整形外科・神経外科に特化した犬猫専門の動物病院「ドッグ&キャットホスピタル・ガルファー」の院長、小泉信輝先生(右)(小泉信輝先生提供)
整形外科・神経外科に特化した犬猫専門の動物病院「ドッグ&キャットホスピタル・ガルファー」の院長、小泉信輝先生(右)(小泉信輝先生提供)

動くことは生きること 小泉信輝獣医師「痛みを取り除き“動く”喜びを守りたい」

 動物病院の診察室で、ペットと飼い主さんと日々向き合う獣医師の“思い”を紹介する当連載。第4回は、「ドッグ&キャットホスピタル・ガルファー」の院長・小泉信輝先生にお話をうかがいました。

(この連載はペットの健康診断を推進する獣医師団体、一般社団法人Team HOPEと共同でお届けしています)

地方だから治せない——そんな理不尽をなくしたい

 2009年に宮城県仙台市で小泉先生が開院した「ドッグ&キャットホスピタル・ガルファー」は、その名のとおり犬猫専門の動物病院。骨、筋肉、神経、腱、じん帯、関節、脳といった、動物の「動く」機能に関わる整形外科・神経外科に特化した獣医療を提供しているのが特徴です。そんな小泉先生のもとには、仙台市はもとより県外からも、たくさんの患者さんが訪れます。

「動物病院は、専門を設けずに総合的な医療を提供するのが一般的ですが、整形外科・神経外科に関しては、適切な診察・治療・手術ができるところはそれほど多くありません」

 手術の難易度がそもそも高いことに加え、野良犬や放し飼いの犬がいた40~50年前に比べて、交通事故の件数が減ったこともあり、若い獣医師が交通事故による整形外科の症例にふれる、つまり勉強する機会が少なくなったことが理由のひとつだといいます。

「また、整形外科・神経外科は器具がないと仕事になりませんが、ひととおりそろえようと思うとかなりの額になります。手術は難しくて設備は高額、でも取り扱う件数は少ない。その結果、整形外科・神経外科の患者さんは、大学病院などほかの病院に任せようと考える動物病院が多くなっているということだと思います」

 そんな中で、小泉先生が整形外科・神経外科に特化しようと思ったのはなぜなのでしょうか。

「大学卒業後に勤めた病院の先生が外科を得意としていて、特に整形外科の患者さんが多かったからというのがひとつ。そして、もともと機械をいじるのが好きだったというのがひとつ。でも単純に、痛くて動けない動物がかわいそうだからという思いが強いですね。なんとかしてあげたいって思うじゃないですか」

「機械をいじるのが好き」という小泉先生。大学ではオートバイのサークル活動に参加していた(小泉信輝先生提供)

 小泉先生にはさらに、「残念ながら、動物医療には地域格差がある。それによって理不尽な思いをする動物や飼い主さんを少しでも減らしたい」という思いもあったといいます。

「東京などの都市圏と比べて、地方は2次診療施設が圧倒的に少ないんです。たとえば大学附属の動物病院だと、東北地方には北里大学(青森県)と岩手大学(岩手県)の2院しかありません。東京だったら治せるのに、地方で暮らしているために治せない。そんな理不尽なことってないですよね」

 そこで小泉先生は、「動物と飼い主さんがわざわざ行かなくても、僕のところで治せるようにすればいい」と考えました。自院に大学病院と同等の設備をととのえることはもちろん、獣医師として多忙を極める現在も、東京にある大学の外科学研究室に所属。仕事の合間をぬって大学に足を運び、整形外科・神経外科の技術と知識を深め続けています。

「一歩一歩、地道に努力した結果、3~4年ほど前からは他県の病院からも紹介を受けるようになりました。いまでは、当院と周辺にある複数の動物病院がそれぞれの得意分野を生かし、連携することで、地域内で1.5次レベルの獣医療を提供できるようになってきていると思います」

大学卒業後、東京都と宮城県の動物病院での勤務を経て、2009年に地元・仙台市に「ドッグ&キャットホスピタル・ガルファー」を開院。写真は開業直後の小泉先生(小泉信輝先生提供)

わかりやすい言葉で認識のずれを防ぐ

 小泉先生が診察で心がけているのは、飼い主さんに笑顔になってもらうこと。

「にこやかに話したり、歯を見せて笑ったりできるのは、それだけ相手に心を許している、心が通じているからこそだと思うんです。だから飼い主さんにできるだけリラックスしてもらえるような雰囲気づくりを心がけています。飼い主さんが緊張すると、動物も緊張しますから。また、見えないところで愛犬や愛猫がなにをされているのかわからないという不安を取り除くため、処置や手術の環境を見られるよう、院内をガラス張りにしています」

 診察はまず、飼い主さんの話をしっかり聞くことからはじまります。そのうえで、たとえば飼い主さんが気になっているのが「歩く」ことに関する症状であれば、患者である動物が実際に歩いているところを動画で撮影。それを飼い主さんと一緒に確認し、なぜ痛がるのか、どんな治療が必要なのか、治療をしたらどうなるのかを、わかりやすい言葉で丁寧に説明します。

祖父母が畜産を営む兼業農家だった小泉先生は、小さいころから動物と自然が身近な存在だった。写真は獣医学部での大動物実習の様子(小泉信輝先生提供)

「そうすることで、飼い主さんとの認識をすり合わせています。たとえば『歩く』にしても、獣医学的には肉球が見えなくなるくらい踏み込んではじめて『歩く』とういことになるんですが、足裏をちょっとしかついていなくても歩けていると思っている飼い主さんもいます」

 治療でも「安静に」とだけ伝えると、「外を歩かせなければいい」と勘違いをして、家の中を自由に動き回らせてしまうということが起こりかねません。

「それでは治るものも治りません。だから僕は、『安静にするには、体長の1.5倍くらいのサークルに入れて、一日何回、一回何分くらい出してあげてください』と具体的に伝えるようにしています。正しい診断・治療には、獣医師と飼い主さんが共通の認識をもつことが欠かせないんです」

いつも見ているからこそ気づかないこともある

 また、そうした認識のずれによって、病気の発見が遅れたり、症状が悪化したりすることもあるといいます。たとえば「普通に歩いている」と飼い主さんは言うけれど、小泉先生から見たら痛そうにしていたり、「いつもどおり元気です」という子の水の飲み方が異常だったり。

「もちろん、家族である犬や猫をいつも見ている飼い主さんだからこそ、ちょっとした変化に気づけるということはありますが、飼い主さんにとってはそれが普通という認識でも、実は普通じゃないということもあるんです。いつも見ているからこそ気づかなかった……を防ぐためにも、健康診断を受診することが大切だと思います」

「ひとつの高度な専門知識を持ち、同時に幅広い知識やスキルをも持つ人間になりたい」という思いのもと、小泉先生は整形外科・神経外科の技術と知識を磨き続けている(小泉信輝先生提供)

 獣医療の進歩にあわせてペットの平均寿命も延びていますが、健康寿命を延ばすためには「よく食べる」ことと「よく動く」ことが欠かせません。全国の獣医師がチームとなりペットの予防医療と健康管理の普及・啓発活動に取り組む「一般社団法人Team HOPE」の東北地区委員長を務める小泉先生は、将来的に「動く」に関わる整形外科・神経外科に特化した健康診断を導入したいと考えています。

「たとえば、完治が難しい関節炎でも、痛くて歩けなくなってから病院に連れてくるのではなく、健康診断で関節の状態を普段から把握しておけば、先手先手で対応できます。運動制限や体重制限などをして悪化させず、痛みのないまま一生を終えられるようにしてあげられれば、それが一番いいですから」

「その子らしく生きる」を守りたい

 小泉先生が治療に際して大切にしているのは、「動物よし、飼い主よし、動物病院よし」という「三方よし」の精神。

「たとえば『人工関節を入れたら治りますけど100万円以上かかります』と言われたら、手術にそれだけの費用がかけられる飼い主さんだったらいいですが、動物にとっていいことだとしても、飼い主さんの中には高額な手術費用に躊躇(ちゅうちょ)してしまう方もいらっしゃるでしょう。一番重要なのは動物と飼い主さんの両方にとっていい治療をすること。そのうえで、獣医師や動物看護師などスタッフや職場環境を含めた動物病院にとってもいい治療をしたいと考えています」

 そんな中で、やりがいを感じるのは「痛くて動けなかった子が、動けるようになったとき」だといいます。以前、骨がむき出しになった猫が小泉先生のところに連れられてきました。トラクターかなにかに巻き込まれてけがをしてしまい、たまたま通りがかった人が連れてきた野良猫でした。

「ひどい状態で、普通の動物病院だったら、断脚(脚を切ること)されていただろうと思います。でもうちでは骨を整復する治療が可能でした。野良猫ですから、治療費の問題はありましたが、猫にとって断脚されるのとまた歩けるようになるのとでは、その後の暮らしがまったく違いますから。その後、普通に歩けるようになったその猫は、いま、うちの病院に居ついています。居心地がよかったんでしょうね(笑)」

小さいころから動物が大好きだった小泉先生。自分の意思ではじめて犬を迎えたのは5歳のとき。「誕生日に駄駄をこねて。それから大学進学で実家を出るまで、ずっと犬と一緒の生活でした」(小泉信輝先生提供)

「“動く”ことは犬や猫にとって生きること」と小泉先生はいいます。

「いわゆる内臓や組織を扱う軟部外科の仕事は『命を救うこと』、それに対し整形外科・神経外科の仕事は『クオリティ・オブ・ライフ(生活の質)を高めること』だといわれます。犬や猫には『食べる楽しみ』と『動く楽しみ』があり、それが生きることにつながっています。つまり、動けるということはその子らしく生きること。最期を迎えるその時まで、痛みなく、その子らしい毎日を飼い主さんとともに送れるよう、犬や猫の『動く』喜びを守っていきたいと思います」

(次回は1月21日公開予定です)

【前の回】かかりつけ医だからできること 淺井亮太獣医師「動物の命を輝かせるお手伝い」

成田美友
フリーランス編集ライター。上智大学文学部英文学科卒業後、出版社勤務を経て渡独。現地観光局に編集者として在籍し、ヨーロッパ各地をめぐりながら、大好きなワイン&ビール&犬三昧の日々を過ごす。帰国後にフリーランスとなり、犬2匹と暮らしはじめる。現在は、“おばあちゃん”になった愛犬の毎日を見守りつつ、お酒を含む食や旅、日本とヨーロッパの文化、犬との暮らしに関する記事を中心に執筆、各種メディアの編集に携わる。

sippoのおすすめ企画

sippoの投稿企画リニューアル! あなたとペットのストーリー教えてください

「sippoストーリー」は、みなさまの投稿でつくるコーナーです。飼い主さんだけが知っている、ペットとのとっておきのストーリーを、かわいい写真とともにご紹介します!

この連載について
動物診療の現場から
飼い主と一緒になって、二人三脚で愛犬や愛猫の健康と幸せを見守ってくれる存在が獣医師。犬や猫を大切な家族の一員として一緒に暮らす私たちにとって、頼りになる欠かせない存在です。さて、診察室で目の前にいる獣医師は、そのときどんな思いでその瞬間に向き合っているのでしょうか。普段語られることの少ない獣医師の、エピソードと思いを紹介します。
Follow Us!
編集部のイチオシ記事を、毎週金曜日に
LINE公式アカウントとメルマガでお届けします。


動物病院検索

全国に約9300ある動物病院の基礎データに加え、sippoの独自調査で回答があった約1400病院の診療実績、料金など詳細なデータを無料で検索・閲覧できます。