偶然入った喫茶店の譲渡会で出会った猫と暮らして12年 今は互いに支え合える存在
離婚後、久しぶりに一人暮らしを始めた夕美(ゆみ)さんが、都内の喫茶店で行われていた譲渡会に偶然立ち寄る。そこで出会ったのは、子猫の「かおりさん」だった。最初は飼うつもりなどなかった彼女のひざに、ふと乗ってきたかおりさん。それから12年――共に過ごしてきた日々は、互いに支え合い、学び合うかけがえのない時間となった。
運命的な出会い
かおりさんとの出会いは、偶然から始まった。夕美さんが都内の喫茶店に仕事をしようとふらっと立ち寄った日、たまたま保護猫の譲渡会が開かれていたのだ。その喫茶店では定期的に譲渡活動が行われており、「今、子猫がいますよ」と声をかけられた。
「段ボールの中にメスとオスのきょうだい猫が2匹いたんですが、飼うつもりは全くなかったんです。でも、見ていたらメス猫の方が私のひざにひょいっと乗ってきて……。お店の方も驚いて、『この子は警戒心が強くて人に全然懐かないのに。こんな風にひざに乗るのは初めて』と言われたんです。それを聞いた瞬間、たまらなく愛おしく感じて。『2、3日考えて、引き取る場合は連絡をします』と言って一度は退店しましたが、かおりさんの手触りが忘れられず、その日の夜には保護主さんに連絡をしている自分がいたんです。『弟猫も一緒にどうですか』と聞かれましたが、いきなり多頭飼いをする勇気が持てず、泣く泣くお断りしました」
その猫は、保護した野良猫が生んだ子猫で、すでに「かおり」という名前が付けられていた。出会ったのは2012年5月、夕美さんが離婚した翌年だった。夕美さんは、新たな暮らしが始まる予感に胸を躍らせた。
飼い主として合格をもらった
出会ったときから通じ合うものがあったのかと思いきや、トライアル期間が始まると、かおりさんの態度は一変する。
「喫茶店での出来事が夢だったのかのように、まったく懐いてくれなくて。ずっと威嚇と猫パンチ。四六時中、鳴き続けていました」
実家で猫と暮らしていた経験のある夕美さんでも、この状況にはさすがに気が滅入った。
「10日が過ぎたあたりで、『もう、ダメかも』と思って……。私じゃない飼い主さんがいいのかも、と考えたんです。でも、そんな時にかおりさんが急にすり寄ってきて。夜、ベッドに上がり足元で寝始めたときは、『もう段ボールでは寝たくない』という意思を感じました。『私が喫茶店にお返ししようとしたことを察したんだな』って。なかなかあざといなと思いましたね(笑)」
トライアル期間は人間だけなく、猫にとっても大切で、飼い主としてふさわしいか見極める時間なのかもしれない。猫トイレの掃除、室内環境の整え方、どんなごはんがもらえるか、かいがいしく世話をする夕美さんをかおりさんは遠目からチェックしていた。
「すり寄ってきてくれたとき、ようやく『合格』をもらった感じがしました。そこからは甘えてくるようになって、私がパソコンで仕事をしてると邪魔してくるように。ごはんも手からも食べてくれるようになりました。そうして2週間後、正式譲渡となりました」
夕美さんはかおりさんを迎えるにあたって、猫の飼育方法を本で学び直し、上下運動ができるようロフト付きの家に引っ越して、キャットタワーも設置するなど、環境を整えた。こうして信頼関係は築かれていった。
お互いに支え合うパートナー
かおりさんとの暮らしが始まったことで、夕美さんの日常は大きく変わった。
「かおりさんを迎えるまでの1年ほど、久しぶりの一人暮らしということもあり、むちゃくちゃな働き方をしていたんです。忙しい時期は事務所やファミレスで徹夜作業をし、明け方、着替えに帰るような生活。でも、かおりさんと暮らし始めてからは、なんとしてでも夜のうちに家に帰るように、仕事の進め方を調整するようになりました。それ以外は、フリーランスで自宅にいることが多かったですし、朝型の生活だったので、特に大変だと思うことはありませんでしたね」
夕美さんにとっては10年ぶりに猫との暮らし、以前と比べて猫に対する考え方は大きく変わったと言う。子供の頃は、「猫は人間より下の存在」という感覚が強かったが、大人になってからは、猫は対等な存在であり、互いに支え合うパートナーだと感じるようになった。
「かおりさんは普段はあまり甘えてこないんですが、私が落ち込んでいる時だけ、そっと寄り添ってくれて。背中にぴったりとくっついてくれると、まるで『大丈夫だよ』と言われているような気持ちになるんです。彼女に癒やされるだけでなく、彼女を守りたいとも思います。お互いに支え合っているんです」
さらに、かおりさんは自己主張が強い。動物病院でも「おしゃべりな猫ですね」と言われるほど、何かにつけて話しかけてくる。
「何を言ってるかというと、大体『何してるの?』とか『起きたよ』などですね。あとは『おなかすいた』とか『なでて』とか、主張が強くて。特に、なでろ圧は強いんです(笑)」
いつしかかおりさんは夕美さんにとって、かけがえのない存在になっていた。
死を意識して気づいた
かおりさんが8歳のとき、腸閉塞を起こして手術を受けた。原因は、長年飲み込んだ毛が腸内で固まってしまったことだった。手術前、かおりさんは3日間吐き続け、夕美さんは不安でいっぱいだった。
「獣医さんから『腫瘍の可能性もある』と言われ、悪性かもしれないと聞いたときは、初めて死を覚悟しました。8歳という年齢もあり、どうしていいかわからなくて」
手術は無事成功したが、術後のかおりさんはぐったりしていて、夕美さんは自分のブラッシングが足りなかったことや、体重管理が甘かったことを悔いた。
「術後のかおりさんを見たとき、申し訳なくて涙が止まらなかったんです。健康管理も私の責任ですから。獣医さんの前でボロボロ泣いてしまいました」
かおりさんもよほど不安だったのか、術後しばらくは甘えん坊になり、どこへ行くにもついて回った。
そんなかおりさんは今では12歳。夕美さんが出張や旅行などでしばらく実家にかおりさんを預けることがあっても、『どうせ帰ってくるんでしょう』といった様子で、穏やかに夕美さんを待つ。相変わらず自己主張は強いそうだが、お互いがわかり合っている雰囲気も感じられる。
年齢を感じさせる瞬間は増えてきていて、かつてはカーテンに登るほど元気だったが、今では日向ぼっこをして寝ていることが多くなった。かおりさんはもともとソファが好きで、キャットタワーは爪研ぎ用になっていたため撤去していたが、運動不足を少しでも解消できるならと再び設置することを考えているという。
また、フードや水の管理を見直したり、エアコンの風よりも自然な風にあたれるように配慮したり、かおりさんのペースに合わせつつ、快適に暮らしてもらうための工夫を日々続けている。
かおりさんが教えてくれたこと
かおりさんは、今や「いて当たり前の存在」だ。自己主張が強く、自分の好きな場所や心地よい場所を見つけるのが本当に上手。その姿から夕美さんは「自己主張の大切さや嫌な場所からは離れてもいい」ということを学んだという。
「かおりさんと女同士で12年一緒に過ごしてきて、昔はけんかをすることもありました(笑)。仕事が忙しいときにかまって圧を無視していると、背中や肩に飛びかかってきて、何が何でも自分の主張を通そうとしてくることもあったんです。でも今は、彼女はいつも自由でいてくれて、私も自由にさせてもらっているので、ちょうどいい関係になっていると思います」
時々、ふと思う。「本当にうちで良かったのかな?」と。
「狭いマンション暮らしで猫にとって快適とはいえないですし、あの喫茶店であと一日待っていたら、弟と一緒に引き取ってくれる飼い主さんが現れたかもしれない。でも、かおりさんがへそ天姿で寝ているのを見られると、『ここで良かったよ』と言ってくれているようで安心します。すべての猫が、安心しておなかを出して寝られる場所を見つけてほしい。それがかおりさんとの暮らしで、私が強く感じるようになったことです」
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