建築会社が保護猫シェルターに 職人たちも猫に癒される
人懐っこい1匹の野良猫と出会ってから、猫好きに。やがて夫と経営する会社の事務所で、猫を保護して世話をするシェルターを始めた女性がいる。会社は“男の職場”のイメージが強い建築業。どんな会社なのか、訪ねてみた。
(末尾に写真特集があります)
埼玉県川口市のマンション3階にある建築塗装会社「石崎工業」の事務所のドアを開けると、奥から「ニャー」という鳴き声が聞こえてきた。
「夫と経営する会社兼、保護猫シェルターなんですよ」
取締役でもある妻の石崎美千子さん(52)が説明する。その横の机に、茶色いサビ柄の猫がぴょんと飛び乗った。
「この猫は約3歳半の『たまこ』。お客様をもてなすのが得意な営業部長のメス猫です」
事務机に、電話、パソコン、コピー機……一見ふつうの事務所だが、壁にはキャットウォークが取り付けられ、ケージや猫トイレも置かれている。
「隠れていますが、猫は9匹います。3LDKの部屋では世話しきれず、ブログで知り合った友人に“預かり”もしてもらっています」
石崎さん夫妻が、この場所で会社を始めたのは、今から28年前だ。当時の美千子さんは猫にまったく興味がなく、触ったことさえなかった。その“苦手意識”を変えたのが、「たまこ」だった。
出会いは、3年前の冬。
「私が取引先に集金に行こうとして階段を下りたら、急にニャーンと寄ってきて。生後半年くらいでしたが、野良猫なのに人懐こくてびっくり。翌日から私の“出勤待ち”をして、一緒に階段を上がって事務所まで通うようになったんです」
最初のうちは「野良は汚い」と思っていたため、職人さんが抱きあげるのを見て、「大丈夫? ノミとかうつるんじゃない?」と躊躇した。
しかし次第に愛情がわき、1か月もたたないうちに「たまこ」の避妊手術を受けさせ、事務所で飼うことにした。
「『たまこ』を飼う時、夫も『へえ、猫って可愛いんだな』と言っていました。でも2匹目の猫(『たまこ』の親戚『まいまい』)を相談せず勝手に引き入れた時は、少し怒っていました(笑)。『来たものはしょうがない』と認めてくれましたけどね」
そうして事務所に猫を入れると、「まだいるわね」と表にいる猫が気になり始めた。仕事の合間に世話をするようになったのだが、ある日、「たまこ」の兄弟が怪我をしているのを見つけ、いたたまれなくなったという。
「事故に遭ったようで、左後ろ足の先の肉がえぐれ、骨が見えていました。でも人を怖がるので、触ることができない。捕獲機もなかったので、近郊の大きな動物愛護団体をネットで探して連絡しました」
助けを求めた先は「ねこけん」(東京都練馬区)。「自分で保護をするので、捕獲と動物病院への輸送を頼めないか」と美千子さんが相談すると、すぐに捕獲機を持って駆け付けてくれた。
「怪我したオス猫は、断脚と去勢手術をして、すぐ事務所に入れました。そこから愛護の気持ちが深まりましたね。こんな怪我するような子をもう見たくない。そのためには、猫が増えないようにする必要があると思ったんです」
結局、「たまこ」の母猫など一族7匹をすべて保護。以来、捕獲器も購入し、美千子さんは近隣の猫のTNRを率先して行うようになった。その数は、2年半で40匹以上にのぼる。
事務所を保護猫シェルターにしたのには、別の事情もある。自宅では犬を飼い、一緒に住む次女が猫アレルギーのため、猫は飼えないのだという。
「昔は仕事を終えると、5時、6時に帰ったものですが、今では夜の9時、10時まで会社にいることもあります。事務を手伝っている長女も保護活動に巻き込んだのですが(笑)、彼女が保護した『ちはる』が、今度お嫁にいくんですよ」
そんな猫の話を聞いていると、営業や建築現場に出かけていた男性社員たちが、1人、2人と事務所に戻ってきた。
営業担当の、のぶさん(60代)が席につくと、「たまこ」が“おかえりー”とでも言うように駆け寄った。のぶさんの顔が笑顔でくしゃくしゃになる。
「自分はもともと動物が好きでね」
ちょうど「たまこ」が事務所に姿を見せはじめた頃、のぶさんの母親の具合が悪くなり、間もなく亡くなった。悲しみをこらえて仕事をしていたが、猫と過ごしていて、ふいに涙があふれたという。
「猫は何も言わないのにな。どういうわけか慰められた……」
ほどなくして、職人の二郎さんも事務所に戻り、「おう、遊ぶか?」と机から猫じゃらしを取り出した。「たまこ」や「ちはる」がぴょん、ぴょんと遊ぶ。その姿を、美千子さんが穏やかな表情で見つめる。
「『たまこ』は鍵シッポなので、猫も、運も呼びこんだのかな。この子が来てから会社の業績も上向きなんです。大変なこともあるけど、できる範囲で、愛護活動を続けたいと思っています」
猫を助けながら、猫からかけがえのない“贈り物”をもらっているようだ。
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