に密着して描いた4年越しのルポ。
「〈刑務所〉で盲導犬を育てる」
著者:大塚敦子/発行:岩波ジュニア新書/価格:840円(税別)/体裁:新書版
 日本初のプリズン・ドッグプログラム「盲導犬パピー育成プログラム」はどのように始まったのか。盲導犬候補の子犬たちを育てるうちに、受刑者たちはどのように変わっていったのか。7年間の取材から、人の心を開く犬の力、プログラムを支えるボランティアたちの姿なども丹念に綴る。
大塚敦子
フォトジャーナリスト、写真絵本・ノンフィクション作家。 上智大学文学部英文学学科卒業。紛争地取材を経て、死と向きあう人びとの生き方、人がよりよく生きることを助ける動物たちについて執筆。近著に「〈刑務所〉で盲導犬を育てる」「犬が来る病院 命に向き合う子どもたちが教えてくれたこと」「いつか帰りたい ぼくのふるさと 福島第一原発20キロ圏内から来たねこ」「ギヴ・ミー・ア・チャンス 犬と少年の再出発」など。

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この連載について
人と生きる動物たち
セラピーアニマルや動物介在教育の現場などを取材するフォトジャーナリスト・大塚敦子さんが、人と生きる犬や猫の姿を描きます。
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