漱石に届いた猫の絵はがき、今はどこに?
書斎に閉じこもる苦沙弥の元に、時折手紙が届く。「吾輩」は、手紙や主人の日記を、特権的にのぞき込み紹介する。二章冒頭近くで語られる猫の姿を描いた絵はがきの年賀状は、本当に漱石の元に届いたろうか。明治33年に私製はがきが許可され、さまざまな絵はがきが販売されて、自筆で描く人も出て来た。外国製も好まれたようだ。
「猫」作中では、画家から来たパステル画の猫の絵に続き、もう一枚、「舶来の猫が四、五疋(ひき)ずらりと行列して」と紹介される外国製の絵はがきが出てくる。「書を読むや躍るや猫の春一日(ひとひ)」という俳句も付された「旧門下生」からのものである。最近漱石宛てに出された猫の絵はがきが何点も紹介された。が、残念ながら、漱石に出されたこの図柄の現物は、まだ確認されていない。説明から見て、この舶来の絵はがきはイギリスの猫画家ルイス・ウェインの原画から作られた一枚と最初に突き止めたのは林丈二氏で(「サライ」1999年4月1日号)、ルイス・ウェインの生涯も南條竹則氏の最近の評伝『吾輩は猫画家である』に詳しい。
漱石宛て絵はがきをいち早く紹介した松岡譲の戦前の文章(『漱石先生』所収)に、明治38年2月の野間真綱の絵はがきの文章の一部が引かれ、「小生が奉呈したハガキの事が書いてある」とある。「猫」に書き込まれた舶来の絵はがきは、門下生の真綱が1月に出したものなのだ。真綱は、将来「猫」の注釈が付く時、これは誰のものかと議論されるだろう、とおどけている。この2月の絵はがきは現存しているが、漱石のもとに届いた、俳句の付いた正月の絵はがきは、どこにあるだろうか。
(早稲田大名誉教授 中島国彦)
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