「ざんねんないきもの事典」を生んだ学者・今泉忠明さんの素顔
シリーズ2冊で計100万部を突破した「ざんねんないきもの事典」。監修した今泉忠明さんは、いまも奥多摩や富士山に通い、野生動物の調査をする現役研究者です。「いつまでも自然の変化を見つめていたい」という情熱が、行動力の源です。
■「いつまでも自然の変化見つめていたい」
出版社に届いた反響のはがきからは、子どもたちの笑い声が聞こえてきそうだ。「コメントや絵、解説がおもしろすぎて、思い出すたびに笑ってしまう」(男子11歳)、「学校にもっていったら大ひょうばんだった。ありがとう!」(女子8歳)。
一生懸命に生きているのに、どこか「ざんねん」に感じてしまう動物たち。その愛らしい生態をやさしく紹介し、児童書では異例のベストセラーになった。
「アライグマは食べ物をあらわない」「カは血なんかすいたくない」「パンダが一日中食べ続けているササの葉にはじつはほとんど栄養がない」。思わず誰かに話したくなる楽しい情報があふれる。
でも実は大まじめの本だ。「進化のしくみを正しく理解してもらいたい」。そんな願いを込めている。「進化というと『生物がより優れた能力にパワーアップする』といったイメージもありますが、間違いです」と今泉さん。ざんねんに見える能力も、環境によっては大切な強みになる。「そんな落差の具体例を、編集者やライターと協力して集めました」
高校時代からフランスの海洋学者クストーにあこがれ、海で泳いで体を鍛えた。大学では水産資源学を専攻。千葉県内の臨海実習場でマスの赤血球を研究。そのかたわら、国立科学博物館にいた動物学者の父を手伝って、高山に生息するネズミの調査も続けた。
大学4年の時のこと。まだ米軍統治下だった沖縄で、イリオモテヤマネコが発見される。紆余(うよ)曲折の末、捕獲された2匹をしばらく自宅で飼育することに。忙しい中、指導教授から「就職はどうする?」と問われ、「考えていません」と答えた。「そのまま、今で言うところのフリーターです」
在野の研究者として、専門機関や行政から依頼され、日本中を調査して歩いた。四国でニホンカワウソを探したり、沖縄に長期滞在してイリオモテヤマネコを調べたり。当時は動物専門誌「アニマ」が1973年に創刊されるなど動物ブーム。一般向けの執筆依頼も多く、本の書き方を覚えた。
44歳から4年間、上野動物園で第1号の動物解説員も務めた。「動物に親しんでもらう話題のこつをつかみました」。そんな時期も休日は調査に出かけ、北海道で珍しいトガリネズミの捕獲に挑んだ。
「でもいまの動物学は、研究室にこもってDNAを調べるのが主流のようで」と、現状への不安も口にする。自身はいまも徹底した現場主義だ。4WDを運転し、富士山の樹海や奥多摩の山中へと向かい、時には車中泊も重ねる。
ニホンジカ、イノシシ、キツネ、アナグマ、リス……。どこにどんな動物がいて、活動する範囲や季節、時間帯がどうなっているのか。姿を追い、ふんや足跡をさがし、自動撮影カメラをしかけて記録する。
暑さも寒さも平気だ。かつて海で鍛えた丈夫な体が疲れを寄せ付けないらしい。「すみませんね。自分を『シニア世代』とは思っていないんです」
(伊藤隆太郎)
1944年、東京都生まれ。東京水産大学(現・東京海洋大学)卒業。文部省(現・文部科学省)の国際生物学事業計画(IBP)調査、環境庁(現・環境省)のイリオモテヤマネコの生態調査などに参加する。上野動物園の動物解説員、静岡県にある「ねこの博物館」館長などをへて、現在は奥多摩や富士山の自然調査に取り組んでいる。著書『小さき生物たちの大いなる新技術』『巣の大研究』など。
一生懸命生きているけど、どこか残念な生き物を集めた「ざんねんないきもの展」が10日、東京・池袋のサンシャイン水族館で始まる。来年4月8日まで。累計100万部を突破した人気書籍「ざんねんないきもの事典」シリーズ(高橋書店)とのコラボ企画。青い舌で敵を威嚇するがあまり怖くないアオジタトカゲや、尻尾は簡単に切れるが再生しないシマリスなど約20種類を展示予定。展示会のみの入場は600円。水族館本館や対象施設など利用の場合は400円。問い合わせは同水族館(03・3989・3466)へ。
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