カラスに襲われていた仔猫 救ってくれた犬を母と慕い、成長
飼い主と朝の散歩をしていた黒柴の「ひめ子」(当時2歳)は、何かをつついているカラスの群れの中に果敢に飛び込んでいった。そこには、つつかれて怯えきった、生まれて間もない仔猫がいた……。
(末尾に写真特集があります)
手賀沼と利根川に挟まれた我孫子(あびこ)は、志賀直哉や中勘助ら大正期の白樺派文人たちに愛された自然豊かな「ものがたりの町」だ。
この地で、国産天然木を使った暮らしを提案する「ひのき工房」を営む倉持栄一さん・和枝さん夫妻と暮らす黒柴のひめ子(4歳)と白猫の「ひな子」(2歳)にも、「種」を超えたものがたりがある。
見知らぬ客にビビるひな子の前に回り、守るような体勢でひめ子がこっちを見た。やさしい顔立ちの黒柴である。
「もうね、ひめ子は、完全に母親なんです。ひな子はビビリで、とくに黒いものが寄ってくると、身がすくむ。やっぱりあんな怖い思いは、いつまでたっても消えないのねえ」と、和枝さんは言う。
2年前の春の朝のこと。和枝さんがひめ子を連れて散歩中、いつもの公園を通りかかると、カラスが石垣のそばに黒い群れを作っていた。
いきなり、ひめ子はぐいぐい綱を引っ張ってカラスの群れに突進。真ん中に思いきりジャンプして飛び込み、カラスを蹴散らした。
そこには、石垣に必死にしがみつく、目が開いたばかりの仔猫がいた。昨日の朝はいなかったから、捨てられたばかりなのだろう。
抱き上げると、集中して肉をついばまれたらしい左後ろ脚は、もう骨だけになっていた。心配そうにのぞき込むひめ子と共に、急いで仔猫を家に連れ帰る。
寝ていた栄一さんが「猫の鳴き声がする」と起きてきた。「うちには犬がいるから、猫は一緒には飼えないだろ」と言いながらも、子猫の容態を案じる。
仔猫をミニ毛布にくるんで動物病院に連れて行こうとする和枝さんに、ひめ子は“その子をいったいどこに連れていくの”と言いたげな必死の目で追いすがった。
仔猫は左脚を関節から切断手術することに。入院中、和枝さんと共に2度お見舞いに行ったひめ子は、ケージ内の仔猫を見つめ、「クンクンクン(大丈夫だよ)」となだめるように鳴き続けた。
戻ってきた仔猫を、ひめ子は大喜びで迎え、つきっきりで世話を始めた。お尻を舐めて排泄を促し、おっぱいをまさぐる仔猫に添い寝してやる。そのうち、ほんとうに母乳が出るようになった。仔猫が床に粗相をしてしまうと、素早く舐めとって、素知らぬ顔でフォローする。「この子はなんにも困ったことはしない、お利口さん。うちの子にしましょうね」と言わんばかりに。
「最初は里親を探すつもりだったんですけどね、2匹の姿を見たら、もう引き離すことなんて私たちにはできませんでした」と、和枝さん。
「ひな子」と名づけられた仔猫は、ひめ子を母と慕い、すくすく成長した。
ひめ子は溺愛するだけの母親ではなかった。我が子が危ないことをしそうなときや、いたずらが過ぎるときは、唸ってしっかりしつけをした。
ひな子は、右目が黄緑で左目がブルーのオッドアイを持つ、美しい猫になった。脚は3本だが、日常に何の支障もない。
2匹は、車の助手席に抱き合って乗り、自宅から工房まで毎日出勤する。天然木材の香りに満ちた広い工房内は、好奇心真っ盛りのひな子にとっては、格好の冒険場や隠れ場所だ。
その走り回る姿を、ひめ子母さんは、いつも目で追い、高いところに登れば心配そうに見上げる。
「あれ、ひな子はどこにいった?」と栄一さんが問えば、ひめ子がすぐに教えてくれる。
この頃は、「アタシ、もう子どもじゃないんだからほっといて」とばかり、母に向かって可愛い猫パンチが飛ぶことがある。そのくせ、かまってほしいと、しつこくちょっかいを出す娘に、「いい加減にしなさい」と母が怒るときもある。ケンカするほど仲のよい2匹なのだ。
ときどき、ひな子もリードをつけてもらって、公園散歩に同行する。猫の散歩は珍しいので、他の犬がすぐに寄ってくる。
「そんなとき、ひめ子は必ず、唸りながら真ん中に割って入る。『うちの娘にちょっかい出さないで』って。ひな子はひめ子にとって宝物なんです」と、和枝さん。
「犬と猫が、たとえ一緒に暮らせても、こんなにも仲よくなるとは。犬が猫を産んじゃったね、って、出入りの人と話してます(笑)」と、栄一さん。
ひめ子とひな子。運命の巡り合いで、母と娘の絆を結んだ2匹。これからも、夫妻の宝物として睦まじく寄り添い、この町で家族の「年輪」を重ねていくことだろう。
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