花屋の看板猫 黒猫ヒロシに贈られた最高の花束
東京・原宿の生花店「馬鈴花(ばれいか)」(渋谷区神宮前)の看板猫の1匹、黒猫の「ユニ」が、こつぜんと姿を消したのは、春の盛り、今年4月のことだった。1日経っても、2日経っても、店に戻らない。まるで何かの合図のように。
「馬鈴花」に勤める中山浩子さん(48)は話す。
「前にも3泊くらい戻らず、体からいい匂いをさせて戻ってきて、あれ?女の人の家にでもあがっていたのかなって思うことがありました。でも今回は、戻る気配もなくて……」
どこを探してもいない。近所の人に聞いて回ったが、誰も見ていない。事故の情報もない。生き別れとはこんなに苦しいものなのか……。
ユニを心配していると、今度はユニと名コンビだった、もう一匹の看板猫で、病気を抱えていたヒロシの様子がガクッと悪くなった。
「鼻炎が悪化して食欲が落ち、体重も落ちました。食べられるのなら何でもと、コンビ二のプレミアムチキンや私のお弁当もあげました。鼻水だけでなく、口の中を痛がる仕草が増えたので、日に何度も痛み止めや抗炎症剤を溶いたスープを飲ませ、2、3日おきに動物病院に点滴に通いました」
そばにいてほしい。でも長生きさせたいのは、人間のエゴで、痛い苦しい思いだけはさせたくない。浩子さんは思い悩んだ。お店のオーナーや獣医師と何度も話し合った。最も心をいためたのは、閉店後の店にヒロシを置いていかねばならないことだった。
「家に連れて帰ろうか。でも急に知らない所に来ても戸惑うだけかな。ヒロシは原宿生まれの原宿育ち。1匹で死ぬか、誰かの前で死ぬか、それもヒロシが自分で決めるものだろう」
そう考えても、後ろ髪を引かれる思いがした。弱々しくなるヒロシに「また明日ね」と言って、店を閉めて帰宅する。翌朝、「大丈夫かな」と思いつつ、シャッターを開ける。ニャッと鳴き声を聞いて、ほっとする……。
「最後の数週間は、今日も生きてた!と胸をなでおろす日々でした」
そして忘れられない5月8日を迎える。その日は、花屋が1年で一番忙しい“母の日”だった。
浩子さんは朝から目まぐるしく働いた。花束のラッピングをしたり、配達をしたり。ヒロシはその間、店の奥に置いたカゴに寝ていた。夕方、お客さんが途切れたタイミングでヒロシを抱いてみた。
「名前を呼ぶと、私の目をみて小さくニャッと鳴いて、そのまま腕の中で息を引き取りました。ひとしきり泣いてカゴに寝かせると、またお店にカーネーションを買いにお客様が立て続けにいらして……こんな時にも空気を読む、花屋の看板猫らしい立派な最期でした」
浩子さんは翌朝、市場で真っ白な胡蝶蘭を仕入れ、洗い立ての真っ白なタオルを敷いた箱にヒロシを寝かせて、花を敷き詰めた。ヒロシの死を知らせた人が、会いに来てくれるかもしれないからだった。すると、ヒロシと仲のよかった犬「レオ」の飼い主の男性が通りかかった。表参道に長く住む人だ。
「お知らせしていないのに、寄ってくれたんです。レオ君パパはヒロシの頭を撫でて帰られ、しばらくして、また戻ってきました。小さな、小さな花束を持って」
屋上で育てている“野菜”の花だけど、と照れたように渡してくれた。
「ヒロシが死んだ瞬間よりも泣きました。花屋になって27年、何千、何万と花を活けてきた私ですが、こんなにも気持ちのあふれた花束は見たことない。旅立つヒロシの手に、その小さな花束を持たせました。サイズが、ぴったりでした」
馬鈴花のブログに、こんな一節がつづられている。
〈お別れは辛いけれど、その辛さを恐れて出会いを避ける生き方を私はしたくないのです。
生きるものすべてに命の終わりがある。人間も動物も植物も。
命ってはかなくて、終わりがあって・・でも強くて、たくましくて、なんて愛おしい〉
生花店の看板猫は、もういない。豆太郎も、ユニも、ヒロシも……。
でも愛おしい猫の記憶は刻まれ、猫を通して出会った人の縁は続いていくのだ、ずっと。
そして、浩子さんはこの夏、とびきり甘えん坊の黒猫の赤ちゃんと出会い、子育てを始めた。
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