米国の動物介在プログラム 「猫たちといると心が温かくなる」

 ワシントン州内の刑務所で広くおこなわれている保護猫の社会化プログラム。6月、モンロー刑務所(MCC)の取り組みの現場を見てきた。他の刑務所と違うのは、重い精神疾患を患う男性受刑者だけを収容する特別ユニットでおこなわれていることだ。
 
(末尾に写真特集があります)
 
 モンロー刑務所と協働してプログラムをおこなっているのは猫専門の保護団体パーフェクト・パルズ。2006年にスタートし、最初の8年間は生後6カ月までの子猫を対象にしていたが、2014年からはシャイで人に慣れていない大人の猫も託すようになった。これまでになんと750匹以上、刑務所でケアを受けたほぼすべての猫たちの譲渡に成功している。受刑者が猫を傷つけるようなことはいっさいないという。

 

 毎週火曜日にはボランティアが刑務所を訪れ、猫たちの状態をチェックする。彼らに同行して特別ユニットに入ると、15人の受刑者がキャリーを持って集まってきた。みんな笑顔で、刑務所のスタッフも一緒になって猫たちをなでたり、抱っこしたりと、なんとも和やかな雰囲気だ。

 

毎週火曜日にはボランティアが訪問し、猫たちをチェック
毎週火曜日にはボランティアが訪問し、猫たちをチェック

 多頭飼育崩壊の家からレスキューされた二匹の猫(ベルトンとボニー、推定6歳)を1年近く世話しているというクレイグは話す。

 

「この子たちは、最初ここに来たときはおびえ切っていて、いっさいキャリーから出てこなかったんだ。キャリーから出して抱き上げられるようになるまで4カ月かかったよ。でも、いまでは僕のすぐそばでくつろぐようになった。ひざ乗り猫にはならないだろうけど、家庭のペットには十分なれると思うな」

 

 受刑者たちは、Tタッチ(Tellington Touch)と呼ばれるマッサージ法で猫たちの緊張をほぐしたり、そばに来ればおやつをあげるなどして、少しずつ彼らの警戒心を解いていく。

 

 このプログラムでやりがいを感じるのはどんなとき?と聞くと、クレイグはこう答えた。

 

「猫が僕を信頼してくれたとわかったとき。ずっと隠れていた猫がベッドに乗ってきて、ゴロゴロのどを鳴らして甘えてくれる……人生で最高の瞬間だよ」

 

 クレイグはしみじみと言う。

 

「猫たちといると、心が温かくなるんだ。猫たちがどんなことをしても、僕は絶対叱らない。この子たちはもう十分怖い思いをしてきたんだから……。引っかく猫もいるけど、それはおびえているからだ。凶暴だからじゃないんだ」

 

 自分が世話した猫を手放すときはどうかと聞くと、クレイグの目が少しうるんだ。

 

「まるで自分の一部が去っていくような感じで、すごくつらい。別れがつらくて、半年間プログラムを休んだこともあるんだ。でも、猫たちのおかげで、ここにいる時間が少しはましになる。愛する者がいることでね……」

 

 クレイグは仮釈放なしの終身刑を科されている。でも、もしもいつの日かここを出ることができたら、捨てられた動物たちを救う仕事をしたい、と彼は言った。

 

ビビリで部屋から出ることもできなかったクリスタル(10歳)。ハンドラーの手厚いケアで、共有スペースまで来ることができるようになった。
ビビリで部屋から出ることもできなかったクリスタル(10歳)。ハンドラーの手厚いケアで、共有スペースまで来ることができるようになった。

 パーフェクト・パルズの担当者スーザン・バークはこう話す。

 

「この人たちがもっと早くに適切な治療を受けられていたら、被害者もいなかったし、一生を塀の中で過ごすことにもならなかったと思うと、ほんとうに悲しい。このプログラムは、そんな彼らに少しでも意味のあることをするチャンスを与えています」

 

 ボランティアのカレンは、長年、保護猫にかかわってきた動物看護師だ。彼女はこのプログラムを紹介する新聞記事を読み、いてもたってもいられずスーザンに電話したのだという。

 

「社会化にかける時間と人手さえあれば、人と暮らせるようになる猫たちがたくさんいるのに、助けてあげられない……じくじたる思いをしていたところにこの話を聞いて、これだ!と思いました。受刑者だからだめだなんて思いません。彼らのおかげで、これだけ多くの猫を救えるようになったんです。大切なパートナーです」

 

 特別ユニットを担当する刑務所スタッフも言う。

 

「彼らは重篤な精神疾患を抱えていますが、とてもそんな風には見えないでしょう?猫たちがいるおかげで、ほんとうに心情が安定しているんです。自分以外の誰もケアしたことがなかった人たちが、こうやって他の命をケアする経験をして、変わっていく……それはすごいことですよ」

 

 猫も人も救われるモンロー刑務所の保護猫プログラム。その成功を支えているのは、受刑者とともに働くことをいとわない保護団体とボランティアの存在だ。パーフェクト・パルズでは刑務所に行くボランティアの確保に苦労したことはなく、フードや猫砂、おもちゃなどもすべて寄付で賄えているという。

 

 犬もそうだが、猫もまた、自分を愛し、大切にしてくれる人には無条件の愛情で応える。そんな動物を介するからこそ、刑務所という壁を乗り越えることができるのかもしれない。

 

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大塚敦子
フォトジャーナリスト、写真絵本・ノンフィクション作家。 上智大学文学部英文学学科卒業。紛争地取材を経て、死と向きあう人びとの生き方、人がよりよく生きることを助ける動物たちについて執筆。近著に「〈刑務所〉で盲導犬を育てる」「犬が来る病院 命に向き合う子どもたちが教えてくれたこと」「いつか帰りたい ぼくのふるさと 福島第一原発20キロ圏内から来たねこ」「ギヴ・ミー・ア・チャンス 犬と少年の再出発」など。

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この連載について
人と生きる動物たち
セラピーアニマルや動物介在教育の現場などを取材するフォトジャーナリスト・大塚敦子さんが、人と生きる犬や猫の姿を描きます。
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