犬猫の慢性腎臓病の診断と治療の落とし穴 腎泌尿器専門医が伝えたい改善と悪化の鍵

目次
  1. 「慢性腎臓病」のより正確な病態や原因を知る
  2. 慢性腎臓病と診断するために必要な検査
  3. 皮下点滴や血圧を下げる薬が適応にならない場合
  4. 健康診断では血液検査、尿検査、エコー検査を
  5. 慢性腎臓病を予防するために飼い主ができること

 犬と猫の慢性腎臓病は腎臓のさまざまな病態の総称です。原因によっては治療で大きく改善することもあります。また多くの犬猫には皮下点滴や血圧を下げる薬が必要ないこともわかっています。

 日本獣医腎泌尿器学会の認定医で、右京動物病院 OIKE(御池院)院長を務める平野太陽先生によれば「犬猫に合う治療を行うためには、血液検査だけでなく、尿検査、エコー検査などで原因を見極めることが重要」とのこと。慢性腎臓病の犬猫がよりよい治療を受けるために必要な医療を平野先生にうかがいました。

※本連載記事では、専門診療科に長けた信頼できる獣医師を「専門医」とします。

慢性腎臓病ってなに?(gettyimages)

 犬猫の「慢性腎臓病」とは、さまざまな腎臓の病気を包括している病名です。「高齢の犬と猫が発症するどうしようもない腎臓の病気」と、画一化して考えるべきではありません。腎臓の機能を低下させる原因はさまざまで、病気によって必要な治療も変わり、大きく改善できるチャンスもあります。

[慢性腎臓病の分類と原因の一部]
(1)糸球体腎炎:免疫などの問題により、老廃物などをろ過する糸球体に炎症が起きる
(2)間質性腎炎:腎臓で作られた尿を再吸収する尿細管、または尿細管同士の間にある間質に、さまざまな原因によって炎症が起きる
(3)腎結石・尿管結石:腎臓や尿管にできた結石が障害を起こす
(4)腎臓がん:腎臓に悪性腫瘍(しゅよう)ができる
(5)多発性嚢胞腎:腎臓に小さな嚢胞がたくさんできる
(6)アミロイドーシス:アミロイドというたんぱく質が腎臓に沈着する

 慢性腎臓病を治療するには、可能な限り正確な病態や原因を知ることから。たとえば免疫が関わる(1)糸球体腎炎であればステロイドや免疫抑制剤の投与、(2)間質性腎炎の原因によっては感染症の治療が必要になるかもしれません。

 慢性腎臓病の多くは腎機能がゆるやかに低下していく病気ですが、(3)腎結石・尿管結石の詰まりや脱水を起こすと、一気にガクンと腎機能が低下し急性増悪化を招くことがあります。すぐに原因を除けば腎機能は戻ってくるのですが、治療が遅れれば慢性腎臓病がさらに進行することに。急性増悪化を重度の慢性腎臓病と決めつけると、回復の機会を逃してしまう可能性もあります。症例は少ないものの(4)腎臓がんも同様です。

 その他にも(5)アミロイドーシス、(6)多発性嚢胞腎、加齢や生活習慣、嘔吐(おうと)などのトラブルによる一時的な脱水、遺伝的にAIMというたんぱく質が十分に働いていないことなど、さまざまな原因が考えられます。慢性腎臓病の適切な治療のためには、病態やステージを正確に見極めることが重要です。

慢性腎臓病の適切な治療のためには、病態やステージを正確に見極めることが重要(gettyimages)

 犬猫の慢性腎臓病の適切な治療のスタートラインとして、病気や原因を調べるために複数の検査を複数回にわたって行います。たった1回の血液検査で慢性腎臓病とは診断できません。

 腎機能を調べる代表的な方法は血液検査ですが、よく知られている尿素窒素やクレアチニン(いずれも老廃物)の数値が上昇していたとしても、それは腎機能の低下を示唆する結果であって、原因を教えてくれるものではありません。またクレアチニンの数値は筋肉が多い犬猫であれば高く、少なければ低く出ることもあり、日によって多少の変動もあります。こういった場合は、他の血液検査マーカーであるSDMA(腎臓でろ過される物質で、健康であれば血液中にほぼない)を参考にします。

 さらに血圧測定で慢性腎臓病を悪化させる高血圧症やホルモンの病気が隠れていないかも確認し、原因追及のためエコー検査で腎臓の形態や腫瘍、結石の有無を確認します。

 これと合わせて尿検査で詳細な病態を把握する必要があります。尿比重(尿の成分の濃度)が低ければ尿細管、尿たんぱくが出ていれば糸球体、とある程度は原因箇所や問題の当たりがつけられます。血液検査と尿検査は犬猫への負担が比較的少ないので、慢性腎臓病が疑われる場合は複数回にわたり検査を実施します。もちろん、定期的な健康診断でも必ず行いたい検査です。

 尿検査で糸球体の異常が疑われる場合、治療には高額な免疫抑制剤が必要になる可能性があるため、できれば腎臓の生検(細胞や組織を切り取って調べる)を行い、病理診断で病態把握を正確に行ったほうがいいでしょう。ただし、腎臓生検を安全に行うためには開腹が必要であるため、飼い主さんも決心がつきにくいのではないでしょうか。

 当院では腹腔鏡下での腎臓生検を実施しています。腹部に5ミリの穴を開けてカメラを入れ、皮膚から腎臓に生検針を刺し、止血を確認しながら安全低侵襲に組織を採取できます。慢性腎臓病は今後ずっと付き合っていく疾患であるため、上記のように間違いのない詳細な診断を、多岐にわたる検査で確実につけておく必要があると思います。

犬猫の慢性腎臓病と診断するには本当は多岐にわたる検査が必要になる(gettyimages)

 犬猫の慢性腎臓病の治療法は、IRIS(International Renal Interest Society)から「犬猫の慢性腎臓病の診断、ステージングおよび治療」として指針が出ていますが、それはあくまでも一つの指標です。それぞれの犬猫に合わせた治療をかかりつけの獣医師と相談しながら進めてください。

 慢性腎臓病の患者に血圧を下げる薬が使用されているケースをよく見るものの、尿検査で尿たんぱくが出ていない場合、基本的には適応となりません。むしろ血圧を下げることで腎臓の状態が悪化するケースも。とくに猫では尿たんぱくが出る糸球体腎炎が非常に少ないため、当院では血圧を下げる薬を処方するケースは高血圧症を除いてごくわずかです。

 慢性腎臓病の治療法として知られている皮下点滴も、本当に必要な場面はかなり限られています。皮下点滴は急性腎障害でガクンと機能が落ちた状態を脱するためには有効ですが、長期にわたって必要な犬猫はほんの一部です。脱水でもないのに皮下点滴を始めてしまうと、腎臓が本来の機能を果たせない状態になって悪化を招く可能性も。尿素窒素やクレアチニンを基準値にするために、むやみに皮下点滴を実施することは決して推奨されませんので、注意が必要です。

 食事療法食が有効とは言われていますが、犬猫に無理強いして飼い主さんとの関係が悪くならないようにしたいので、安心して続けられる治療法を選んでいくことも大切です。腎泌尿器科の専門診療を受けたいと思ったら、かかりつけの獣医師にセカンドオピニオンを相談しましょう。慢性腎臓病は長く付き合っていく病気なので、かかりつけ動物病院との連携が大切だと思います。

慢性腎臓病の治療法として、皮下点滴や血圧を下げる薬はほぼ必要ない(gettyimages)

 食欲低下や多飲多尿などの症状が出ている場合は、慢性腎臓病のステージ2、もしくは3であることが多く、すでに腎機能がかなり損なわれています。動物はギリギリまで不調を隠そうとしますから、食べられない、元気がないといった症状が出ている場合は、病気がかなり進行していると思ったほうがいいでしょう。

 慢性腎臓病の場合、症状が出る前から対策や治療を始めることが病気の進行を遅らせます。健康診断では血液検査に加えて尿検査とエコー検査を受けましょう。とくに猫は慢性腎臓病を発症することが多いので、若い年齢からでも健康診断をおすすめします。動物病院を受診すれば、膀胱穿刺(ぼうこうせんし)ですぐに尿を採取でき、最も正確な尿検査が実施できます。

 血液検査だけでは健康診断としては頼りないと感じています。評価できる臓器はせいぜい腎臓、肝臓、胆囊(たんのう)くらいのもの。慢性腎臓病はもちろん、それ以外の胃腸、腹膜、副腎、血管系、膀胱、前立腺、尿道、子宮、卵巣などに、がんが発生していても全くと言っていいほど気づくことができません。さまざまな病気を早期発見できれば犬猫の寿命はもっと伸ばせます。

 当院では5~6歳ごろから尿検査とエコー検査、レントゲン検査を含む年2回の検査をおすすめしています。動物病院は春に混みやすいため、健康診断の待ち時間が気になる場合は夏や冬に受けるのも一案です。

健康診断では血液検査、尿検査、エコー検査を受けましょう。とくに猫は若い年齢からでも健康診断がおすすめ(gettyimages)

 慢性腎臓病の予防は脱水を防ぐことが第一。飼い主さんは犬猫が水を飲みたくなる工夫をしましょう。いつでもどこでも新鮮な水を飲めるように水入れを多めに置き、冷水やファウンテンを利用してもいいと思います。私たちもベッドで寝ているときにのどが渇いても、「台所まで移動して水を飲むのは面倒だな」と思って寝てしまいますよね。犬猫も水を飲むためにわざわざ遠くまで移動しないものです。

 高齢の猫は関節炎を発症していることが多いので、水を飲みたくても痛いから気軽に動けない可能性もあります。脱水が進めば腎臓が傷むので、かかりつけの獣医師に関節の状態を診てもらいましょう。関節炎の治療をすれば慢性腎臓病の予防にもつながるのではないかと思っています。

 犬猫が慢性腎臓病になると飼い主さんはショックを受けるかもしれません。しかし高齢になると特定の原因がなくても多くの犬猫が発症する病気の一つでもあります。慢性腎臓病になったのはそれだけ長生きできた証です。早期発見で進行を遅らせることができる病気ですので、前向きに考えてほしいと思います。

右京動物病院 OIKE(御池院) 平野太陽院長
獣医師。日本獣医腎泌尿器学会認定医。2015年、麻布大学卒業後、のづた動物病院長を経て右京動物病院SAGANOを開院。その後右京動物病院OIKE、京動物病院を開院。腹腔鏡や経皮動脈塞栓術(インターベンション)などの低侵襲医療に力を入れている。2022年に人間の医師の腹腔鏡技術大会(団体の部)で優勝。2024年にAdvanced Laparoscopy Masterclass in Bucharest(ルーマニア)腹腔鏡マスタークラス修了。右京動物病院 OIKE(御池院)

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金子志緒
ライター・編集者。レコード会社と出版社勤務を経てフリーランスになり、動物に関する記事、雑誌、書籍の制作を手がける。愛玩動物飼養管理士1級、防災士、いけばな草月流師範。甲斐犬のサウザーと暮らす。www.shimashimaoffice.work

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