「トラ牧場」240カ所! 繁殖させて解体、漢方薬や精力剤に
トラを繁殖させて解体し、あらゆる部位を漢方薬や精力剤として不法に売りさばく「トラ牧場」が東南アジアや中国で増えている。野生のトラが激減し、密猟が難しくなったためだ。動物園や寺を隠れみのにした「トラ牧場」とその密売網を追った。
《トラ肉 1キロ5千バーツ(約1万6千円)
骨 1キロ8万バーツ
生殖器 1本3千バーツ》
タイ警察がトラ牧場から押収した捜査資料には、トラの部位の「卸値」が並んでいた。トラはタイやラオスで繁殖されると、巨大な消費地の中国やベトナムに流れていく。
タイ西部の密林地帯。トラとの撮影で人気の寺院「タイガー・テンプル」に警察が踏み込んだのは昨年6月だった。147頭が保護され、幼いトラの死体60体や骨のお守り約1千個、毛皮2枚、解体に使われるナタなどが見つかった。
4カ月後、行方不明だった住職が寺に戻った。柿色の法衣を羽織り、象牙が飾られた仏殿に腰掛けた。「門下の僧侶がやったことで自分は関係ない」。住職本人が語った翌月、タイ中部の牧場から105頭を買っていたことが、自然保護当局への取材で分かった。
寺の40代の元僧侶に問うと、飼育係として解体に関わったことを認め、「毛皮を傷つけないよう慎重にはぐ。牙や爪は魔よけになる。トラに売れない部位はない」と語った。話しぶりに罪の意識は感じられない。
■大消費地の中国・ベトナムへ
寺のトラや製品は、どこに出荷されていたのか。
警察が指摘するのは、動物密売の「ハブ」と呼ばれるラオスの牧場だ。
ラオス有数の牧場「バナセン」に向かった。赤土の森が広がる中部ボリカムサイ県。正門に近づくと門番が飛んできた。「県森林局長の許可を取って出直せ」
内部を知る関係者3人から話を聞く。牧場はラオス人とベトナム人の動物商が共同運営する。米政府が2013年、有力情報を求めて報奨金100万ドル(約1億1千万円)を懸けた大物動物商「ケオサバン」の失脚後、人脈を引き継いだ2組織の一つだという。
英ガーディアン紙によると、牧場は14年、政府の公認でトラ20トン(約1億3千万円相当)や象牙90トン(約25億円相当)などを出荷し、売り上げの2%を国に納めていた。国際機関の追跡調査で、牧場を出た車両がラオス東部の国境検問所からベトナムに入り、ハノイや中国南部で荷を下ろす経路が判明している。
麻薬取引が盛んなラオス西部の「黄金の三角地帯」にあるボケオ県にも牧場がある。バナナ畑に囲まれたメコン川沿いの「動物園」。「絶滅危惧種の保護」と書かれた柵をのぞくと、体長2メートル近いトラが寄ってきた。案内には計32頭いると書かれていた。
牧場用地を含む一帯約100平方キロメートルは、中国資本が09年、ラオスから99年間の契約で借り上げた。土産物屋には「トラの生殖器」とされる乾物を漬けた酒があった。ボトル1本約1万円だ。
■根強い需要、国またぐ捜査は困難
英NGO「環境捜査局」(EIA)によると、こうした「トラ牧場」はタイ、ラオス、ベトナム、中国に約240カ所あり、飼育数は7千~8千頭に上る。この20年で半減した野生のトラの倍以上の数だ。
トラの商取引は絶滅危惧種を守るワシントン条約違反だが、国をまたぐ犯罪は当局の追跡を免れてきた。国会議員や軍、警察OBなどが「後ろ盾」として経営に関わり、捜査当局も手を出せないのが実態だ。
EIAによると、トラ牧場は1980年代後半、中国東北部の黒竜江省で始まったとされる。ワシントン条約の履行を求められた中国は93年、トラを使った漢方薬の取引を禁じたが、伝統療法を求める需要は収まらなかった。牧場は「動物園」や「研究所」などの名で残り、00年ごろからは東南アジアにも広がった。
近年はNGOの告発が重なり、牧場がワシントン条約締約国会議の議題に上るようになった。タイ自然保護当局は昨年7月、国内33施設のトラ約1450頭のDNA型をデータベース化し始めた。首元に米粒大のチップも埋め込み、二重の個体識別を図る。押収されたトラの出どころを突き止めやすくなるという。
違法取引を監視する国連薬物・犯罪事務所(UNODC)のジェレミー・ダグラス地域代表は「牧場のトラが需要を満たし、闇市場を刺激し続けている。市場がある限り野生種の密猟もやまない」と指摘する。
(チョンブリ〈タイ中部〉=乗京真知)
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