まわりを魅了する禅子の笑顔!(島田さん提供)
まわりを魅了する禅子の笑顔!(島田さん提供)

超問題児だった引退供血犬 愛玩動物看護師とトリマーコンビは家族に迎え、愛を注いだ

 愛玩動物看護師など動物看護職の方々にお話を聞く連載。愛玩動物看護師の島田由梨子さん(神奈川県川崎市在住)が当時働いていた動物病院には、「禅子」という名の、問題児の供血犬がいました。7歳での引退を機に、ひょんなことから島田さんは友人とルームシェアして、禅子を家族に迎えることに。問題児禅子との、波乱に満ちた毎日が幕を開けました。お話の前編です。

(末尾に写真特集があります)

新人を恐れさせる問題犬

 島田由梨子さんが初めて就職した動物病院に、「禅子(ぜんこ)」という名前のメスのラブラドルレトリバーがいた。禅子は供血犬。治療で輸血が必要になった時、血液を供給するのがお仕事だ。

 大事な役割を担う禅子だが、院内では問題児として名をはせていた。なでていると、急にキレてかみついてくる。「フードアグレッシブ」があり、ごはんを前にすると唇を「ムキムキッ」とさせおどしにかかる。食べ物以外のものも手あたり次第食べてしまう。

「新入社員の言うことはきかない『新人いびり』もするため、一時は、中堅以外の人しか禅子のお世話をしてはいけないとの決まりがあったほどです」と島田さんは言う。

 おっかなさ全開の禅子だったが、島田さんにとっては気になる存在だった。よく見るととてもかわいい顔をしているのだ。

「禅子の散歩当番の日は、こっそり長めに行ったりしていました(笑)」

 感心したのは、供血の仕事に入った時だけは優等生だったことだ。採血中、決して暴れず、何分でもジッとしている姿は、日頃の禅子からは考えられないものだった。

病院で飼われていた禅子(島田さん提供)

 そんな禅子に、供血犬の引退年齢である、7歳になる日が近づいていた。病院では「今後は家庭でのんびり暮らしてほしい」ともらい手を探したが、あの性格なのでなかなか話がまとまらない。自分が飼うことも考えた島田さんだが、現在の住まいは大型犬の飼育は禁じられており、またすでにマルチーズの「そふと」も飼っていたことからあきらめていた。

思いがけず始めたルームシェア

 ある日、「禅子を思いきり走らせてあげよう」と、禅子とドッグランに遊びに行くことにした。しかし、車に慣れていない禅子を一人で連れ出すのは不安だ。そこで、分院でトリマーとして働く友人の羽田真紀さんに同行してもらうことに。羽田さんはこの日が禅子と初対面だ。

「さわったらかむよ」

 ところがドッグランで繰り広げれられたのは、予想外の光景だった。

「笑顔で走り回ったり、そふとちゃんのまねをして草を食べてみたりする姿がかわいくて。私にも、しつこいぐらい『さわってくれ』と言ってくるんですよ」

 そう羽田さんは振り返る。聞いていたのと180度違い、悪いところはかけらも見当たらない。そんな禅子にすっかり魅了された羽田さんは、島田さんに驚くべき申し出をする。

「禅子を飼いたいな」

ドッグランが大・大・大好き!(島田さん提供)

 だが、大型犬が飼える物件は家賃が高い。そこで今度は島田さんが、羽田さんにこう持ちかけた。

「じゃあ、ルームシェアする?」

 話はとんとん拍子にまとまった。

 想像以上に難航したのが物件探しだ。

「大型犬可の物件がそもそも少ないうえ、そふとがいるので多頭飼いも可で、なおかつルームシェアも可となると、ものすごく限られてきてしまうんです」(島田さん)

 当初の計画よりエリアを広げ、条件もゆるめにゆるめてようやく契約にこぎつけた。7歳になる4カ月ほど前、二人は禅子を家族に迎え、新生活をスタートさせた。

初めての座布団に大興奮

 病院を離れ、家庭犬デビューを果たした禅子。だが、穏やかな暮らしとは程遠いものだった。突然環境が変わったためなのか、従来のかみつきが強く出てしまったのだ。島田さんの方は禅子の対処法を心得ていたため、もっぱら被害に遭ったのは羽田さんだ。

「ヨーグルトを手でなめさせていたら、手を引っ込めると同時に指をかまれたり、脚についたゴミを取ってあげようとしたらびっくりして、かまれたこともあります」(羽田さん)

 職業柄、犬の接し方には慣れていたが、禅子の場合、表情の変化などの前兆がなく、突然怒りモードに切り替わるため読めないのだ。おそらく本人の意思とは関係なく、とっさに出てしまう癖のようなものなのだろう。

 だが、動物愛あふれる二人は根気よく禅子に向き合った。幸いそふととの相性は良く、犬同士は平和な日々を過ごした。

禅子とそふと。人間には攻撃的な禅子が、そふととはすぐ仲良しに(島田さん提供)

 住環境にも配慮した。

「病院では入院室が禅子の部屋でしたが、まわりには病気の犬もいて、リラックスできる環境ではありません。でも、外に出すとものを食べたり人を攻撃するため、どうしても入院室のケージで過ごす時間が長くなっていました」(島田さん)

 これからは広くて静かな環境で過ごしてほしいと、1階を自由に歩き回れるようにした。暗くて落ち着ける寝床も設置。そこに座布団を入れてあげたところ、座布団に前脚を乗せ、取られないようにと一晩中見張り続けた。その姿がおかしいやら、かわいいやら。

 だが、それは禅子がいかに、座布団を気に入ったかを物語っていた。思えば、何でも食べてしまうことから、病院で禅子の「私物」といえば、飲み込めないサイズのコングが1つのみ。

「与えるものはどれも初めてのものばかり。座布団も大事にしていましたよね。気持ちよかったんだと思います」(島田さん)

座布団の寝心地を満喫中(島田さん提供)

かわいすぎて被害者続出!?

 病院暮らしは単調で、どうしても刺激に欠ける。そう考えた二人は、山へ川へと連れ出した。中でも禅子が気に入ったのは、北軽井沢(群馬県長野原町)にある貸別荘への旅行だ。最高なのは、庭が禅子の大好きなドッグランになっていて、丸ごと借り切れること! 禅子は体中で喜びを表した。

 やはり刺激を与える作戦として、二人の友人たちにも、家に遊びに来てもらった。そのうち何人かは禅子にかまれてしまったのだが……。

「『しつこくなでるとかむよ』と言ってあるのに、禅子が笑顔でお迎えするから、まさかかまれるなんて思わない(笑)」(羽田さん)

 かまれた方も、「しょうがないね」と苦笑い。こうやってコロリとだまされてしまうほど、禅子には不思議な魅力があった。

 こうした生活を1~2年続けたところ、問題行動は自然と落ち着いていった。

 それだけではない。禅子は別人のように生まれ変わったのだ。

「毎朝会うたびにジャンプしてくれたり、ちょっと別の部屋に行って戻ってきただけで、まるで何週間も会っていないみたいに喜んでくれるんです」(羽田さん)

ロープのおもちゃに夢中。かみたい気持ちを発散させる(島田さん提供)

 変化は外見にも現れた。以前の禅子を知る人には、「顔つきが全然違う」と驚かれるほどに。

「家に来た頃の写真を見ると、目が小さくて、今の半分ぐらいしかないかも」(島田さん)

 ニコニコと純真な笑顔で、愛敬をふりまく禅子。もともと整った顔立ちだったのが、目がパッチリして美人度も何倍にも増した。これこそが本来の禅子だったのだ。

「7歳から人生を始めたみたいな、本当にそんな感じでしたね」(島田さん)

 話は後編へと続く。

(次回は1月16日に公開予定です)

【前の回】「自宅でみとる」を支えたい 退院してもまだ終わらない愛玩動物看護師の仕事

保田明恵
ライター。動物と人の間に生まれる物語に関心がある。動物看護のエピソードを聞き集めるのが目標。著書に『動物の看護師さん』『山男と仙人猫』、執筆協力に動物看護専門月刊誌『動物看護』『専門医に学ぶ長生き猫ダイエット』など。

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この連載について
動物の看護師さん、とっておきの話
動物の看護師さんは、犬や猫、そして飼い主さんと日々向き合っています。そんな動物の看護師さんの心に残る、とっておきの話をご紹介します。
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