「コアラです。今回は僕のお話だよ」(小林写函撮影)
「コアラです。今回は僕のお話だよ」(小林写函撮影)

事態が急変したあの日 目の前で倒れた愛猫、お尻からはぽたぽたと尿が漏れていた

 その日、優紀さんと美紘さんが夕方帰宅し、リビングに入るとただならぬ異臭が漂っていた。

 鼻をつく強いアンモニア臭。それは尋常でない臭いで、おそるおそる猫部屋のドアを開けた。

(末尾に写真特集があります)

譲渡会での出会い

 優紀さんと美紘さん夫妻が「コアラ」(オス・推定5歳)を家に迎えたのは、2020年の秋だった。出会いは、生後4カ月だった1人娘の紗寧(すずね)ちゃんを抱いて訪れた、保護猫の譲渡会場だった。

 譲渡会は終了間近で、ケージに入った猫たちは皆、疲れた様子で横になっていた。その中でただ1匹、紗寧ちゃんが興味を示した猫がコアラだった。

 紗寧ちゃんがケージに手をのばすと寝ていたコアラは起き上がり、鼻をふんふんと近づけた。地毛は白く鼻に黒い大きな斑(はん)が入った顔出立ちは、コアラそのもの。紗寧ちゃんはキャッキャッとうれしそうに声をあげた。

 コアラは分別のある猫だ。粗相もせず、人の嫌がることは一切しない。甘えん坊だが優紀さんと美紘さんが忙しそうなときは遠慮して、タイミングを見計って寄ってくる。紗寧ちゃんに対してもやさしい。

 コアラが来て2年が過ぎたとき、保護猫「ルディ」(メス・推定1歳)、通称「ルー」を迎えた。ルーは長毛でエレガントな見た目とは裏腹に、元気でおてんばだ。何でもかんでもおもちゃにして、かじったり倒したりするから目が離せない。

 コアラのことが大好きで、いつもあとをついて回る。激しくじゃれたりして、ときにコアラはうっとうしいようだったが、2匹の仲はいい。

「ルー、カメラの方を見ちゃいけないよ、魂取られちゃうから我慢してよそ見だよ」(小林写函撮影)

 ルーが来てから、リビングに続く四畳半程度の日当たりのよい1室を猫部屋にしている。

 何かあったときに猫たちを隔離するためのケージと、自動給餌器(じどうきゅうじき)、トイレ、おもちゃを置き、平日の昼間や週末など、家族全員が不在になるときは扉を閉めている。

ペットシッターから異変の知らせ

 2023年8月のある週末、2泊3日で留守にしたときのことだった。

 2日目の夜、いつもお願いしているペットシッターさんから「コアラくんがトイレに出たり入ったりして、様子がおかしい」と連絡があった。「帰宅したら動物病院に連れて行ったほうがいい」とのことで、3日目の午後、早めに帰宅した。

 普段は猫部屋の入り口まで出迎えにくるコアラが、トイレに腰を下ろしたまま動かない。やっと出てきたかと思えば、血の気が引いたような顔をしている。部屋の真ん中まで歩いてくると、パタっと倒れた。お尻からは、ぽたぽたと尿が漏れていた。

「こんにちは、ルーよ」「トゥギャザーしようぜって?なにそれ、知らないわ」(小林写函撮影)

 かかりつけの動物病院の院長先生は手術中で1時間以上待つとのこと。一刻も早くほかの病院で診てもらったほうがよいと言われ、近所にあるやや規模の大きな動物病院に運んだ。

 コアラの膀胱には細かい砂状の結石が発生し、さらに尿が溜まってパンパンに膨らんでいた。暴れるコアラに鎮静剤が打たれ、カテーテルで尿を出す処置が行われた。

 コアラは、過去にも数回、尿路結石を患ったことがあった。だから食事は療法食にしていたし、水もしっかり飲めるように工夫していた。それなのに、なぜこういう症状が出たのか、原因は特定できないとのことだった。

 また尿漏れがあったらすぐに連れてくるようにと言われ、病院をあとにした。

 帰宅したコアラは元気で、食欲もあり、いつものように甘えてきた。

 だが、薬などの処方はされず、根本的な解決にはなっていないのではと不安が残った。案の定、翌朝コアラはまたトイレを出たり入ったりしていた。仕事が終わったら今日も動物病院に連れて行くことを覚悟して、優紀さんと美紘さんは家を出た。

想像を超えた惨事に発展

 その日、2人が夕方帰宅し、リビングに入るとただならぬ異臭が漂っていた。

 鼻をつく強いアンモニア臭。それは尋常でない臭いで、おそるおそる猫部屋のドアを開けた。

「あれ?眠くなってきたぞ」(小林写函撮影)

 鼻が曲がるどころではない悪臭が充満し、床は水浸しだった。正確には尿浸しで、部屋の隅で、コアラとルーが並んでうずくまっていた。

 尿にまみれたコアラをペットシートで拭いてやり、この日はかかりつけの動物病院に連れて行った。

 診断は結石による膀胱炎と、排尿障害。膀胱を収縮させる筋肉が異常を起こしているため尿を正常に排出できなくなり、尿漏れを起こしているとのことだった。

 筋肉の機能を回復させるための薬と抗生剤が、皮下注射で投与された。内服薬に移行するまでの間、翌日から3日間、即効性を重視した皮下注射のためにコアラは通院することになり、自宅では、ケージ内で隔離生活させることにした。

回復までの道のり

 帰宅後、ケージにペットシーツを敷き詰め、コアラを入れる。続いて尿浸しになった床の掃除とマット類の洗濯だ。猫の尿の臭いは強烈だ。拭いても拭いても、空気清浄機の運転モードを「強」にしても消えない。

 ルーも、コアラの異変を感じているのか落ち着かない。ケージの柵の間から前脚を突っ込んでペットシーツを引き出し、かみちぎろうとする。その拍子にコアラの食器がひっくり返り、中のフードがザーッとトイレに落ちた。

「ここが僕とルーの部屋だよ。日当りいいんだ」(小林写函撮影)

 優紀さんと美紘さんは、思わずため息をついた。

 掃除の手を止めてケージの中を見ると、コアラはなんだか申し訳なさそうな表情をしている。

 オシッコを漏らすのはよくないこと、飼い主に迷惑をかけている、ということをコアラはわかっている。でもそれはコアラのせいではなく、病気のせいだ。

 そして、早期発見できなかった飼い主の責任だ。先生からは、尿漏れの症状は数日前から出ていた可能性が高い、と言われた。もう少し注意深くなっていれば、コアラにつらい思いをさせなくてきっとすんだ。

 昨日、猫部屋で倒れたときのコアラの顔には「死相」のようなものが浮かんでいた。

 もう2度と、あんな顔はみたくないし、させてはいけない。

 皮下注射によりコアラの容態は回復した。その後は家での投薬に切り替え、1カ月後には尿漏れの症状はすっかりおさまり、元気な「我が子」コアラに戻った。

(次回は11月10日公開予定です)

【前の回】呆然自失する飼い主と普段通りの愛猫 「目の前のことに夢中になれれば憂いはないよ」

宮脇灯子
フリーランス編集ライター。出版社で料理書の編集に携わったのち、東京とパリの製菓学校でフランス菓子を学ぶ。現在は製菓やテーブルコーディネート、フラワーデザイン、ワインに関する記事の執筆、書籍の編集を手がける。東京都出身。成城大学文芸学部卒。
著書にsippo人気連載「猫はニャーとは鳴かない」を改題・加筆修正して一冊にまとめた『ハチワレ猫ぽんたと過ごした1114日』(河出書房新社)がある。

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この連載について
あぁ、猫よ! 忘れられないあの日のこと
猫と暮らす人なら誰しもが持っている愛猫とのとっておきのストーリー。その中から特に忘れられないエピソードを拾い上げ、そのできごとが起こった1日に焦点をあてながら、猫と、かかわる家族や周辺の人々とのドラマを描きます。
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