肺水腫で緊急入院した犬 命が消えかかる中、病院スタッフの連携で息を吹き返す
愛玩動物看護師など動物看護職の方々にお話を聞く連載。HALU動物病院(東京都渋谷区)で働く愛玩動物看護師の瀧野澤恵実(たきのさわ・めぐみ)さんのエピソードです。肺水腫(はいすいしゅ)を発症し、緊急入院した犬。自力で呼吸できなくなり、人工呼吸器につながれた状態での治療が始まりました。「回復は厳しい」と考えていた瀧野澤さんですが、スタッフが交代で長時間治療に当たったところ、希望の光が見えてきました。
水がたまる速度が上がってきた
ある時、瀧野澤恵実さんが働く動物病院に、11歳のメスのトイ・プードルがやって来た。
「飼い主さんによると、トイ・プードルは心タンポナーデと僧帽弁閉鎖不全症(そうぼうべんへいさふぜんしょう)という心臓の持病がありました。心臓に水がたまり、かかりつけの動物病院で抜いてもらったものの、グッタリして呼吸も速いとのことで、当院に来院されたとのことでした」
と瀧野澤さん。この病院は、院長が循環器科を得意とすることから、心臓の病気を患う動物の飼い主が、セカンドオピニオンを求めて訪れる。トイ・プードルの飼い主もおそらく、循環器科に強い病院を調べて、ここにたどり着いたようだった。
「そこで、毎日通院してもらいながら治療を進めていたところ、数日後に心臓病が原因で、肺水腫を引き起こしました」
肺水腫は、肺に水がたまり呼吸困難を引き起こす危険な状態だ。そこで急きょ、ICUに入院することになった。目が離せないため、院長が病院に泊まり込み、様子を見守るという。ところがその夜の間に、事態はいっそう深刻化してしまう。
「肺に水がたまる速度がどんどん上がった結果、体に酸素が回らなくなり、意識がもうろうとしてきたそうです」
全身麻酔をかけた上で、口から肺に気管チューブを入れ、人工呼吸器につなぐ。その状態で、胸に針を刺したり、利尿剤を入れて水を抜く処置を行い、並行して心臓の薬を入れる治療も行った。
休みなく続いた必死の治療
翌朝。生死の境にあるトイ・プードルと、孤軍奮闘する院長を心配した瀧野澤さんらスタッフは、始発などで早朝に駆けつけた。やがていつもの診療が始まる中、皆で力を合わせ、交代で治療を続行する。眠った状態のトイ・プードルの、水を抜き、心臓の治療も続け……。生体情報モニターもこまめに確認し、目や口の中が乾かないよう、目薬をしたりガーゼでぬらす看護も行う。
瀧野澤さんはこの時、病院のオープニングスタッフとして転職してきて、まだ1年ほどだった。そのため、循環器科でのここまで緊迫した状況は、初めて目にするものだったという。
中でも驚いたのは、こんな処置を目にした時だ。
「院長がトイ・プードルの体を逆さまに持ち上げ、体を振ると、肺からあふれ出た水が、鼻や口から出てきたんです」
壮絶な治療現場に身を置きながら、瀧野澤さんは内心悲観的だった。
「人工呼吸にまでなってしまったら、正直、もう厳しいだろうな。あとは体力がどれだけ持つかじゃないかな……」
院長を中心に、皆が身を削りながらの治療は、2日間ほど続いた。
ところがその後状況は、瀧野澤さんの予想を裏切る方向へと動き始める。肺の水が順調に抜け、体調が落ち着いてきたのだ。
抜管(ばっかん)できるかもしれない――。
希望が見えてきた。抜管とは、自力で呼吸できるまでに回復したら、気管チューブを抜いて、人工呼吸器から外すこと。
チューブを抜き、酸素をかがせると、自力での呼吸が確認できた。麻酔の濃度を下げると、ゆっくりと意識が戻ってきた。
「ついに抜管できたため、トイ・プードルをオペ室から酸素室へと移しました」
酸素室に入ったばかりのトイ・プードルの前に水を置く。すると立ち上がり、自分でペロペロと飲み始めた。瀧野澤さんの心に光が差した。
「人工呼吸をされ、逆さまにしたら水が出てきたような子が、喜んでお水を飲んでいる姿に生命力を感じました。『これからもっと元気になってくれるかな』と、初めて感じた瞬間でした」
その後も薬による治療はうまく進んだ。
「もちろん毎日の服薬は必要ですが、酸素室からも出て退院し、通常の生活に戻ることができたんです」
教わった「あきらめない」姿勢
この時、瀧野澤さんは動物看護歴4年目。実際はまだまだ成長途上。なのに、「治療をひと通り見てきたつもりだった」という。だから、「ここまでかな」と、あきらめモードに入ってしまったのだ。
そんな自分と対照的だったのが院長だ。
「院長は普段から、『もう厳しい』とか、『これ以上できない』ではなく、できる限りの治療はやってあげようと考える人物です」
これまでも、例えばグッタリしてごはんが食べられず、「できることはない」と他の病院で言われた動物に対し、鼻に栄養チューブを設置して給餌(きゅうじ)。前向きに治療を続けた結果、元気に退院していくケースをたくさん見てきた。
「これほど重症だったトイ・プードルも、できる限りのことをしたら元気になった。あきらめてはいけないのだと、4年目にしてわかった出来事でした」
トイ・プードルは、退院後も瀧野澤さんの病院に通院してくるようになった。
最初の頃は心臓が悪く、疲れやすいことから、「感情があまりないのかな」と思ってしまうほどおとなしかったという。ところが健康を取り戻すに従い、本来の犬らしさが開花していった。
「人の横にピタッとついて、落ち着いて過ごせたり、オテやオスワリなどのコマンドも、ひと通りできる、すごく頭のいい子だとわかりました」
肺水腫で飲水(いんすい)制限がある中、水をもらうと大喜びする姿もかわいい。
肺水腫を起こした夜に、もしも命が絶えていたら、知る由もなかったことだ。治療をあきらめない大切さを、こんな形でも実感した。
深まった飼い主との絆
トイ・プードルは、スタッフ皆に愛されながら、その後1年以上元気に暮らした。飼い主は、面倒を見られない日は、預かりサービスを利用するなど病院を信頼し、スタッフとの絆を深めてくれた。これも、トイ・プードルが元気になったからこそもらえた贈り物といえた。
「最後は腎臓病で亡くなりましたが、病院あてに、夜通し治療してくれたことへの感謝や、トイ・プードルが病院が大好きだったことがつづられた、長文のメッセージをいただきました」
若い頃の写真も送ってくれた。高齢になってからとは、毛の色やカットも違い新鮮だ。
「こういう時に会ってみたかったね」
スタッフ間で話に花が咲いた。
診察室での飼い主との会話や、治療の補助、入院動物の看護など。トイ・プードルでの体験から、瀧野澤さんはあらゆる場面で気づいたことを、積極的に獣医師に伝えるようになったという。
「『飼い主さん、皮膚の症状も訴えていらっしゃいましたが、検査はしなくていいですか?』と、獣医師がうっかり忘れないよう確認したり、『この子、1カ月前の診察時より、体重が500g減っています』など、感じた動物の変化も知らせます」
その動物にベストな治療を実現するために、愛玩動物看護師の立場からできるサポートをする。トイ・プードルが見せてくれた鮮やかな逆転劇が、瀧野澤さんの「あきらめない治療」への情熱を支えている。
(次回は3月26日に公開予定です)
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