踊っているような撮影クルー、窓越しに見つめる猫

田中泯さんが踊り始めた。ポルトガルのトーレス・べドラス。白昼、人通りのない路地、その石畳の上で。カメラマンの池内義浩さんと、泯さんの動きをじっと見つめる。
舞踊家、最近は俳優としても有名な田中泯さんから、トーレス・べドラスのアートフェスで踊るので奥さんと一緒に来ませんか?と誘われた。泯さんとは「メゾン・ド・ヒミコ」という映画でご一緒して10年以上のお付き合いだ。あの檀一雄が「火宅の人」を仕上げるために暮らしたサンタクルスの近く、美しい海岸線の街で泯さんの「場踊り」の誕生に立ち会える。なんと最高の休日!と思ったが、そこは貧乏性、結局もったいなくて撮影スタッフを同行してしまった。
1週間、檀一雄の足跡をたどりながら泯さんと街を歩き、踊る場所を探し続けた。7カ所で泯さんは踊った。夜の街角、海岸、崖、廃虚、教会、そして路地。
どの場所も、突然の踊りに横槍(よこやり)を入れる者はなかった。泯さんは空気のように、根ざした植物のように、そして時に太陽や月や波のようにそこに居続けた。通りすがりにその存在を発見、取り憑(つ)かれ、立ち止まる人が次第に増えていく。何人もが「彼はダンサーなの?」と私に尋ねた。うなずくと、皆納得して満足そうな笑顔を浮かべた。
泯さんの「場踊り」は、場の形状、歴史、植栽、植生、人、色彩、光、タイミング、といった全てと共に生み出されていく。見ていると毎回、滝に打たれ祈り続けたような気持ちと身体になる。まあ、私は滝に打たれたことはないのだが。
誰もいない路地、撮影中、ふと見ると、窓から猫がこちらに目を凝らしている。その家の飼い猫だ。
その時思った。泯さんの踊りに合わせ息を詰め、時にカメラと共に移動し続ける私たちも、その猫には踊っているように見えているのではないかと。もしそうだったら最高に嬉(うれ)しい。
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