なぜ犬たちは100%信頼してくれるのか 私はそれに応えるしかない
先代犬の富士丸、いまは保護犬の大吉と福助と暮らすライターの穴澤 賢さんが、犬との暮らしで悩んだ「しつけ」「いたずら」「コミュニケーション」など、実際の経験から学んできた“教訓”をお届けしていきます。
なぜ人をそこまで信頼出来るのか
大吉と福助の寝姿を見ていると「無防備だなぁ」と思うことがある。特に福助はヘソ天で寝たりして、触っても起きないことがある。動物としてその警戒心のなさは大丈夫なのか? と思うが、逆にうれしくもある。それだけ信頼されている証でもあるからだ。
よく考えれば、親でも兄弟でもなく、幼い頃に見知らぬ種の違う家に引き取られて来て、よくここまで心を開けるものだと思う。迎えた当初の福助は、動物保護センターに収容されたときのトラウマ(※)から極度の人間不信で、抱き上げようとすると牙をむいたり色々大変だったりしたが、そんな彼に気をつかうのが面倒臭くなり雑に接していると、いつの間にか性格も体格も丸くなった。
(※放浪していた子犬福助を捕獲してくれた動物愛護センターの職員さんは一切悪くない。むしろ感謝している)
そんな福助も10歳になったが、今でも大好きな兄ちゃん大吉にケンカを売って手加減してもらいながらバトルしたり、姿が見えないと不安がったり、仲良く一緒に寝たり、精神的にはガキンチョのままだ。
大吉も福助も立派な家族の一員として暮らしている。犬は、なぜ人間をそこまで信頼出来るのだろう。疑うそぶりもなく、100%信頼されている気がする。目を見ていると分かるが、恐らく彼らは私と離れ離れになることなど想像もしていない。「もしかしたら捨てられるかも」なんて不安はなく、選択肢すらないはずだ。ずっと一緒にいたいし、いられると信じている。
疑うことを知らない犬
人間関係だと、そうはいかない。信頼していた人に裏切られたり、だまされたりすることもある。相手にそんなつもりはなくとも、お互いの温度差からギクシャクしたり傷付いたりすることもある。そうやって付き合ったり分かれたりを繰り返す。
恋愛に限らず、相手の顔色をうかがって心にもないことを言い、立場によって平気で手のひらを返すやつがいる。環境によって顔を使い分ける。そんな風にはなりたくないと思いながら生きていく中で、家族を含めて人を100%信頼することなんて出来なくなる。少なくとも、私はしない。そもそも期待すらしていない。
なんだかよく分からないけど長い付き合いだね、という友人が少しいる程度だ。そのあたりは個人差があると思うが、私の温度はかなり低い。それは冷酷という意味ではなく、割り切っているというか、人間関係なんて常に変わっていくものだと思っている。昔から社交的ではないから、それくらいでちょうどいい。
そんな私のことを、大吉と福助は100%信頼してくれる。俺はそんなたいしたやつじゃないよ? と思うのに疑いもせずに。表情や態度からずっと一緒にいたいと願っているのが伝わってくる。そんなストレートに来られたら、こっちも応えるしかない。
もちろん、オヤツちょうだいとか、遊ぼうとか、どこかへ連れて行けとか、目で要求してくるし、何日も食べていませんみたいな演技もする。でもどれも可愛いもので、根底には深い信頼があるのが分かる。だからそんな彼らのために、私も出来るだけのことをするしかない。
富士丸と果たせなかった夢
思えば富士丸もそうだった。当時は30代で音楽の道から挫折して、何の目標もなくやる気もなく派遣社員をしながら1DKの賃貸マンションで暮らしていた。けれど彼はそんな私を何の疑いもなく信頼し、頼って、寄り添ってくれていた。だからまた頑張ろうと思えたのであって、もしあのときひとりだったら全然違う生き方をしていただろう。
そんな風にして暮らしているうち、富士丸に対して、そこまで信頼して必要としてくれるなら、君の望むようにしようじゃないかと考えるようになった。よく車で一緒に遊びに行ったし、旅行もたくさんした。遂には山へ移住を決意する。けれど、移住計画は彼の急死で中止になった。一緒に暮らしたのは7年半だったが、果たしてあいつは幸せだったのだろうか、と今でもときどき思う。
その後、山へ移住計画は大吉と福助を迎えてから、10年越しで達成した。そこには富士丸で果たせなかった思いも込められている。
元気で楽しく過ごしてくれれば
私には子どもがいないので分からないが、子を思う親の気持ちとは似ているようでちょっと違うのではないかと思う。なぜなら、子どもはいつか親を追い抜くが、犬が私を追い抜くことはない。子どものまま、いつかいなくなる。私はそれを見届けなくてはならない。そして、迎えた以上、最期まで出来るだけ幸せに暮らして欲しいと願う。そう務めるしかない。
いなくなったら果てしなく悲しいが、それは迎えたときから覚悟していたことだし、一緒に過ごした時間はかけがえのないもので、迎えなければ良かったとは決して思わない。それは富士丸との別れを経験して分かったことだ。
それなりに悪戦苦闘しながら山へ完全移住したが、大吉と福助は空気が合うのか活発になった。
先日、珍しくひざまで雪が積もった日に、雪遊びする大吉と福助を「どうだ、楽しいか?」と思いながら眺めていた。雑草が生い茂っていた敷地に頑張ってプライベートドッグランを作ったから、こうして遊べるんだぞ。と思ったが、たぶん彼らはそんなこと全然意識していない。ま、それでいいか。
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