腕をガブッ!あたりは血だらけに 恐怖のあまり動物病院で攻撃的になる犬猫達
前回に続き、夜間救急動物病院で働く小野結さんのエピソードです。動物を扱う際は、プロとして細心の注意を払っていますが、時にはかまれたり、引っかかれたりすることも。それでも心がくじけない理由とは?
猫がキャリーから大脱走!
動物看護部のスタッフはいわずと知れた、動物の扱いにたけたプロフェッショナルだ。動物の行動や心理をよく理解したうえで、診療がスムーズに進められるよう動物と接する。とはいえこの仕事、危険と隣り合わせであることもまた事実。
つい数カ月前にも、小野さんはこんな「被害」にあった。
病院に来てパニックになった猫。入っていたキャリーケースの扉を強引に開けて飛び出し、病院内を駆け回った。
「つかまえなきゃ」
とっさに猫の体をつかむと、猫は目の前にあった小野さんのひじを一生懸命かじって抵抗した。それでも耐えていた小野さんだが、いよいよ我慢できなくなり、
「無理でーす!」
と叫んで猫を離した。再び逃走する猫。最後は獣医師が何とか部屋の隅っこに追いやり捕獲した。
そうこうする間にも、病院には重症患者が相次いで来院してくる。皆、動物を救うのに手いっぱいで、小野さんの負傷にかまっていられる人はいない。
「早く血を流し、傷口を洗わなければと思いながら、自分のひじを処置するのは難しくて。仕方なくバスタオルでグルグル巻きにしながら、仕事を続けました」
だが朝を迎える頃には腕がどんどん痛くなり、上がらなくなってきた。どうやらただごとではないらしい。
ようやく病院へ行くと、傷口からばい菌が入っていると言われ、すぐに点滴をして抗菌剤を流してもらう。その後も何度か通院し、そのたびに患部から膿(うみ)をしぼってもらわねばならなかった。結局仕事は1週間ほど休むはめになった。
「犬や猫にかまれて命を落としてしまうニュースを時々見かけますが、全然人ごとじゃないです。動物を飼っている人や、野良猫と接する人は、『もしかまれたらすぐ病院に行って治療を受けてください』と、声を大にして伝えたいですね」
スマホの警告音でパニックに
「私がまだまだ未熟だからでもあるけれど、かまれたり、引っかかれたりは日常茶飯事」と話す小野さん。まわりからは、「それなのに、どうして仕事を続けられるの?」と不思議がられることも。
「そんなことで仕事を嫌だと思ったことは一度もないんですよね。『怖くないの?』って聞かれるけれど、絶対にそれより怖い思いをしているのは動物達。それを考えたら、『私が感じる怖さなんて、全然たいしたことない』って思うんですよね」
とはいえこれまでに一度だけ、死が頭をよぎるほど強い恐怖を味わったことがあるという。
事の発端は、飼い主のスマホから突然鳴り響いた警告音だった。これに驚いた大型犬がパニックに。暴れて脚を骨折したらしい。
来院してきたのはスタッフの人数が最小限となる朝方の時間帯だった。興奮状態にある犬は、病院スタッフに対し、今にも襲いかからんばかりに敵意むき出しだ。普通なら処置できる状況ではないのだが、「何とかしてください」と飼い主。
「そこで、飼い主さんの手でワンちゃんにエリザベスカラーをつけてもらい、鎮静剤を投与しておとなしくさせてから、レントゲンを撮ることになりました」
鎮静剤の注射を打つところまでは何とか駒を進めた。その後、レントゲン室に獣医師と小野さんが入り、動かないようにふたりで犬の体をおさえる。
ところが、いよいよレントゲンを撮影する瞬間。
「骨折したところがよほど痛かったんでしょうね。鎮静がかかっているはずなのに、ワッと体を起こすと、エリザベスカラーを自分ではぎ取ってしまったんです。おそらくつけ方がゆるかったんだと思います」
そして犬は、自分をおさえていた小野さんの腕を「ガブッ!」とかんだ。がっちり体型の大型犬に本気でかまれたのだから、とてつもなく痛いはず……なのだが。
「その時は痛みをまったく感じなくて。それよりも、『この子を早くおとなしくさせないと、私も獣医さんも殺されてしまう』と、必死で体をおさえていました」
その時、獣医師から声が飛んだ。「いいから早く手を洗いな!」
やっと犬から離れた小野さん、ふと見ると、レントゲン室の床や壁が血しぶきを浴びているではないか。
「私の血だと獣医師に指摘されて驚きました。『殺人現場みたいだった』って、あとから言われましたね(笑)」
ついに飼い主まで巻き込まれる
だが、惨劇はここで終わらなかった。犬を落ち着かせるために飼い主をレントゲン室に呼んたところ、なんと飼い主もかまれてしまったのだ。ふたりとも血が止まらないため、救急車を呼び、一緒に病院へと搬送される。この頃には犬は鎮静剤の作用で完全に穏やかになっていた。
しかし、これほど壮絶な事態に直面していても、小野さんの関心は自分の負傷ではなかった。
「病院に残されたのは獣医師と、私以外にもうひとりいた動物看護部スタッフだけ。そんな少人数で、しかも飼い主さんもいない状況で、鎮静がかかり目の離せない状態にあるワンちゃんを病院に残してきたことがすごく心配で」
うわごとのように、「ワンちゃんは大丈夫ですか? 病院は大丈夫なんでしょうか?」と繰り返す小野さん。「大丈夫だから、大丈夫だから」となだめる救急隊員。きっと内心は、「それよりもまず、自分のけがを心配しなさいよ」とあきれていたかもしれない。この時も仕事に復帰できるまで1週間ほど要した。
病院に連れてこられた動物が抵抗する時は「全力」だと小野さんは言う。慣れない場所で見知らぬ人に囲まれれば、心が追いつめられ、牙をむいても不思議はない。
「だから動物にはできるだけストレスをかけないようにしてあげたい。怖い思いをさせて、怒らせてしまう前に、なるべく短時間で処置を終えられるように心がけています」
動物達に攻撃的な態度を取られても、その心情に寄り添い、味方であることを決してやめない。小野さん達動物看護部スタッフのやさしさが、動物医療を支えている。
(次回は4月25日に公開予定です)
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